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第四百十八話 泣きごとを言わないお尻。 [脳内譚]

 久しぶりに松ちゃんのエステサロンを尋ねた時のことだ。松ちゃんは、も

十数年も前にこのエステサロンを開設した。最初は顔を中心とした普通

ステティックだったのだが、オープン後一年ほどして、リンパマッサージコー

スを付けくわえた。

 体の中には運動不足やストレスなどのさまざまな要因で老廃物や毒素が

溜まってくる。すると、肩こりになったり冷え性になったり、肥満の原因にな

ったりするわけだ。そこでこうした老廃物や毒素をリンパ節をマッサージす

ることによってリンパ液にのせて体外に排泄するというものだ。今でこそリ

ンパマッサージをやるサロンは増えたが、当時はまだ少なかった。リンパ

効果がまだあまり知られていなかったからだ。

 人の身体の中にリンパ節はたくさんあるのだが、主なモノは、後頭部や

耳下腺、鎖骨のところ、脇の下、太ももの付根のところなど。よく、風邪をひ

いたりした時に、喉の奥が腫れたり、脇の下のところがプックリ腫れて「リン

パが腫れてる」とかいう、あれだ。体調を崩すと、リンパ液がドロドロになっ

て、このリンパ腺のところに悪いものが溜まる。そこで、リンパのところを手

でゴリゴリとマッサージして流してやるのだ。上手なエステシャンの手にか

かると、見事にリンパ節の疲労が取れて、何だか身体がすっきりする。そ

れまで痛んでいた肩こりが嘘のように消える。

 松ちゃんがサロンを始めた頃、私はよく通っていて、そこで松ちゃんと親

しくさせてもらった。しかし、1年半ほどして仕事の関係で別の町に引っ越

してしまったので、私は松ちゃんのサロンには行けなくなったのだ。新しい

町にも同じようなエステサロンはあったのだが、どの店も満足できなかっ

た。それほど松ちゃんのリンパマッサージは効いていたのだ。だが、長い

こと松ちゃんのマッサージを受けていたお陰だと思うが、なんだか体質が

改善されたようで、エステサロンに行かなくても自分自身の手でリンパを

マッサージしているだけでも効果があるようで、私はあれほど悩んでいた

肩こりも冷え性もほとんどなくなってしまったようだ。

 あの日、たまたま出張で懐かしい町に行くことになった。仕事を終えてか

ら少し時間が空くことが分かっていたので、久しぶりに松ちゃんのところに

行こうと思って電話で予約をした。

 「あらぁ!久しぶり!どうしてたのよ。ああ、ぜひぜひいっらっしゃって!」

喜んでくれる松ちゃんの店にいそいそと出かけていき、実に10年ぶりに

松ちゃんのゴッドハンドによるマッサージを受けた。

「とてもいいみたいね。」

私の身体を触りながら松ちゃんが言う。

「へー、触って分かるんだ。」

「もち、それがプロよ。」

「あれからね、移り住んだ町でも松ちゃんみたいなエステの店を探したんだ

けど、ないのよねー。でもね、なんだかエステのお世話になるようなことも

なくって・・・。」

ひとしきり近況報告的な世間話が終わった頃、松ちゃんがふっと言った。

「それにしても、あなた、泣きごとを言わないお尻になったわねぇ。」

え?何?お尻がどうしたって?

「あのね、ウチに来ていただいてた頃はね、あなたのお尻はいつも辛い~

しんどい~って泣きごとばっかり言ってたのよ。」

「ええー何ぃ、それ?」

「そうねー自分自身では見えないものね、自分のお尻なんて。」

「そりゃぁ、鏡で見えないことはないけれども、確かにあまり見ないわね。」

「うふふ。あなたのお尻がエンエン泣いてたから、私、リンパマッサージし

ながらいつもお尻の泣きごとも取って上げてたのよ。リンパを流すのと同じ

ように、お尻の泣きごとを流して上げる事も、実はマル秘のテクニックなの。」

「へー!そんなことしてたんだぁ!」

「うふふ、調子よかったでしょ?あの頃。仕事で泣いたことなかったんじゃな

い?」

「う・・・うんうん、確かに。確かにそうだわ。それは松ちゃんのお陰だったの

ね?」

「うふふ、私はお手伝いしただけ。あなた自身が頑張ったのよ。だからほら、

今はすっかりいいお尻になって・・・泣きごとを言わないお尻になって、私が

何もしなくても、立派にやってるんじゃないの?」

「そうだねー。でも、やっぱり松ちゃんのお陰だわ。松ちゃんが私のお尻を、

お尻の体質を変えてくれたんだわ。」

「うふふ。」

 泣きごとを言わないお尻だなんて、初めて聞いたけど、本当はまだよくわ

からないけど、まぁ、とにかく悪くないってことね。え?でかっ尻になったっ

てこと?まぁ、私もすっかり中年のおばさんなんだからそう言われても仕方

がないわね。でかっ尻でもなんでも、泣きごとを言わないんだから、それは

とってもいいことなんじゃないの?

 私は大きめになったお尻を大きく振りながら、松ちゃんの店を後にした。

                                了


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