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第四百三十一話 傷物。 [脳内譚]

 「うーん、ウチは客商売なんでねぇ…。あなたの経歴は問題ないんですが、

やはりその傷はねぇ…。」

やはりだめか。これでもう何件目なんだろう。京極連司は戻された履歴書を懐

に入れながらため息をついた。前の会社をリストラされてから、もうすぐ半年

になろうとしている。そろそろ職を見つけなければと、焦れば焦るほどうまく

いかないのが人間の常だ。連司は普通に大学を出て、小さな町工場で働いてい

たが、昨今の不景気で受注が激減し、社長に頼まれて僅かな退職金を手に離職

したのだ。社長にはたいへんよくしてもらっていたので、恨みも怒りもなかっ

た。むしろ会社を辞める事で恩返しが出来るのならと喜んで受けたのだ。幸い

まだ若い連司には扶養家族もいないので、他の社員を辞めさせるよりは、自分

がリストラされた方がみんなにとってもいい事なのだと自分を言い聞かせた。

 それに長らく工場で黙々と働いて来た連司にとって、これも生活を変えるい

い機会のようにも思えた。もともと人なつこい性格の連司は、工場に籠って働

くよりは、人前で何かをする仕事の方が性に合ってると思っていた。そろそろ

接客業のような仕事をしてみたいと思っていたのだ。それで工場を辞めてから

は嬉々として新たな職場探しにいそしんで来たのだが、どうもうまくいかない。

 実は連司の額には大きな傷があった。おとなしい性格の連司なのに何故?酔

って喧嘩でもしたのか、交通事故にでも逢ったのか。友人からはそう言って冷

やかされるのだが、実際には工場の事故でついた傷だった。工場の同僚が動か

していた機会が突然故障して歯車が引っかかった。連司が隣の機械から発する

ギギィ〜という鈍い音に気がついた時には既に歯車が外れ、大きな鉄パイプが

外れて同僚に向かって突進していた。連司は同僚を突き飛ばして危険を避けよ

うとしたのだが、鉄パイプは連司の額をかすって床に転がり落ちた。擦っただ

けなので、頭蓋骨に損傷は受けなかったが、額には大きな傷がついてしまった。

肉まで裂けた額からはさほど出血はしなかったものの、応急処置をした医師の

腕に問題があったのか、傷口が大きすぎたのか、無惨な傷跡が残る事になって

しまったのだ。形成手術で傷跡は治ると言われて、二度目の手術も受けたのだ

が、一回の形成術くらいでは傷痕はとれなかったのだ。時間薬で徐々に傷跡は

薄くなる、女性じゃなくてよかったよ、医師からはそう言われて、納得してい

たのだが、それが今頃になって職探しのネックになるとは考えもしなかった。

 企業側も風貌で差別をするつもりもないのだろうが、接客業にとって顔の傷

が瑕疵になると言われると、確かにその通りかもしれないなと思ってしまう連

司だった。もう、連司は接客するという職種はむりなのだろうか。やはり前の

ような黙々と籠って行うような仕事を続けろという事なのか。心機一転を願っ

ていた連司は落胆し、もうどうでもいいやと思うようになった。

 ある日駅で買った新聞を読んでいると、小さな突き出し広告に映画のエキス

トラ募集という求人広告を見つけた。特に役者になりたかったわけではないが、

お金さえもらえればこの際なんでもいいやと思っていた矢先、応募してみるこ

とにしたのだ。数日後映画製作会社から連絡をもらった連司はオーディション

に出かけた。

 「今回はスパイ活劇です。エキストラを求めていたのですが、あなたのその

風貌…その、傷が気になりましてね。失礼ですが、それは何か事故で…?」

オーディション室で連司の前に並ぶ制作スタッフの真ん中に座っていた若い男

がそう尋ねた。この男が監督である事はあとから知ったのだが、連司の割合に

きれいなルックスについた大きな傷跡が、思いのほか印象的だったらしい。あ

り得ない話だと言われそうだが、こうして演技など学んだ事もない連司は、そ

んなものはどうにでもなると言われて、活劇の敵役という大きな仕事に抜擢さ

れたのだった。

 人前に出て誰かに喜んでもらえる仕事がしてみたい、そんな連司の願いがこ

んな形で実現するとは。 額に傷持つ男・”傷男”の異名を掲げて銀幕の世界に

静かにデビューした連司がこの先大ブレイクしていくかどうか、それはまだ

わからない。だが、傷物というのも捨てたものではないな、連司はようやく

そう思えるようになったのだ。

                     了

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第四百三十話 愛する彫像。 [恋愛譚]

