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第四百十一話 震災のメモリアル。 [脳内譚]

 一年前の今日、あの忌まわしい震災が起きたのは、世界中の人々が知ってい

る。あの日亡くなった人にも、あの日からいつ終わるとも知れない試練を抱え

込んだ人々にも、俺はお悔やみを言いたいし、気の毒に思う。何故自分が、何

故この町が、こんな目に遭わなければならないのか。被災地の人々は皆、一年

たった今でもそう思っているに違いない。何しろ、天災というものには誰一人、

何一つ人間個人には罪も責任もない訳だから。

 だが俺は。被災地からは遠くはなれた地に暮らしている俺には、あの大震災

によって被ったものは何もない。だが、奇しくも同じあの日に俺にとっての、

ただひとり俺という人間にとっての”震災”があった。

  一年前のあの頃もまた、世間は不景気のまっただ中で、俺が勤める会社も

経営不振に喘いでいた。あの日の朝、取締役室に呼ばれた俺は、子会社へ

の出向を命じられた。それはどんな会社にも、どんな個人にも起こり得ること

には違いなく、天災と違ってそれは能力が認められなかった俺自身に責任が

ないとは言い切れない。だが、どうしようもないのはあの不景気だ。世の中が

好景気でありさえすれば、上司だって俺を飛ばすこともなかっただろう、そう

思えば、リーマンショック前後の出来事はある種の天災みたいなもののよう

に思えてしまう。

 内心、ついに来るべきものが来たなぁという、まるで死刑宣告を受けたよう

な暗雲たる気持ちで仕事に戻った。するとデスクの電話が鳴った。

「もしもし?あ、はい、そうですが・・・。」

電話は銀行の投資部門からだった。私は数年前、資産運用に興味を持って銀

行に相談したことがあった。近年、預金金利は下がりっぱなしで定期預金をして

いてもほとんど利子がつかないような状況に不満だったのだが、ある雑誌で、

個人資産を有利に運用する方法があると言うことを聞きかじったのだ。 

 個人融資とは、株式に手を出す以外に、国債や社債、先物買いなど、さまざ

まな方法があることを知った。中でも海外の優良企業の社債や各国の国際を

アソートしたファンドという投資商品なら、安定して高金利が見込めるという話

を聞いて、それだなと思ったのだ。資産と言っても私にはたいした資産はない

のだが、親が亡くなった時に財産分与分として得た千万円ほどの預金があっ

た。これを住宅ローンの繰越返済に充てる手もあるのだが、そんなことをする

と、この大金がパッとなくなってしまうので、何だか残念に思えたのだ。だが、

ファンドに回せば、自分の金を温存したまま、少しづつ増やしていけると考え

た。だから迷わず、この遊んでいる資金を全額ファンドに預けることにしたの

だった。

 ところが、このところずーっと続いている円高傾向と、逆にヨーロッパ各地

で起きている経済混乱によって、海外ファンドが低落し続けているというのだ。

そこでファンドをお願いしている銀行から見直しをしませんかという意味合い

の電話が入ったのだった。

 私は、正直運用やら株式やらそういうものにはめっぽう弱く、それなのに何

故そんなものに手を出したのかと思うのだが、5年前にファンドを購入して以

来、一切その中身についてチェックしたことがなかったし、円高がそんなもの

に影響するだなんて考えてもみなかったのだ。電話を切った後、銀行から教

得られたネットバンキングで自分ファンドの口座を確認してみると、なんと、

預けたなけなしの資産は、半分くらいになってしまっていた。

 少しづつ増えるはずの財産が、半分になってしまうなんて!もちろん、それ

までにそれ相当の配当金は入手して来たのだが、月々振り込まれてくるその

金は、まるでおばぁちゃんからもらうおこずかいのように、いつの間にか消え

てしまってきたのだった。金には疎いが、半分に減ったという事実だけはズシ

ンと下腹に応える。朝からの左遷の件と、この資産の件。ダブルで私を揺れ

動かした。

 がっくりして仕事を続けていると、あの揺れが来た。二時四六分。震源地

から遠く離れたこの地でさえ、大きく揺れた。しかも私のオフィスは高層ビル

の上部。低周波地震のためいつまでも続いくあの揺れは一年過ぎた今でも

覚えている。そして誰かが付けたテレビによって東日本が大変な事になって

いる事を知った。

 今日はいったいなんという日なんだ。その日は、まだ何が起きるかわから

ないぞという思いがわき上がって来て、定刻になるのを待って早々に退社し

た。それでも一時間ちょっとで自宅のドア前に辿りついた時には、陽は落ち

て当たりはすっかり薄暗くなっている。普段はどこかしら灯が洩れている自

室が静まり返っている。はて?妻はまだ帰って来てないのだろうか?ドアの

鍵を開けると、室内は真っ暗で、いつもなら俺よりも先に帰っているはずの

加奈子の姿がない。電灯のスイッチを入れて、廊下を歩き、リビングを見回

す。テーブルの上に書き起きを見つけた俺は、加奈子の短い走り書きを見

て愕然とした。

「ごめんなさい。ちょっと思うところがあって、一人で暮らす事を考えています。

心配なさらないでも、しばらくは実家にいます。またちゃんとお話します。」

 何が何やら。でも、思い当たることはいくつかあった。俺の浮気の事。妻は

昔から何か意味のある事をしたがっていた事。最近夫婦間の会話がなかっ

た事。仕事のストレスで俺自身も気分変調気味だったこと。長く連れ添った

夫婦といえども、所詮は赤の他人。よほど相手の事を思いやる気持ちを持

っていないと、二人の関係性など、いとも簡単に崩れ去るものだ。

 あれから一年。妻は帰っていない。別に部屋を借りて、一人で小さな事業

を始めたようだ。

 三月十一日。それは日本にとっては大きな震災が刻み込まれた日である

が、俺個人にとっても人生に大きな楔を三つも打ちつけられて揺れに揺れ

た日でもある。だから俺はこの日の事を死ぬまで忘れないだろう。

                                了

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