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第四〇五話 禁音時代。 [空想譚]

 パンクバンドとハードロッカーの小競り合いがきっかけだった。だいたい、

パンクとハードロックをステージで同居させようなんてことを考えたプロモー

ターの出来が悪かった。争いはバンドレベルに収まらず、ミュージシャン全

体に広がり、すぐに音楽界以外にも伝染していった。

 文化なんてものは、宗教と同じで、共有出来る者同士ならいいが、相容れ

ない者同士がぶつかると、とんでもないエネルギーが噴出する。騒ぎはすぐ

に全国に広がり、警察どころか自衛隊までもが介入せざるを得ないほどの

規模になった。政府は事の重大性に気付き、緊急国会を召集。あれよあれ

よと言う間に、この国では法的に音楽が禁止されることになった。

 音楽禁止令とは、つまり、音楽と名の付くものすべてを禁止。演奏すること

はおろか、歌うことも禁止。もちろん聞くことにも重罪を課し、音源や音楽専用

再生機を所有することすら禁止された。

 音楽は永らく素晴らし芸術として人々に愛され続けてきたが、実は音楽には

麻薬と同じ習慣性があり、人間の精神を破壊してしまうということが科学的に

解明されたのだ。先のパンクとハードロックの戦争も、こうした習慣性と精神破

壊の結果起こったものとして論じられ、結局音楽さえなければ今回のような争

いは起こりようもないわけだ。

 音楽が禁止されて多くの人が職を失った。歌手はすべからく落語家や朗読

者に転身した。ドラマーは鍋工場で金物の叩き出しをするようになった。ラッパ

吹きはガラス細工職人になる者もいたが、風船膨らまし屋という新たな商売を

始める者もいた。ピアニストはマッサージ師に、サックス奏者は精密機器工場

に再就職した。音楽出版会社は音楽以外の音源、落語や講談、芝居、講義等

で商売するしかなかった。中には国外逃亡を考える連中もいたが、実は海外

でも同じような禁音制度を引く国が現れ始め、これは世界規模でそうなりそうな

雲行きで、多くのものはもはや世界のどこにいっても同じだと諦めて、音楽を

なかった者と考えるようになった。

 だが、音楽の麻薬性は、やはり人間を狂わせる。かつて、アメリカの禁酒令

時代に闇酒が作られていたように、禁音令の時代においても、闇の音楽家が

アンダーグラウンドに出没していたようだ。かつて音楽をやっていた者が隠れ

るようにして集まり、取り壊されたはずの防音室を地下に再現して、ジャムセ

ッションを楽しむ。また、その様子がビデオで撮影され、小さなマイクロカード

に収録されて闇で販売される。だが、音楽は見つかり易い。

 禁音令と共に、厳しく取り締まる警察チームが結成され、同時に市民の間

でも賞金付きの近隣見張り制度が施行された。罰則は千万以上の罰金を

最低レベルに、上は死刑までが設定されるという厳しさだった。それほど、

音楽は危ないものとして再認識されたわけだ。

 たとえイヤホンで密かに聞いていたとしても、音楽は人の身体を動かして

しまう。知らず足踏みをしたり、指先で拍子をとったり。これを見られては、

え、あれは講談を聞いてましたと言い逃れはし辛い。次から次へと摘発さ

れ、芋づる式に地下音楽家も逮捕されていった。世の中の楽器と言う楽器

はすべて破壊され消滅したはずなのだが、地下では次々といろいろな楽器

が発見された。すべて手作りだが、精巧に作られていた。瓶を並べたマリン

バ風のピアノ。野菜をくり抜いて作った笛やラッパの類。椅子に弦を引っ張

ったバイオリン。箱に弦を張ったギター。打楽器はいともたやすく作られて

いた。すべての生活道具が打楽器と化することが出来るからだ。再びすべ

ての手作り楽器が没収され、破壊された。

 それでも音楽は死ななかった。楽譜は禁止されたが、文字と数字で音符

を表す方法が密かに伝播されたり、音を出さずに脳内だけで音楽を感じる

技術が開発されたり、紙を折ることによってオルゴールと同じ効果が得ら

る折り紙が考案されたり。いずれも密かにアンダーグラウンドで流布された。

 人間から音楽を取り上げる事は不可能だ。何故なら、音楽が人の心を振

わせたり、感動を与えたり、人生を救ったり、あらゆる快感を連れてきたりす

るからだ。この、人間の心の奥に潜む音楽への憧憬こそが、音楽に習慣性

をもたらし、音楽を”麻薬的なもの”として解釈される由縁だ。この先、禁音時

代がどのくらい続くのかわからないが、音楽が死に絶えることは、金輪際な

いだろう。

 手作りの防音設備を設えた私だけの個室で、小さなバチで自分の骨を叩く。

すると、小さな打楽器のような音がする。口腔の大きさを変えてやると、音の

高さが変わる。人体琴だ。そうしちぇ私は鼻歌を歌う。自分の頭の中にだけ

ある自作曲を自分のためにだけ演奏して楽しむのだ。これを取り締まるに

は、もう私を殺すしか手立てはないだろう。

                              了


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