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第四〇六話 都心の妖狸伝説。 [怪奇譚]

 草木も眠る丑三つ時。隣町で行われていた集会が盛り上がって、帰りがす

っかり遅くなってしまった。真っ暗な道を提灯の灯だけを頼りに歩いています

と、まもなく土佐堀川の橋に差し掛かろうかという頃。

「しくしく・・・」と何やらうら若き女性の声がどこからともなく。提灯を突き出し

て声のする方に目を凝らしてみますと、橋の袂にうずくまって泣いている女

性の後姿が目に入った。

「もし、お嬢さん、どうされたのですか?こんな夜更けに・・・。もぉし、大丈夫

ですか?具合でも悪くされましたか?」

幾度尋ねても泣き続けるばかりで顔をあげようとしない女性。男はたまりか

ねて女の肩を軽くとんとんと叩く。

「もぅし!お嬢さん、大丈夫ですか?どうしたのです?」

するとようやく女がゆーっくりと動く。しゃがんだままで、振り向きながら顔を

上げて声にならない声を発する。

「私・・・顔を失くしたの・・・。」

提灯の灯に照らされた女の顔には、顔がなかった。

「う、うぁー!の、のっぺらだぁ~!」

腰を抜かさんばかりに驚いた男だが、なんとか尻もちをつかずにそのまま家

に向かって走り出す。すると、道の先にぽっと灯が見える。うどんの屋台だ。

おおー助かった。

「おやっさん、おやっさん、こんな時間までご精が出ますな!」

「へぇ、こんな時間まで働かんと食べていけませんので。」

後ろ向きにネギを刻んでいる屋台のおやじ、背中で答える。

「あのな、今、向こうの橋の袂でおっそろしいもん見たよ!女のお化けだよ!」

すると、屋台のおやじ、振り向きながら・・・

「それは、こーんな顔・・・?」

「ぎゃぁ~!」

って、こんな話はお化け話の定番だけど、これって町中の話なんだよね。町

中なのにこんなもののけに会ったというのが恐ろしい。それも一度ならず、

二度も。だが、これは本当に化け物なんだろうか?化け物、つまり妖怪は何

故この男を怖がらせたのか。のっぺらが男を恐怖に陥れなければならない

理由はどこにもない。だが、もしかしてこれがいたずら好きな狸の仕業だと

したら?そう、昔は町中でも森が隣接していて、そこに住む狸や狐が人を

化かして喜んでいたのだ。しかもそれは昔だけの話ではない。今だってと

きどき、城公園等で狸が目撃される。今でも彼らが市内のどこかで人を化

かしていないとは限らないのだ。

 「あら、いらっしゃい。お一人なの?」

「おお、一人だ。こんなところにこんないい店が出来たんだね。」

「あらぁ、お客様、もう随分長いんですよ、ここは。」

「おや、そうかね。この辺りにはよく来るんだが、気がつかなかったなぁ。」

「じゃぁ、これからはご贔屓にお願いしますわ。」

「おお。そうだな。サービスしてくれよ、いっヒッヒ。」

「何飲まれます?」

「ハイボール、にしようかな。」

「承知いたしました。」

それから小一時間。なかなかいい感じの店なんだが、今日の客はバーカウン

ターに陣取った岸本一人だ。まるで美人のママを一人占めしているような気持

ちになるのは当然だ。岸本はまださほど酔いが回っているわけでもないのに、

これぞチャンスとばかりに、ママを口説き始めた。

「ママにはいい男がいるんだろう?」

「うふふ。そんなのいる訳ないじゃない、こんなおブスに。」

「まさか。ママほどの美人を見たのは何年ぶりだろう。」

「ま、お上手ね。何も出ないわよ、そんなに褒めても。」

「ふふ、俺は出るモノあるがね。おっと失礼。この店に下ネタは似合わない

な。ところでもう、今日は店仕舞して、メシでも行かないか?」

とんとん拍子に話は決まって、食事もほどほどに、ホテルのベッドの中。気

がつくと、なんだか肌寒い。女に腕枕したまま布団を探すがない。おかしい

な、さっきはなんかかぶってたぞ。じゃぁ、肌布団で・・・と思って女を抱き寄

せるとこれまた堅くて冷たい。なんだ、これは?見ると、女がいたはずの隣

には箒が転がっている。

「ちょっと、お兄さん、そんなところで裸になってると、風引きまっせ!」

公園に住み着いた浮浪者に声をかけられて、ようやくここがホテルではなく

公園であることに気がつく。

「お兄さん、ひょっとして古狸にだまされましたかな?この公園にはいたずら

狸が潜み住んでいるらしいからな。」

 しかしまぁ、狸に化かされたとはいえ、ずいぶん色っぽい体験だったなぁ。

ふぅーむ、これは使えるな。あの店に行って、あの女・・・いや狸に接待させ

れば、金はかからんし、お客も喜ぶってぇもんだ。うししし。あの店を俺の接

待コースに入れよう。

 金を使わずに化け狸に接待させて顧客を喜ばそうなんて、ここにもいたな、

古だぬきが一匹。お恐ろしや、くわばらくわばら。

                          了


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