 建物の入口周りには、偶然なのか意図的なのか、がらーんとして何もない。

立派な建物のエントランスらしい広々とした空間だけに、何もない、誰もいない

となると、ひと際寂しく感じられる。声を上げると自分の声だけがわぁんと響い

て一層他には誰もいないんだという思いを募らせる。

 僕がこのビルに足を運ぶのは、僕にとってとても大事なものがあるからだ。

それはビルの三階にある。ここはオフィスビルなのだが、三階には医療者が

数件入っている。内科、歯科、眼科、形成外科。僕が行くのは歯科だ。歯科

の扉を開くと受付があり、この受付窓口の向こうに置かれている美しい彫像

に会いに来るのが僕の日課なのだ。

 彫像はほっそり小柄な身体が歯科らしい白衣で包まれている。最も目を惹

くのは限りなく八頭身に近いのではないかと思える小ぶりな頭部だ。もちろん

僕もこの頭というか顔を見に来るのだ。日本人にしてはいささか深い彫りの顔

立ちで、中東辺りとのハーフではないかと思わせるが、そうではないらしい。生

粋の日本人だ。この美しい顔立ちに浮かぶ軽い微笑みが一層美しさを引き立

たせている。彫像といえどもまるで生きているような愛らしい姿・・・いや、実際

に生きているのだ。この堅い表面の下には明らかに暖かい血が流れているは

ずだ。

 そう、彫像はこの人だけではない。世界中あらゆるところに存在している。この

歯科だって室内に入ればいくつもの彫像があるはずだ。僕には用事がないので

中には入ったことはないが。僕が会いたいのは、この美しい彫像だけだ。かつて

僕の恋人だった彫像。

 どうして僕の恋人が彫像になってしまったのか。それはよくわからない。ひとつ

言えるのは、彫像となったのは彼女だけではないということ。いや、僕以外、世界

中のすべての人間が彫像になってしまったらしいということ。それに、この世界に

は夜がなくなってしまったらしいことだ。

 ある朝、突然目の前の光が爆発した。爆発したのかどうかは分からないが、そう

いう表現がふさわしい。光が何千倍もの明るさになって、眼がくらんだ。気がついた

とき、僕は目がつぶれてしまったのかと思った。が、しばらくすると普段と変わらぬ

世界に戻っていることに気がついた。ただ動くものは何もなく、物音ひとつしない。

自転車に乗った人はそのままの形で固まっている。歩いている人も片足を上げた

ままだったりする。不思議なことに、空を飛ぶ鳥も器用に空中に浮いたまま動か

ないのだ。僕には何が起きたのかさっぱり分からないが、とにかく僕以外のすべ

てが彫像のように動かなくなってしまったということだけなのだ。

 心配になった僕は携帯電話をかけようとしたが、電話はまったく薬に立たなか

った。恋人の事がとても心配になって彼女が勤めている歯科病院に足を運んで

見たのが、この彫像行脚の第一回目だった。彼女はいつもと変わらぬ美しさで

微笑み、ただ彫像のように動かなかった。死んだのか?いやどう見ても死んで

いるようには思えない。何らかの理由で固形化してしまっただけで、必ずいつか

は元通りに動き始めるはずだ。そう自分に言い聞かせながら、僕は親がいるは

ずの家に向かった。結果を言えば、両親も兄弟も、それぞれあの時間に居るべ

き場所で彫像になっていた。それから何日過ぎても同じ場所で同じ形で立ち続

けている。

 あの日以来、まだ一度も夜が来ないので、正確な事は分からないが、概ね一

年くらいが過ぎたのではないかと思えるのだが、最近、ある恐ろしい事を考え始

めた。あの日、僕以外のすべてが固まってしまった。少なくとも僕にはそう見えた。

だが、もしかすると、世界が変化したのではなく、僕だけが変わってしまったので

はないだろうか。

 つまり、周りが固まったのではなく、周りが固まったように感じられるほど僕の

動きが速くなったのではないかと。あるいは、時間が停まってしまっているので

はないかと。あの光が爆発したのは、僕だけに起きたことで、僕の周りの時間が

停まってしまったのだとすれば、皆が固まっているのも、鳥が宙に浮いたままな

のも、夜が来ないのも理屈が合う。だが、何故そうなったのかはどう考えても分

からない。いつか元通りに戻ることを信じることしか、僕には出来ない。

 そしてこの先二年経とうが十年経とうが、いつまでも美しいままでいる恋人の

ところへ足を運ぶ。今の僕にはそれしか出来る事がない。

                                 了

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第四百二十九話 恋人。 [妖精譚]

