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第四百十三話 未来への脱出。 [脳内譚]

 私はもう長い間、ここに閉じ込められている。それが五年なのか十年なのか、

あるいは五十年も閉じ込められてきたのか、いまではもうほとんど分からなく

なってしまった。

 最初の頃は、何とか抜けだそうといろいろ試していた。いや、そんな気がする。

個人の力では抗えない不可思議な未知なる力によって、どんどん今の居場所

へと追いやられて行き、ついには今の場所から動けなくなってしまったのだ。不

可思議な力とは・・・神の意思なのか、あるいは運命というものなのか、私には

応えることが出来ないが、とにかく自分一人の力では逆らう事が出来ない力だ。

だが私は逆らおうとした。自分の運命など、自らの力で何とでもなる、そう信じて

上層部に働きかけたり、別の組織に粉を撒いてみたり、この世界のメディアから

入手した情報を信じて、今までと違うやり方に挑戦してみたり。しかし、それはま

るで蟻地獄の穴から抜け出そうとしている微力な蟻のようにもがくばかりで、結

局何ものも売ることが出来ないまま、今の場所にい続けているのだ。

 他のみんなは今の場所に満足しているのだろうか?いったいどれほどの人間

がここにい続けることを喜んで享受しているのだろうか?違う。そうではない。多

くの人々は、この世のほとんどの人間は、自分が置かれている状況に疑問さえ

持っていないというのが真実だろう。

 飼育箱の中で飼われている蟻は、外の世界を知らない。ガラスで密閉された

自分がいる場所だけが全世界だと思っている。だがもし、飼育箱の外に、もっ

と大きな広い世界が広がっていることを知ったなら・・・蟻はそれでも飼育箱の

中に甘んじているのだろうか。

 生きていけるだけの水や食糧があり、生きていくことと少しの楽しみだけに生

涯を費やせればいいと考えている蟻は、それでもそこにい続けるだろう。だが、

それ以上の何か・・・例えば自由という名の見えない何かや、未来と呼ばれる

不確かな何かを求める者だけが、敢えて外の世界への脱出を求めるのだ。

 私はその敢えて外の世界を求める少数派なのだろう。もう何年も前にチャレ

ンジしては挫折するというシークエンスを繰り返し続けてきた。だが、いつしか

チャレンジ精神は諦めへと変わり、逆にこうしてここに入れるのはいつまでな

のだろうと考えるようになっていた。安穏と暮らしていると、老けるのも早い。

いつの間にか私の頭には白いものが混じり、皮膚には深い皺が刻みつけら

れているのを発見して、私の挑戦心は再びむくむくと起き上った。

 忘れていた冒険心を取り戻したかのように、俄かに脱出活動を始めたのだ

が・・・やはり俄か仕込みではいけない。若い頃のように身体も動かないし、頭

も働かない。ただ長年にわたって身体が覚えてきたスキルと知恵を頼りに、新

たな脱出を試みたのだが・・・やはり、結果は出せなかった。

 政府が密かに公募している秘密諜報部員に応募してみたのだが、あえなく書

類選考で落とされてしまったというわけだ。今をもって終身雇用をベースにして

いるこの国の雇用制度に逆らっての、今の組織からの脱出、そして現在の生

活スタイルからの脱出は、またしても失敗した。自分に残された情熱というエ

ネルギーの残存量を知っている私にとって、もはやこの環境からの脱出は、

断念せざるを得ないのかも知れない。

                                了

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