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第千一話 始まりの終わり [文学譚]

 ひと晩中風が吹いていた。マンションの窓を閉め切っているから部屋の中は平穏そのものだったが、耳を澄ますと荒れ狂う風の叫びが聞こえて気持ち悪くなった。

 一夜明けると空は真っ青で昨夜なにがあったのか素知らぬ顔で太陽が見下ろしていた。今回の台風はこの街をかすめただけなのでまったくその形跡もなく、窓から見下ろす先にはいつも通りの街並みが続いていた。

 着替えをしながら今日の予定を思い起こす。細かいことは手帳に記入しているが、行くべきところ会うべき人など主だったことは頭の中に入っていて、その相手によって何を着るべきかを考えるのが習慣なのだ。

 今日の予定はなにもなかった。どこにも行かないし、誰とも会わない。そんなときは白いシャツを着るでもなく、かしこまったスーツを選ぶでもなく、自分が心地いい衣服を選ぶ。仕事着には多少派手かと思ったが柄シャツにジャケットを合せることにした。

 ほんとうに今日はなにもなかったっけ? なにか大事なことを忘れていないだろうか?

 歩道を歩きながら少し不安がよぎる。なにも仕事がないなら休んでしまってもよかったのかも。ちょっと後悔する。

 毎日さほど仕事があふれているわけではない。適度な数の案件をのらりくらりとこなす程度でやっていける会社はありがたいなと思う。毎日なにも考えずに同じことを繰り返しているだけでお金がもらえるなんてほんとうにありがたい。

 ぶつぶつ独り言を言いながら歩く。そうすると会社までの道のりを遠く感じなくて済む。考え事をしながら歩くのが癖だから、道で誰かと出会ってもたいていは気がつかないままに通り過ぎてしまう。

 気がつくと会社が入っているビルの前に着いている……はずなのだが、ビルはなかった。え? 間違えた? あたりを見回すが、いつもの見慣れた街並みがあった。なのに会社のビルだけがすっぽりなくなっている。

 こんなことってあるのだろうか。ビルが建っていた場所は、広い空き地になっている。ゆうべビルが取り壊されたのなら、そこは工事現場のようになっているはずだ。だがそうではなく都心の広場みたいになっている。

 どうしよう。会社がなくなっちゃった。家に帰るか? うん、帰ろう。だけど会社がなくなったってことは、仕事がなくなった? お給料がなくなる? 大変だ! どうしよう。

 しばらくそのあたりをうろうろしながら考えた。ビルが建っていた向こう側にも行ってみた。こちら側から見えないだけかもしれないと思ったから。だけど、どこからどう見ても建物は影も形も見えなかった。

 つまんないけど楽ちんな仕事が懐かしい。あの単調な日々を返してほしい。

 なにもない空き地をもう一度眺めてから決心した。入口のあったあたりから、なくなったビルのなかんい入れるかもしれない。そうだ、そうしてみよう。

 わたしは確かに自動扉があったはずのあたりに歩いていき、いまとなっては何もない場所にあたかも入口があると信じてビルに近づいた。建物はない。ぼくは目をつぶり、ビルはあるんだと信じて、その中に入っていった。

                                              了


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感想 4

hisa

見えない扉を入ると、何が始まるんだろう。
見えなくなった過去が、
見えない未来への期待となるから、
終わりで終わらないストーリーがあるんですね。
二年半、ありがとう。
by hisa (2013-10-22 18:18) 

Kaoru☆

本当に千一話にたどり着いちゃいましたね。
ご苦労までした。
でも、これがまた始まりなんですよね。
がんばってくださいね!(^_-)-☆
by Kaoru☆ (2013-10-22 22:03) 

momokumi

hisa様、拙い文章におつきあいくださり本当にありがとうございました。明日からは、もっと読みやすいショートにしますので、引き続きよろしくお願いしますー!
by momokumi (2013-10-23 20:01) 

momokumi

kaoru☆様、お久しぶりです^o^まだまだ続けますよーよろしくお願いしますm(_ _)m
by momokumi (2013-10-23 20:03) 

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