 私は街を歩くのが好きだ。特に目的もなく歩くのだ。通りの佇まいを眺めた

り、路面店のショーウインドウを覗きこんだり。そこにはちょっとした刺激や冒

険があったり、ただ単に目を楽しませてくれたりするものがある。商店街があ

れば迷わずその中を通る。人々がゆったりと買い物やウィンドショッピングを

楽しんでいる様子を伺い知るのが面白い。

 母親が娘にせがまれて流行服の買いものに付き合わされている。娘が手

にするいやに短い丈のスカートに一瞬目を丸くするが、最近はそう言うのが

流行りなのねと頷いてみせる。カップルの彼女が彼のシャツを見立てている。

まだ学生であろう年齢なのに、まるで世話女房気取りで品物をとっかえ引き

換え彼の身体に合わせては微笑んでいる。主婦同士のグループ、女子学生

のグループ、お兄ちゃんの二人連れ。あちこちに同じような人々が買い物を

楽しんでいるのを見ているだけで、幸せな気分になってくる私はよほどの暇

人だなぁと我ながら笑ってしまう。

 いつものように一人歩きしながら他の商店街客と同じように店の商品を見

定めていると、誰かの視線を感じた。視線の方向にそっと目をやるとどうや

ら正面のショウウィンドウの向こうでガラス越しにこちらを見ている人がいた。

私と同年代と思しき女性で、個性的に見える黒いスーツが妙に似合っている。

 私が彼女の姿を認めると同時に彼女は眼を伏せてウィンドウから離れた。

誰だろう。知り合いだったか。しかし見覚えはない。どこかで会ったことがある

のだろうか。そう思いながら彼女の姿を目で追ったが、すぐに人ごみの中に

消えてしまった。

 その店を後にする頃には、私を見つめていた人間の事などすっかり忘れて

しまっていた。そろそろ家に帰ろうと思って地下鉄の階段を下りた。いつも通

る改札に向かうと、そこには待ち受けていた可能ように先ほどの黒いスーツ

の彼女がいた。何故?どういうこと?私は少し怖くなって彼女の存在を無視

して通り抜けようとした時、彼女から声がかかった。

 「ちょっと待って。」

え?彼女のすぐ横を通り抜けようとした私は驚いて目の前にあった彼女の

顔をまじまじと見てしまった。どこか見覚えのあるような、懐かしいような彼

女の表情。だがやはり違和感がある。会ったことなどないのだ。記憶のど

こを探しても彼女の存在などない。

「突然声をかけてしまってごめんなさい。驚いたことでしょうね。でも、どう

してもお話がしたかったのです。」

 彼女に押し切られるような形で地下構内にあるシンプルな喫茶室に入っ

た。相手が自分と同じような年恰好の女性であることと、どこか見覚えの

ある面影が、相手の話を聞いてみようという気にさせたのだ。

 「見知らぬ人間から急に声をかけられて、さぞ驚いている事でしょうね。」

私は黙って頷いていた。だが、彼女の顔を見つめ声を聞き、同じ席に座っ

ているだけで何かしら安心感が湧いてくるのが自分でも不思議だった。

「もしかしたら、見ず知らずのはずの私に、少しは親近感を覚えてる?」

図星なのでまたいささか気味悪く思いながらも私は頷く。

「こんな話を急にしたら頭がおかしいんじゃないかって思われそうだけど、

思いきって言うわ。こうして話かけた事だけでも既に驚きですもんね。」 

 彼女は私の表情を伺いながら少しづつ不思議な話をし始めた。彼女は

私の事をよく知っているというのだ。だが会ったことがあるわけではない

という。彼女自身も最初は私の存在を知らなかったという。だが、毎晩の

ように夢の中に出てくる女性の事を調べるにつれ、夢の女性が実在し、

自分自身とかかわりがあることが分かってきたという。その夢の中の女

性が私だというのだ。そんな夢の話をされても、気味悪いだけだわ、と

思いながら聞いていると、彼女はさらに驚くべきことを言った。彼女と私

は今世では出会っていないが、前世で合っているというのだ。しかも恋

人同士だったという。生まれ変わりという物を、お話の上では聞いたこ

とがある。興味がないわけではないが、信じてはいなかった。自分の周

りに生まれ変わりを信じさせるような事柄は一切なかったからだ。その

私に、前世で恋人同士だったという話をする。これは何か新手の詐欺

か何かなんじゃないだろうか。私はすぐに人の言うことを信じてしまう

愚か者だから、常に騙されないようにと注意だけはしている。それでも

余計なモノを買わされてしまったり、妙な英会話の教材を契約してしま

ったりする私だけに、彼女の話を信じていいものかどうか、混乱し始め

た。

「私とあなたは、五十年前に交通事故で亡くなったの。私が運転する車

でね。あなたは助手席にいたわ。私が運転を誤ったのではない。交差点

で突然大きなトラックが突っ込んできたの。まずは私が押しつぶされ、あ

なたも巻き込まれたの。即死だった。私たちは婚約していて、幸せの絶

頂だっただけに、それは残念な事故だったのだけれども、悔しく思う時

間さえ与えられなかったわ。・・・こんな事言われても信じられるわけが

ないわね。・・・ほら、私のこの痣を見て。」

彼女は上着を脱いでワイシャツの左袖をまくりあげた。そこにはまるで

やけどか何かの跡のような痣があった。

「これは、どうやらその時の事故の名残らしいんだ。こういうの、あなた

にはない?」

私はおののいた。なぜなら私にも同じような痣が肩のあたりにあるから

だ。頭の中で何かのスイッチが入る。彼が私を庇おうとして一瞬私を抱

き寄せようとする。だが間に合わずに私の肩の辺りに思い鉄塊がのし

かかって来て・・・そのあとは暗闇。そんなイメージが脳裏をかすめた。

 幸せになり損ねたカップルが、時代を越えて姿を変えて、別の時代で

再開する。そんな不思議な話が実際にあるのだろうか。しかも自分自

身の身に。痣の類似性以外にどこにも証拠はないし、それすらただの

偶然かも知れない。だが、彼女の出現によって私の中の何かのスイッ

チがオンになり、俄かに前世の記憶の断片が感じられたのも事実なの

だ。だが、それだって思い過しかも知れない。仮に彼女の話が事実だっ

たとしても、もはや彼女は彼ではないし、今世では私たちは恋人同士じ

ゃない。だが、この、彼女に心惹かれる感じは・・・いったいどうしてしま

ったのだろうか。

                             了

 


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第四百二十八話 犬の人。 [妖精譚]

