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第八百九十七話 家族を守りたい [謎解譚]

 欲しいものは何でも手に入れた。金も、名誉も、広い家も、高級車も、自家用飛行機さえも、手に入れたいものがあればとにかくがむしゃらに仕事をして自分のものにしてきた。それこそが望みであるし、生きている証であると思っていた。この歳になるまでは。だが、人間というものはわからないものだ。もう欲しいものなどないというところまで手にしてしまっているのに、心の中は空しさで満たされるようになった。いったいこの虚無感はなんなのだ。私は自問自答をする。今さらながらに人の話に耳を傾け、本を読み、どうすれば何かを求め続けていたあの頃のような充足感を取り戻すことができるのだろうと考える。そしてようやく理解したこと、それは愛だった。

 愛といっても、それは男女のいわゆる性愛ではない。家族愛だ。人は妻や子供、家族を守るために生きることこそを人生の糧とするべきなのだと、今頃になって知ったのだ。金など、名誉や高価な物質などどうでもよかったのだ。なのにこれまで私が費やしてきたものは、家族のためではなく、自己満足のためだった。だから空しさに満ちた人間になってしまった。妻を愛し、愛によって宿った子供を育んでいくこと。そして家族を守るために自分を捧げること。そうやってこそ生きていく力が生まれるのだ。だから私はそのように生き方を変えることにしたのだが。

「なぜだ。なぜこんなことをしたのだ。この世のすべてを所有して満足しているはずのお前が」

 薄暗い小部屋の真中に据えられた机の上で、白熱球のスタンドライトが私の顔にあてられ、冷たい顔の取り調べ官が言い放つ。

「豪邸の中に三人も拉致しやがって。お前にはもう身代金など不要だろうが」

「身代金などいらない」

「若い娘を誘拐するのはわからんでもない。美しいご婦人も、まぁ気にいったのかもしれん。だが、あんな年寄りまで……いったいなにがしたかったんだ?」

「わ、私は……家族を……守りたかった……」

「……家族を? 守りたい? なにを馬鹿な。家族を守るために他人を誘拐したと? どういうことだ?」

「だから……私は……大事な家族を幸せにしたかったんだ」

「幸せにって……第一お前には家族などいないではないか」

「だから、私は……守るべき家族がほしかったんだ!」

 私が手に入れていない唯一のもの、それは家族なんだ。

                                            了


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第七百十五話 スタジオ [謎解譚]

