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第四〇七話 煙が目に滲みる。 [空想譚]

 政府が禁煙法を制定してからもう十年が過ぎた。数十年前から煙草の害が叫

ばれるようになって、世界各地の都市で禁煙条例が制定されるようになった。日

本では元来国が運営していたくせに、その煙草会社を民営化し、その上煙草に

は害があると公言し、分煙化を進めていた。だが、禁煙運動が広がる中で、煙草

会社の運営もやがて苦しくなり、廃業に追いやられたのをきっかけに、禁煙法が

制定され、すべての煙草産業を廃止したのだ。

 そもそも、煙草の起源は定かではない。だが、煙草が世界に広まったのはコロ

ンブスがアメリカ大陸を発見してからで、つまり南アメリカにその起源があるという

のが定説であり、概ね喫煙習慣はマヤ文明で始まったというのも間違いないようだ。

マヤの人々は、煙草の煙を吸い込むことによって火の精霊を肉体の中に取り込む

事が出来ると信じていたという。その後も、煙草はコミュニケーションの道具である

とか、精神を安らげるだとか、もっともらしい理屈が付けられていたが、実際のとこ

ろ、煙草は害にこそなれ、有用な効能は何一つないことが判明してからは、喫煙を

嗜む人間の数が激減したのだ。

 人はおかしな生物で、禁止されると、必ずそれに逆らう人間が出てくる。禁煙法に

しても、煙草が吸いたいからというよりは、法律を破る事に快感を感じる手合いの若

造が登場してきたのだ。

「なぁ、これって煙草に似てね?」

「おう、吸ってみ吸ってみ。」

阿保野正は昔の西部劇映画で刻み煙草を薄紙に巻いていたのをうろ覚えで真似

して、辞書の紙を破いて、鉛筆削り機から取り出した削りかすを巻き始めた。

「グォホッ!まじー! ほれ、ためしてみ!」

煙が燻る巻き煙草風の代物を受け取った南都家征治は恐る恐る口にしてちょっと

だけ吸ってみてからすぐに煙を吐き出した。

「ダミだ~これは!おい、もっと美味いの探そうぜ。」

それからも二人はさまざまな者を煙草にして試していった。材木の削りかす、

緑茶、紅茶、毒だみ茶、薔薇のドライフラワー、枯れた猫草、麦の穂、乾燥

アロエ、ビワの葉、わかめ、昆布、ありとあらゆる火が付きそうな乾燥品を

辞書の紙に巻いては火をつけて吸った。だが、どれもこれも吸えたものじゃ

ない。

「なぁ、これってさ、法律破りなんかなぁ?」

「なんで?煙草を吸っちゃぁいけないけど、これは煙草と違うだろ?煙草もど

きだろ。」

「じゃぁ、警察の前で吸っても大丈夫だな。」

「あったりめ―じゃん。しかし、まともに吸える草だけな。」

法にはふれずに警察をドキッとさせる何か。それを見つけたかったのだが、や

はりNicotiana tabacumという煙草の葉はよくできたもので、その代替品な

ど見つからないのだ。二人は目先を変えてみることにした。もう、葉っぱとかじ

ゃだめだ何か食品だとか、香りのいいものがいいんじゃないか?そう考えて、

コーヒー豆、ココアを試したが、これには上手く火がつかない。そして台所にあ

った調味料に手を出した。

粉状のそれを紙に巻いて火をつける。しかし巻き煙草の先から流れてくる煙は、

口で吸ってみるまでもなく煙たかった。煙いというよりも、目が痛い。滲みる。や

貼り、これは無理だ。白であろうが黒であろうが、胡椒の煙草は目に滲みる。

                            了

 


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