 次郎はとても鼻が効く。鼻が効くというのは、世間の儲け話を見つけるのが

上手いという意味の鼻が効くではなくて、文字どおりに鼻が効くのである。お

昼どきになるとどこからとも流れてくる調理の香りをいち早く嗅ぎ取るし、悪く

なりかけている食品の毒にも人一倍鋭い。誰かの体臭や香水の臭いなど、

誰よりも感じとってしまうので、満員電車やエレベーターの中では思わず鼻を

押さえてしまうのだ。

 それだけではない。次郎は耳もいい。相当遠くから近付いてくる友人の足音

や、家路を近づいてくる家人の足音はもちろん、どこかで誰かが針を落とした

音や隣町の犬の遠吠えまで聞こえてしまう。深夜に眠っている時などは、隣

の家で何かモノ音がしただけで、パッと目覚めてしまうくらいだ。

 次郎の視力はあまり良くない。どちらかというと近眼で、色弱ですらある。

だが動くものには敏感で、少々目が悪くても耳と鼻の良さがカバーして余り

あるのだ。

 ここまで聞くと、次郎はいったい何者なのだ。タイトルにあるように犬なの

か?そう思うだろうが、実は次郎自身は自分を犬だと思っている。いや、犬

だったと思っている。正確に言えば、犬だったのだけれども、本当は人間だ

と思っていて、長い年月を費やしてようやく最近人間になってきたと思ってい

るのだ。ちょっと複雑な説明になるが、元犬だった人間。人間になりたかった

犬。犬なのに人間だと思い続けている。・・・と思っているのだ。

 今ではすっかり人間の姿になっているが、それでも持って生まれた犬として

の痕跡、それが臭覚であり聴覚であるわけだ。そのほかにも外観的な特徴や

生活習慣的な事柄はある。たとえば次郎の身体にはブチ犬だった頃のブチ模

様が薄い痣として残っている。鼻の頭が少し黒いのも犬だった時の名残だ。耳

は人間の耳には違いないが、上部が少し垂れたようになっている。全体的にも

犬顔だと言われればそういう風に見える。電信柱を見ると何かがしたくて立

ち止まってしまうし、猫を見かけると追いかけたくなる。

 次郎のことをそこまで聞くと、完全に犬ではないか。次郎自身もそう自覚し

ている。だが、ことごとく他の人間とは違う犬独特の個性や能力を持ってしま

っている事に、次郎はコンプレックスを感じているし、何よりもいつ本当は人

間ではない事がばれるかと不安で仕方がないのだ。

 トイレで片足を上げそうになるのをこらえる。食事の時に鼻をぴくぴくさせ

て嗅ぎたくなるのを我慢する。後ろ足で耳の後ろを掻くのはやめて前足で

掻く。朝晩のお散歩は健康のためと称してやっている。鏡を覗いては、人

間らしい表情であり続けるように努力してみる。人より多い無駄毛はこま

めに処理する。少しのもの音にピクッと反応してしまうのは・・・これは止

められない。

 これだけ努力していて、周りの人間は誰ひとり次郎のことを犬だなんて思っ

ていないのだけれども、それでも自分が犬だった事は次郎自身がいちばんよ

く知っている。それこそがいちばん辛いことなのだ。時として自分はもともとか

ら人間として生まれたのではなかったかと思うこともある。犬だった事を忘れ

てしまっている事もある。だが、我に帰った時に、なんて自分は浅はかなの

かと自責する。そんな大事なことを忘れてしまって、もし誰かに元犬だという

ことを見破られてしまったらどうするんだと。

 次郎は人間である。自分が元犬だったと思いこんでいる人間である。これ

はある種の病気・・・パラノイアなのかもしれない。だが、非常に温和で誰か

を傷付けるようなこともなく、自分を犬だったと思いこんでいる以外は何の害

ももたらさないので、家族は次郎をそっとしているのだ。

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第四百二十七話 Do’nt look back. [妖精譚]

 どうしてこんなことになってしまったんだろう。武雄はとぼとぼと歩きなが

ら考えていた。今日の自分はどうだったのだろうか。昨日は?一昨日は?