 都心の一画にある古びたビルの中に、二階までをぶち抜いた広い空間が
設けられている。マンションの部屋でいえば、悠に二軒分ほどの敷地はあ
ろうかというこのフロアの壁は白く塗り込められていて、二階にあたる空
間の一部は被写体となるモデルたちの控室として機能しており、鉄筋の階
段で上がっていくようになっている。フロアでは先ほどから数人の助手た
ちが忙しそうに動き回っていて、これからはじまる仕事の準備が着々と進
められていた。
 広告という一見華やかな業界の中身は、おおよそこのような閉ざされた
空間で作られていく。煌々と点灯されているいくつものライトが広いフロ
ア全体を明るく保っているが、仕事が終り人々か去ってしまうと、暗闇の
世界に戻ってしまう場所である。
 控室から今様のファッションに包まれたモデルが降りてくると、一同は
背筋を伸ばして、立ち位置に誘導する。カメラマンが調整を尽くしたスト
ロボライトが閃光のように光り、さまざまにポーズをとるモデルの姿をデ
ジタル画像として定着させていく。数時間で終わる場合もあるが、ときに
は朝から夜までかかって数多くのカットを撮影していく。PCに取り込ま
れたいくつものモデルの小さな影が、今日の成果として全員の心を満たし、
モデルが去った後、それぞれの仕事を終えてスタジオを後にする。
 成果はやがて印刷物や映像として増殖されて世に披露されるのだが、そ
うでない消耗品は、すべてスタジオの中で打ち捨てられる。たとえば消え
モノと呼ばれる食品や、装飾に用いられた小道具。再利用される可能性が
あれば、スタジオの隅に収められ、そうでなければゴミ箱に直行する。
 この日、サスペンス仕立てのストーリーで構成された撮影シナリオは、
多くの小道具が求められた。凶器となったナイフや拳銃の類は、棚の上か
ら簡単に取り出されたが、その餌食となった死体は、誰かが演じなければ
ならなかった。血を流して俯けに倒れているだけなので、誰でもよかった
のだが、そこにいる誰もが嫌がった。この日のカメラマンは、リアリティ
を追求するタイプの人間だったからだ。撮影助手が街頭に出て走り回って
日雇いの人物を連れて戻ってきて、スタイリストの手により死体にしつら
えられる。広告としてはかなりアバンギャルドな設定であるが、強烈なイ
ンパクトを求める大衆に向けられる表現は、日夜このようなモチーフを求
めるのだ。
 ゾンビのようにメイクアップされた男が可愛いモデルに襲いかかる。モ
デルは逃げまどったのちに、後ろ手に隠し持ったナイフで反撃する。男の
腹部を突き刺す光。モデルの足元に倒れる死体。流れ出る血液。すべてが
リアルに演出され、極めてエキセントリックな広告素材が生まれた。きっ
とこれらは世の中を驚かせ、ミステリー雑誌の広告キャンペーンを成功に
導くだろう。
 撮影が終わったあと、消えモノとなってしまったアルバイトの死体が残
る。それはゴミ箱に捨てるわけにもいかず、スタジオの奥にある大型冷凍
庫に収納される。すでにこの中にはいくつもの同じような死体が収まって
いる。数多くのアーティストが試みたリアル表現の残滓。いつか処理され
る日まで、ここに滞留させられ続ける裏の成果。華やかに見える世界の裏
側には、常にこうした残像が置き去られているのだ。
                                   了

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第七百八話 めでたい [謎解譚]

