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第四百三十一話 傷物。 [脳内譚]

 「うーん、ウチは客商売なんでねぇ…。あなたの経歴は問題ないんですが、

やはりその傷はねぇ…。」

やはりだめか。これでもう何件目なんだろう。京極連司は戻された履歴書を懐

に入れながらため息をついた。前の会社をリストラされてから、もうすぐ半年

になろうとしている。そろそろ職を見つけなければと、焦れば焦るほどうまく

いかないのが人間の常だ。連司は普通に大学を出て、小さな町工場で働いてい

たが、昨今の不景気で受注が激減し、社長に頼まれて僅かな退職金を手に離職

したのだ。社長にはたいへんよくしてもらっていたので、恨みも怒りもなかっ

た。むしろ会社を辞める事で恩返しが出来るのならと喜んで受けたのだ。幸い

まだ若い連司には扶養家族もいないので、他の社員を辞めさせるよりは、自分

がリストラされた方がみんなにとってもいい事なのだと自分を言い聞かせた。

 それに長らく工場で黙々と働いて来た連司にとって、これも生活を変えるい

い機会のようにも思えた。もともと人なつこい性格の連司は、工場に籠って働

くよりは、人前で何かをする仕事の方が性に合ってると思っていた。そろそろ

接客業のような仕事をしてみたいと思っていたのだ。それで工場を辞めてから

は嬉々として新たな職場探しにいそしんで来たのだが、どうもうまくいかない。

 実は連司の額には大きな傷があった。おとなしい性格の連司なのに何故?酔

って喧嘩でもしたのか、交通事故にでも逢ったのか。友人からはそう言って冷

やかされるのだが、実際には工場の事故でついた傷だった。工場の同僚が動か

していた機会が突然故障して歯車が引っかかった。連司が隣の機械から発する

ギギィ〜という鈍い音に気がついた時には既に歯車が外れ、大きな鉄パイプが

外れて同僚に向かって突進していた。連司は同僚を突き飛ばして危険を避けよ

うとしたのだが、鉄パイプは連司の額をかすって床に転がり落ちた。擦っただ

けなので、頭蓋骨に損傷は受けなかったが、額には大きな傷がついてしまった。

肉まで裂けた額からはさほど出血はしなかったものの、応急処置をした医師の

腕に問題があったのか、傷口が大きすぎたのか、無惨な傷跡が残る事になって

しまったのだ。形成手術で傷跡は治ると言われて、二度目の手術も受けたのだ

が、一回の形成術くらいでは傷痕はとれなかったのだ。時間薬で徐々に傷跡は

薄くなる、女性じゃなくてよかったよ、医師からはそう言われて、納得してい

たのだが、それが今頃になって職探しのネックになるとは考えもしなかった。

 企業側も風貌で差別をするつもりもないのだろうが、接客業にとって顔の傷

が瑕疵になると言われると、確かにその通りかもしれないなと思ってしまう連

司だった。もう、連司は接客するという職種はむりなのだろうか。やはり前の

ような黙々と籠って行うような仕事を続けろという事なのか。心機一転を願っ

ていた連司は落胆し、もうどうでもいいやと思うようになった。

 ある日駅で買った新聞を読んでいると、小さな突き出し広告に映画のエキス

トラ募集という求人広告を見つけた。特に役者になりたかったわけではないが、

お金さえもらえればこの際なんでもいいやと思っていた矢先、応募してみるこ

とにしたのだ。数日後映画製作会社から連絡をもらった連司はオーディション

に出かけた。

 「今回はスパイ活劇です。エキストラを求めていたのですが、あなたのその

風貌…その、傷が気になりましてね。失礼ですが、それは何か事故で…?」

オーディション室で連司の前に並ぶ制作スタッフの真ん中に座っていた若い男

がそう尋ねた。この男が監督である事はあとから知ったのだが、連司の割合に

きれいなルックスについた大きな傷跡が、思いのほか印象的だったらしい。あ

り得ない話だと言われそうだが、こうして演技など学んだ事もない連司は、そ

んなものはどうにでもなると言われて、活劇の敵役という大きな仕事に抜擢さ

れたのだった。

 人前に出て誰かに喜んでもらえる仕事がしてみたい、そんな連司の願いがこ

んな形で実現するとは。 額に傷持つ男・”傷男”の異名を掲げて銀幕の世界に

静かにデビューした連司がこの先大ブレイクしていくかどうか、それはまだ

わからない。だが、傷物というのも捨てたものではないな、連司はようやく

そう思えるようになったのだ。

                     了



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