そんなことより今までの自分の人生はどうだったのだろう。

 いいや、後悔なんかしてるわけじゃない。俺は精いっぱい生きてきた。だ

が運が悪かったかもしれない。運、それは自分のせいじゃない。世の中に

は”運は自分で呼ぶんだ”なんて説をぶっている人もいる。だが、そんなの

は嘘だ。誰を母親として生まれたか、生まれてきた環境、育ってきた社会、

自分の中に流れている血、そんなものはすべて自分で呼び寄せられるも

のではない。その後の人生も、すべて生まれや育ちで違ってくるとすれば、

それだって自分で何とかできるようなものではないじゃないか。

 それでも俺は、与えられた運命の中で精いっぱい運命を変えようとし、人

生を拓こうとしてきた。だが、その結果は何もかもが思いとは違う方向に持

っていかれてしまった。

 あの時、どうして俺はあの男について行かなかったのだろう。会社の上司

が独立すると言うので、一緒に新しい会社を経営しないかと誘われたのだ。

だが、俺は断った。何故なら、大きな会社を辞めてそんな小さな会社をやっ

ていくのはリスクがあり過ぎると思ったからだ。数年後、俺が残った会社は

倒産し、元上司の会社はベンチャービジネスとしてぐんぐん成長していった。

 なぜ、あの時俺はあの縁談に食いついてしまったのだろう。当時付き合っ

ていた彼女がいたのに、取引先社長の令嬢との縁談に飛びついてしまった

のだ。わがままな令嬢との結婚は長続きせず、我慢しきれなかった俺は別

の女に手を出し、それが発覚して別居、そして離婚という結果を生んだ。義

父は怒り狂って、俺がいた会社との取引を停止、会社の業績が大きく悪化

することになってしまった。俺は運を呼び寄せようとして、逆に悪運を誘いこ

んでしまったわけだ。

 どうしてあの時、あっちの馬を選ばなかったのだろう。会社が倒産した後、

職を失った俺は何とか手っ取り早く金を儲けたいと思い、昔遊びで何度も

訪れた競馬場に足を運んだ。いろいろ情報収集をした上で、アシノハヤブ

サという馬が強い事が分かっていた。だが、ダークホースにいたオドロキ

モモノキという若い馬に人気があることを知った私は、事もあろうにこの人

気馬に大金を投じてしまったのだ。結果は惨敗。オドロキモモノキはいい

ところまでアシノハヤブサに食いついていたが、最終コーナーで失速、体

力が尽きたのか最下位まで後退してしまったのだ。これで俺は無一文に

なってしまった。魔がさしたんだろうな、あの馬を選んだのは。

 どうしてあの時俺はあんな事を・・・そう思った時、頭の中で誰かの声が

した。

 『おまいさん、そんな風に昔の事ばかり思い起こしていて何になるのだ?

確かにお前の人生で選択肢はたくさんあっただろう。だが、みんな同じなの

だ。大きな選択や小さな選択、正解だった選択と謝った選択、人生とはその

繰り返しで成り立っているのだ。そして今がある。昔の選択を後悔して今更

何になるのだ。過去を振り返るんじゃない。振り返っても何も生まれない。』

 だ。誰?誰です?そう尋ねてももはや声はしなかった。あれは天の声なの

か?それとも俺自身の思考なのか?おい!もう一度教えてくれ。俺はまだ

聞きたい事があるんだ。教えてくれ、俺はこれからどうしたらいいんだ?俺

はどうなるんだ?だがもう二度と声はしない。

 そうか、やはりあれは神の声なんだ。そう、その通りだ。今さら過去を振

り返ってもどうしようもない。後悔先に立たずってやつだな。うん。運が悪

い事も、そうじゃない事も、確かにあった。それは全部自分で選んできた

事なんだ。・・・振り返るなか・・・ドント・ルック・バック・・・この英語、合って

るのかな?・・・そうだ、もう振り返らずに前を向いて歩こう。前だけを向い

て進んでいこう。

 俺はそう決心して再び力強く歩き始めた。俺と共に歩いている人々と一

緒に、三途の河に続く死出の道を。

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第四百二十六話 モンスター。 [可笑譚]

