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第四百二十七話 Do’nt look back. [妖精譚]

 どうしてこんなことになってしまったんだろう。武雄はとぼとぼと歩きなが

ら考えていた。今日の自分はどうだったのだろうか。昨日は?一昨日は?

そんなことより今までの自分の人生はどうだったのだろう。

 いいや、後悔なんかしてるわけじゃない。俺は精いっぱい生きてきた。だ

が運が悪かったかもしれない。運、それは自分のせいじゃない。世の中に

は”運は自分で呼ぶんだ”なんて説をぶっている人もいる。だが、そんなの

は嘘だ。誰を母親として生まれたか、生まれてきた環境、育ってきた社会、

自分の中に流れている血、そんなものはすべて自分で呼び寄せられるも

のではない。その後の人生も、すべて生まれや育ちで違ってくるとすれば、

それだって自分で何とかできるようなものではないじゃないか。

 それでも俺は、与えられた運命の中で精いっぱい運命を変えようとし、人

生を拓こうとしてきた。だが、その結果は何もかもが思いとは違う方向に持

っていかれてしまった。

 あの時、どうして俺はあの男について行かなかったのだろう。会社の上司

が独立すると言うので、一緒に新しい会社を経営しないかと誘われたのだ。

だが、俺は断った。何故なら、大きな会社を辞めてそんな小さな会社をやっ

ていくのはリスクがあり過ぎると思ったからだ。数年後、俺が残った会社は

倒産し、元上司の会社はベンチャービジネスとしてぐんぐん成長していった。

 なぜ、あの時俺はあの縁談に食いついてしまったのだろう。当時付き合っ

ていた彼女がいたのに、取引先社長の令嬢との縁談に飛びついてしまった

のだ。わがままな令嬢との結婚は長続きせず、我慢しきれなかった俺は別

の女に手を出し、それが発覚して別居、そして離婚という結果を生んだ。義

父は怒り狂って、俺がいた会社との取引を停止、会社の業績が大きく悪化

することになってしまった。俺は運を呼び寄せようとして、逆に悪運を誘いこ

んでしまったわけだ。

 どうしてあの時、あっちの馬を選ばなかったのだろう。会社が倒産した後、

職を失った俺は何とか手っ取り早く金を儲けたいと思い、昔遊びで何度も

訪れた競馬場に足を運んだ。いろいろ情報収集をした上で、アシノハヤブ

サという馬が強い事が分かっていた。だが、ダークホースにいたオドロキ

モモノキという若い馬に人気があることを知った私は、事もあろうにこの人

気馬に大金を投じてしまったのだ。結果は惨敗。オドロキモモノキはいい

ところまでアシノハヤブサに食いついていたが、最終コーナーで失速、体

力が尽きたのか最下位まで後退してしまったのだ。これで俺は無一文に

なってしまった。魔がさしたんだろうな、あの馬を選んだのは。

 どうしてあの時俺はあんな事を・・・そう思った時、頭の中で誰かの声が

した。

 『おまいさん、そんな風に昔の事ばかり思い起こしていて何になるのだ?

確かにお前の人生で選択肢はたくさんあっただろう。だが、みんな同じなの

だ。大きな選択や小さな選択、正解だった選択と謝った選択、人生とはその

繰り返しで成り立っているのだ。そして今がある。昔の選択を後悔して今更

何になるのだ。過去を振り返るんじゃない。振り返っても何も生まれない。』

 だ。誰?誰です?そう尋ねてももはや声はしなかった。あれは天の声なの

か?それとも俺自身の思考なのか?おい!もう一度教えてくれ。俺はまだ

聞きたい事があるんだ。教えてくれ、俺はこれからどうしたらいいんだ?俺

はどうなるんだ?だがもう二度と声はしない。

 そうか、やはりあれは神の声なんだ。そう、その通りだ。今さら過去を振

り返ってもどうしようもない。後悔先に立たずってやつだな。うん。運が悪

い事も、そうじゃない事も、確かにあった。それは全部自分で選んできた

事なんだ。・・・振り返るなか・・・ドント・ルック・バック・・・この英語、合って

るのかな?・・・そうだ、もう振り返らずに前を向いて歩こう。前だけを向い

て進んでいこう。

 俺はそう決心して再び力強く歩き始めた。俺と共に歩いている人々と一

緒に、三途の河に続く死出の道を。

                             了

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