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第九百九十六話 中身が肝心 [可笑譚]

 面接会場に到着した時には汗まみれになっていた。決められた時間に遅れそうになって走ったからだ。

 あんまり暑いのでスーツの上着を脱いでいるところで番号が呼ばれ、そのまま面接室に入った。上着を着ればよかったのだがまだ汗が治まってなかったので、袖を通す気になれなかったのだ。三人の面接官が並ぶ前に五人の学生が並ぶ中で、上着を着ていないのは僕だけだったから、いっそう目立ってしまったようで、いきなり右端の面接官に注意された。

「大事な面接で上着を着ないのが君のルールなのかな?」

 両隣から失笑の波動を受けながら慌てて上着を羽織ったのだが、面接官が追い打ちをかけた。

「そういう意欲が感じられない者を採用する会社があるとは思えんね」

 結局数日後には不合格の通知を受けた。

「たぶん、あのことが原因なんじゃないかなぁ」

 食事どきに報告するともなくあのときに話をすると、黙って聞いていた父が箸を置いた。

「おかしいんじゃないか、そんなことで不合格にするなんて。お前は成績はいいんだろ? 人柄だって俺の息子だ、悪いわけがない。そりゃあ遅刻しそうになったのはあまりよろしくないが、それだって遅刻したわけじゃないんだ。むしろ遅れないように努力した結果がそれとは!」

 言いながら次第に言葉に力が込められた。父は話しているうちに感情が高まっていくタイプの人間なのだ。最初は軽く注意をするだけのつもりが、諭しているうちにだんだん感情が高まって怒りに変わっていくというような。その企業に対する父の疑問は怒りに変わり、その怒りは僕への励ましに転嫁した。

「まぁ、だめだったものは仕方がない。むしろそんなことで人を判断するような会社はこちらから願い下げだ、なぁそうだろう?」

 僕はよくわからないままに頷いた。

「人間は外見じゃない。いくら立派な格好をしていてもダメな人間はいくらでもいる。いくらきれいに着飾っても心の薄汚れた人間もな。いいか、お前ならわかっているだろうが人間は外見じゃない、中身だ。中身だけで勝負できる人間になれ、わかったか?」

 どうやら父の考えでは人間は外見と中身が一致しないことの方が多いようだ。だから外見などどうでもいい、中身を大事にしろということのようだ。

「自分の中身を大事に育てろ!」

 さらに付け加えられた質の言葉に僕はいたく感動した。日ごろ僕が思っていたことと合致したように思えたからだ。

 他の人は見た目と中身が一致しているのだとばかり思っていた。誰もそんなことを話題にしないから知ることもなかったのだが。しかし僕自身は小さなころから外見と中身がバラバラのような気がしていたのだ。でも、そんなことを考えている自分は馬鹿なんじゃないかとか、笑われるんじゃないかとか思えて、誰にも、家族にも言えずに今日まで生きてきたのだ。それが就職面接をきっかけに父からあのような励ましを受けるとは。眼から鱗が落ちるとはこんなときに使う諺だったんだと僕は思った。

 翌日、目が覚めたときにはと手も気分がよかった。二十数年間にわたる靄が突然晴れたようだ。ベッドを出て爽やかな気分で階段を下りて食卓に向かった。父も母もすでに朝食に取り掛かろうとしているところだった。

「おはようございます!」

 いつもより丁寧に挨拶をすると父は少しだけ驚いた顔をして返してきた。

「おお、おはよう。なんだかご機嫌だな」

「はい、お父様。だってわたし、すっかり目が覚めましたもの」

「なんだそのしゃべり方は」

「昨夜のお父様のおかげですわ」

「なんだそれは、オカマみたいな……」

 わたしは少しシナを作りながらにっこり笑って答えた。

「昨夜、おっしゃったじゃありませんか。自分の中身を大事に育てるようにって。だからあたし、そうすることにしましたの」

 父に話している間じゅう、今日はじめてこの世に生まれ出たような爽快な気分だった。

                                                了


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