 一式平太はかつて頭がよく、温厚で性格もよい模範的な人間だった。かつて

いうのは、子供の頃から中年期に至るまでのことだ。何一つ不自由のない幼

少時代を過し、その頃は両親からの寵愛を受けて、町内の評判もきわめて高

く、学校でも優秀な生徒として人気を集めていた。

 もちろん、青年期にありがちな些細な挫折や屈折はあったものの、それらが非

行に走る原因とはならなかった。だが、そうした心の捻じれは、本当は誰にも分

からない、本人すら自覚しない心の底に澱のように沈殿していたのだろう。

 一式平太は二十代後半になって、手痛い失恋を経験する。愛し合っていると

信じていた女性に心変わりを告げられたのだ。世間としてはいかにもよくある

恋愛の結末ではあるが、一式平太本人にとっては初めてのことで、彼はそれ

を”裏切り”と呼んでいた。確かに、信じていた相手の心変りは裏切りには違い

ないが、人の心は移ろうものだ。決して彼女は他の男を好きになったわけでは

なく、単純に一人になって新しい事に挑戦したいと思ったのだ。その決心を遂

行するためには、一式平太との付き合いが結婚直前になっていただけに、重

になってしまったのだ。彼女はその後翻訳家になるためにロンドンに渡り、

一式平太の前から姿を消した。

 この頃から一式平太は人を信じなくなった。最愛の人間、親の次に信頼して

いた人間から裏切られると、人はそうなるものだ。公務員としての仕事でもプ

ライベートでも、一式平太は誰ひとり信頼しようとせず、だから心を許せる人

間も決して作ろうはしなかったのだ。

 人間にとってこの”精神的引きこもり”は人格に大きな影響を及ぼす。人間は

もともと群れで生きる動物だ。つまり家族や仲間と生活を共にしてこそ、明るい

未来が形成されるのだ。だが一式平太はそんなことは考えなかった。あれほど

明るく、頭脳明晰で、人のよかった一式平太の表情は、四十歳に達した時には、

堅く暗い表情に変化していた。

 こういう類の人間は、何もかもを裏読みする。他人から受けた厚情も、上司

の命令も、同僚からの誘いも、すべてに何か理由があるはずだと思い、その

理由とは必ず自分が利用されるのではないか、そして裏切られるのではない

かという恐れと直結していた。

 こうして一式平太は人生を歩き、世間を渡ってきただけに、仕事の実力はあ

る。何もかも一人でこなし、係長になり部下が付けられたりもしたが、大事な

ことは全部自分で解決した。だから部下からは恐れられもし、尊敬さえされた

が、一方ではとても難しい先輩だとも思われていた。心を開かないのだから

当然そのような評価になるのだろう。仕事はできたのだから、一式平太は

れなりに昇進を続け、課長職になった。だが、その後がいけない。

 自分の力だけを頼りに世間を渡ってきた実績は、一式平太を過剰な自信家

も育て上げていた。その自信は、当然自分は上に立つものだという思い込

につながる。だが、組織というものは実力で上に上がるものではない。人間

同士の信頼関係やゴマすり、上司から気に入られるかどうか、そんな極めて

動物的な関わりの中で形成されているのが現在の組織だ。

 平太が勤める自治体のトップが選挙によって変わり、新たな組織変革が行わ

れたとき、平太は新たなボスを信仰した。ついて行きたいと考えた。だが、新た

なボスは、次ぐ次と若い職員を重要ポストにおき、一式平太たちキャリア族は逆

に別部署へと配置変換されてしまったのだ。こうした話は世間にはまったくよくあ

る話で、なんの悲劇にもならない筈なのだが、一式平太にとっては初めての大

きな挫折だった。一式平太の中の何かが壊れた。人格がおかしくなった。トップ

と役所を逆恨みした。この町に住む住民にさえ嫉妬した。

 温厚で人がよかった正義感に満ちた男だった筈の一式平太は、十年という

年を経て、その最後にやってきた挫折感によって、執着と嫉妬と羨望の悪魔

と化した。他人のすべてが羨ましく思え、それを妬み、妬みを感じる相手の弱

みを見つけて何とか引きずりおろしてやりたいという思いが次から次へと湧

き起こり、持ち前の執着心でそれを実行していったのだ。

 こうして一式平太はダークサイドに落ちた。役所や町内の、自分を侮る人

を制裁する復讐の鬼と化した。一式平太は自らの呼び名も変えた。一式、

なわち1ダース、1ダース平太・・・1ダースベイダ―と。コーホ―・・・。

                                    了

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第四百二十五話 不安恐怖症。 [妖精譚]

 ある朝起きると、なんだかとっても爽やかな気分だった。これはいったい

どうしたことだろう。

 昨夜まで私は不安でいっぱいだった。この経済低迷はいつまでつづくんだろ

うか。会社は大丈夫だろうか、潰れないかしら?このまま不況が続けば、私な

んてリストラされてしまうんじゃないだろうか。年金制度はなくなってしまうんだ

ろうか。家のローンは払い切れるだろうか。定年退職の時が来たらどうしよう

か。退職してから病気になったりしたらどうしようか・・・私の周りには不安材料

がいっぱいで、考えれば考えるほど不安になる。

 こうして私は少し病気になった。気分変調症というやつだ。つまり、軽い鬱。だ

がこの不安感というのは、性格というか性分だから、医者にみてもらったからと

言って治るものではない。医者は、カウンセラーとして私の話をふむふむと聞き、

結局、向精神剤なのか抗鬱薬なのか、そういった幸福ホルモンであるセロトニン

を増やすような薬を処方して終わり。

 私は月に一回この医者に話をし、薬をもらって帰ってくる。これを二年ばかり続

けてみたが、さっきも書いたように、不安症は私の性分なのだから、こんなもので

治るわけがない。相変わらず不安に満ちた毎日を送っていたのだ。

 ところが昨夜。あのバーで出会った男が私の不安そうな表情をみてとり、こうい

った。

 「あなた、ずいぶん心配そうですね。何がそんなに心配なんですか?」

そう尋ねる男に、私は冒頭に述べたような事をずらりと並べたてた。

「ははーん。あなた不安症ですね。何かしら不安に感じることによって幸せを

感じるのではないですか?」

「幸せを感じる?不安によって?・・・そんな馬鹿な話はないですよ。私はちっ

とも幸せなんかじゃない。とにかくいろんな事が心配で心配でならないんです。

人類って、この先いつまで生存し続けるんだろうとか、太陽はいつか爆発して

しまうんじゃないかとか、そんなことまで心配で・・・。」

「なるほど。本当は不安を感じたくないのにと、そうおっしゃるわけですね。では、

いいモノを差し上げましょう。実は私ね、政府が運営する研究室のものでしてね、

こんな世の中だから世間にはあなたのような不安症な方がたくさんいらっしゃる

んです。そこで、そうした人心対策を講じるために、私のような研究者を集めて

国民の心を守る業務を行っているんですよ。それで最近私が発明したのがこの

薬なんです。まだ世間には出ていません。恐らく認可されるまでにはまだもう少

しかかると思いますが、私はあなたのような人のためにこうして持ち歩いている

んです。」

男が差し出した小さなカプセルの中には青色の錠剤が入っていた。

「これはね、ファントルという薬でね、一錠飲むとあなたのような人の不安が

一晩で消えてなくなります。しかも、一回飲んだらそれで一生持続します。一

錠で不安気質と言うものが改善されるからです。」

「・・・ほ、本当なんですか?・・・一錠、私に?いいんですか・・・。」

「どうぞ、お飲みください。面白いことに、この薬は水で飲むよりも、こうし

た酒場でビールやお酒で飲んだ方がよく効くんです。これを飲めばあな

たは明日から幸せ感で満たされますよ。」

「ありがとうございます・・・え?お金はいらない・・・うれしいなぁ。じゃ、遠慮なく。」

私はそう言って男が差し出した青い錠剤を一錠口に入れてビールで飲みこんだ。

「あ、あの・・・。」

「あ、だめですよ。念のためにもう数錠くれっていうんでしょうけど、それはダメです。

ダメっていうか、必要ありません。先ほど申し上げたように、この薬は一錠で一生

効くんです。だが、それ以上飲むと、精神が破壊されてしまいます。そう、つまり

多幸症になってしまいます。幸せすぎてアホになってしまうわけですね。」

 私はそれからもうしばらく飲んで、男に別れを告げて家に帰った。とてもいい気

分の酔い方で、もう薬が効いたのかと思うほどだった。気持ちのいいまま眠りに

就いて、先ほど目を覚ましたわけだ。気分はスッキリ。昨日までの不安感が嘘の

ように消え去っている。あの男が言ったことは本当だった。私は幸福感でいっぱ

いだ。何があんなに心配だったのだろうか。

 私はそれからしばらく、昨日の男の言葉を思い出したり、何が心配だったんだ

ろうかと考えてみたり、いつまでこの幸福感が続くのだろうかなど、さまざまな事

を考え続けた。そのうちにふっと男の言葉を思い出した。

 「この幸福状態は一生続く。飲みすぎると多幸症・・・アホになってしまう・・・。」

私はもしかしたら、少しアホになってしまったのではないだろうか。そう思った私

は洗面に行っておそるおそる鏡を覗き込んで見た。アホ面になっているのでは

ないか、涎が垂れてるのではないか、そう思ったのだ。だが大丈夫だった。昨日

までの私と何も変わっていない、たぶん。

 だが、確かに不安がなくなったという部分は大違いだ。いったいどうしたことだ

ろう。私はこのまま一生、もう、不安に思うことは出来ないのだろうか?不安を感

じる事が出来ないなんていうのは、一種の精神障害ではないのだろうか?不安

を感じてこそ、人間はさまざまな危険を回避出来るのではないだろうか?不安が

ない人間は、危険回避が出来ないから、危険に遭遇して死んでしまうのではない

だろうか・・・?

 さまざまな考えが頭の中をぐるぐる回りだした。不安を感じなくなる薬なんて、

安易に飲むのではなかった。私は不安を感じる事の出来ない鈍感人間になって

しまった!私は湧き起こる不安の中で頭を抱えるのだった。

                               了

 

 

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第四百二十四話 不幸せの黄色いハンカチ? [可笑譚]

 「ああ、やはり戻ろう。」

「あれ、健さんどうしちゃったの?大丈夫だよ、行こうよ。」

「・・・でも、今頃私が顔を出しても・・・。」

「大丈夫だって!必ずハンカチ、出てるさ!」

「そうだと・・・いいんだが・・・。」

 健さんを乗せた車が砂利道で停車すると、その先には健さんにとっては懐か

しいような、辛いような、短い期間だったが彼女と生活を共にしたあの古びた一

軒家があるはずだった。健さんとその仲間は、ここで車を降りて、ゆっくりと歩い

て次の角を曲がった。すると・・・古びた一軒家は確かにあった。そして、約束の

黄色いハンカチは・・・なかった。

 そのかわりに黄色いものが数枚干してある。昔から腸カタル気味のあいつは、

今でもいつでもお腹をこわしているらしい。洗濯しても取れないほど黄色く変色し

たパンツがそれを物語っていた。あれは・・・確かに黄色いが・・・ハンカチでは・・・

ない。

                             了


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第四百二十三話 くろう人の承継者。 [日常譚]

 私がドアをノックすると、まだ小学生であろう小さな男の子が扉を開いた。

「三木様でいらっしゃいますね。ようこそ、いらっしゃいました。先ほどから

大谷が待っております。どうぞお入りください。」

男の子はニコニコしながら私を招き入れた。

「おやおや、随分と躾の行き届いた子だねぇ、君は。大谷社長のお孫さん

な?」

「その件につきましては、後ほど大谷からお話しされる事かと存じます。どう

ぞ、ソファにおかけください。まもなく大谷がまいります。」

 ほどなく奥の扉が開いて大谷社長が現れた。まだそれほどの年寄りでもな

いだろうに、大谷はまるで隠居老人のように杖をつきながらゆっくりと歩いて

来て、私の正面に尻を落とした。

「おお、三木くん、よく来てくれたな。どうだね、調子は?」

「ええ、まぁなんとか・・・社長もお元気そうで。」

「元気・・・か・・・まぁ、そうだな。それはそうと、チビがお出迎えしたかと思うが。」

「ええ、とても躾の行き届いた男の子ですね!」

「そうじゃろそうじゃろ、何しろくろー人じゃからな。」

「苦労人?ほぉ、苦労するには若すぎると思いますが・・・。」

「そうかな?しかし、そういくらくろー人でもそうおいそれとは急成長出来る

ものではないぞ。」

「ははぁ、そりゃあそうでしょうよ。だから私はあんな小さい子供がどうして

苦労なぞしたのか、不思議で・・・。」

「あ、いや、苦労人ではないぞ。クローン人だ。おーい、こっちへおいで!」

隣の部屋からの扉を開けて、先ほどの男の子が部屋に入ってきた。男の子は大

谷社長の隣にちょこんと座ってニコニコしていた。

「こいつはな、私のクローンだ。だから小さい子供だけれども、私と同じ知能と知識

を持っておる。だから躾が行き届いてるのではなくて、私が苦労して身につけてき

たものをすべて持っておるのじゃ。」

「苦労人ではなくて、クローン人?大谷社長、またそんなややこしいものを作って・・・

いったい何を考えてるんですか?」

「いやいやいろんなことを考えておるぞ。例えばこいつはワシの跡継ぎじゃな。」

「僕がまた年寄りになったら、またクローンを作るよ。」

「これでわしらは永遠じゃ。」

大谷社長と少年が口をそろえてそう言った。

                                   了


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第四百二十二話 3D複写機。 [空想譚]

「山田君!ついに出来たぞ!」

「社長!やりましたね!で、何が出来たんです?」

「社長じゃない、博士と呼べ、山田君。」

「わ、分かりました社長!で、何が・・・?」

「・・・これじゃ。スリー・ディメンション・ダプリケーター。」

「な、なんです、そのスリでションベン、ダブルケツって・・・?」

「あほか。3D複写機だ!」

「おお!3D複写機!・・・ってそれってもうあるんじゃないですか?ほらあのゼ

ロックスとかそういうの。」

「そうじゃない、立体コピー機だ。」

「立体!それも見たことある!」

「だがな、ワシが、我が社が作ったのはな、まったく同じものを作る機械なん

じゃよ。」

「まったく同じ・・・?」

「たとえば、ケーキと同じ形のものを作る機械は既にあった。だが、あれは塩

化ビニールを原材料にするから、出来上がったケーキは塩化ビニール製だ。

君、塩化ビニールのケーキは好きかね?」

「いやぁー・・・ビニールのケーキは・・・美味くありませんぜ、社長。」

「そうじゃろ?だが、オリジナルと同じ原料を入れてやると、まったく同じケーキ

が出来る。」

「つまり・・・小麦粉とか、砂糖とか?」

「それでは料理教室になってしまう。もっと根源的な原料じゃよ、炭素Cとか、

水H2Oとか。」

「ほぉ、炭素ですか。それは面白い。」

「おお、分かるのかね、山田君。ほら、そこのケージを見てみなさい。」

「・・・この白いケージですか?おおーウサギちゃん、可愛いねぇおお、珍しい三

毛ですね。」

「では、そちらの黒いケージを見てみなさい。」

「おおーこっちにもウサギちゃん。おお、こちらも珍しい三毛ですね・・・兄弟です

かね、この子たち・・・?」

「そうじゃない。同じ個体じゃ。」

「オナ自己タイ?」

「そうじゃない、おんなじ個体!」

「女の子たい!」

「面倒くさい奴じゃな、お前さんは・・・おぅい!出ておいで!」

博士が大きな声で呼ぶと、ガチャリとドアが開いて誰かが入ってきた。

「あ、これは社長!おはようござ・・・」

お辞儀をしながら山田は首をひねった。

「あれぇ?なら今まで俺がしゃべっていたのは・・・?」

振り返るとそこにも社長。山田はあわててお辞儀をする。

「おお、これは失礼!社長、速いですねぇ、さっきあそこにいたのに・・・?」

二子玉川博士は悪戯そうな顔をしながら、もう一人の自分と並んで見せた。

二人の博士は口を揃えて言った。

「どうかね、寸分変わらんじゃろ。わしらは。」

「社長が・・・二人・・・。」

「ワシは最初に作った試作機で自分をコピーしてみた。すると、私と寸分変わ

らぬこいつが生まれた。ワシの能力が二倍になったのと同じじゃな。そこで、

さらに機械に改良を加えて完成したのだ。おぅい!出ておいで!」

すると、再びドアが開いて、博士がもう一人入ってきた。

「あ!社長!おはようございます!」

三人並んだ博士を見ながら、山田は泣きそうな顔になった。

「ど、どれが本当の社長なのか・・・?」

「ふふ、どれも本物じゃ。だが、オリジナルはワシじゃ。」

三人の二戸玉川博士が口を揃えて言った。

「これからワシらはこの3D複写機を世界に広めるのじゃ。そうすれば、世の

中はさらに平和に、さらに自由になるじゃろう。」

「でも、人が増えたら食糧不足とか・・・」

「安心せい!食糧もコピーすればいいのじゃ。」

「これから一人はロサンジェルス本社へ、一人はベトナム本社へ行って、そこで

この機械の生産を始める。どうじゃ、これが新しい世界の夜明けなのじゃ!あー

っはっはっは。」

「社長、なんかその笑い声は、世界征服をたくらむドクターノオのような・・・!。」

「なるほど。では、ワシの事は今日からドクター脳と呼ぶのだ。世界は変わるぞ、

ワーッはっはっはっは!」

 こうして世界を股にかけたドクター脳の世界征服が始まった。

                              了


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