 ええか、お正月のこのお節料理。なぜこのように具がいろいろあるかわかっ

てるか? お前はまだ子供じゃから知らんじゃろうな。爺が教えてやるからな、

よおく覚えておけよ。

 この海老な、旨い海老じゃ。ほれ見てみ、腰がこんなに曲がっておるな。これ

ほど腰が曲がるまで長生きするようにという願いが込められておるな。わかる

か? おおそうか、それはわかるか。ではこれはどうじゃ。数の子じゃ。ほぅれ

てみぃ。このつぶつぶ。これが旨いなぁ、うんうん。これは鰊の卵じゃなぁ。

子沢山じゃ。数の子みたいに子供をいーっぱい作ってなぁ、子孫繁栄を願う

んじゃなぁ。わかるじゃろ。これこれ。蓮根。お煮しめのも旨いは、酢ばすもえ

ええなぁ。穴がいっぱいあいてるじゃろ? 将来を見通せるようになっとるん

じゃなぁ。おまんも、ちゃんと将来を見通せよ。それからこれ。黒豆じゃ。これ

はおまんも好きじゃろうて。ええ黒光りじゃ。黒くまめまめしく……日に焼けて

まめまめしくよく働けよ。ええか。これはなんじゃ? そうじゃ、昆布巻じゃな。

お昆布はなぁ、「よろこんぶ」ちゅうてな、一日の幸せ、子孫繁栄を祈るんじ

ゃなぁ。これ。伊達巻じゃなぁ。なんか反物を巻いているようじゃろ。着るもの

に困らない、繁盛、繁栄の願いじゃなぁ。それからこの栗きんとん。こりゃぁも

う、栗金団っちゅうくらいじゃから、金運を招きますのじゃ。 里芋も地中に子

供たちがいっぱい増えていくからなぁ、子沢山、子孫繁栄。ごまめは豊作を

祈るものじゃなぁ……。

 ん? なんじゃ? こんなにたくさん幸せとか長生きとかの食べ物があるのに、

後ろの人は可哀想じゃて? うーむ、そうじゃなあ。あれはなぁ、しかたないのぅ。

年末にウチへ来たのが間違いじゃったな。

 爺はあのとき、つい頭に血ぃが上ってしもうた。床の間の刀に手が伸びて

もうたなぁ。頭を割ってしも打てから、吹き出た血ぃを拭き取るのに難儀したで。

まぁ、おかげさんで大掃除が出来たみたいなもんじゃがな。うん? そりゃあ、

いつまでもこんなところに置いておきたないわい、わしかて。だが年始の生ゴミ

は明日しか取りに来よらんからの。まぁ、もう一日だけ我慢しとけ。後ろを見ん

ったらええ。そんなことより、お婆のお節、楽しまんか。あいつもいつまでお

るやらわからんからの。

                                  了


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第六百五十四話 青空ヨガ [謎解譚]

 早朝の公園。いつもは遅い時間に愛犬を連れて歩く場所なのだが、日曜のこ

んな時間に来るのははじめてだ。公園管理者によって丁寧に養生された芝生が

広がり、その上に寝転がるのは申し訳ないような気持ちになる。持参したヨガマ

ットを芝生の上に広げて横たわると、久々に晴れ渡った秋が空いっぱいに広が

っている。「ああー! 気持ちいい!」 連れの章子が思わず声を上げている。こ

の公園で早朝ヨガをやっていると知ったのは何ヶ月か前なのだが、日曜日に早

起きするのが億劫で、今日まで延ばし延ばしにしていたのだ。だが、今日はたま

たま早くから目が覚めて、あまりにいい天気なので、ヨガのことを思い出して参加

することにしたのだ。

 ヨガマットを広げているのは二十人を越えている。みんなこの集まりのことをどこ

かで聞きつけてやって来た人々だ。若い女性がほとんどだが、中には男性や中年

のヨガ愛好者もいるようだ。みんなの前でポーズをリードしているのは、早朝ヨガの

主催者でもある男性インストラクターだ。日頃は室内のヨガ教室を主催しているそう

だ。 胡座を組んでで両手で印を結び、開始の挨拶を手はじめに、手足をほぐし、伸

びをし、身体を徐々にほぐしたあと、樹のポーズ、魚のポーズ、猫のポーズなど、

次々とヨガのポーズが展開されていく。小一時間もしていよいよ終盤、太陽礼拝の

ポーズ。青空の下、早朝ヨガにはふさわしいポーズだ。本当に爽やかな気分で身体

を存分に伸ばして、陽光を身体いっぱいに取り込んだような気持ちになる。 どんな

教室でもオーラスは屍のポーズだ。マットの上に仰向けになり、全身を弛緩させる。

目をつぶって屍のように空白となって、いま行ってきた様々な動きを身体の中に染

み込ませていくのだ。これがとても気持ちいい。軽い運動による疲れが指先から抜

けていき、あまりの心地よさに、眠ってしまうことだってある。五分も身体を弛緩させ

ている間、風の音や鳥の声が耳に届く。「さぁ、それでは静かに起き上がって、胡座

を組みましょう」 インストラクターの指示で皆が起き上がって、胡座を組み、両手で

印を結ぶ。「本日も早朝からお疲れさまでした。これで明日からも元気な身体でお仕

事に励めますね。みなさん、ありがとうございました」 皆もありがとうございましたと

言って、一連の早朝ヨガが終わる。二十数人はそれぞれに立ち上がって、マットを

片付け、三々五々立ち去って行く。ところが、隅っこの方でまだ屍のポーズのまま

横たわっている男がいる。ヨガマットも敷かずに。「先生、まだ目覚めない人がいま

すけど」「ああ、その方は最初からそこにいらっしゃいました。たぶん、公園に住ん

でいらっしゃるホームレスの方だと思いますよ」 なぁんだ、そうなんだ。たまたまい

つも早朝ヨガをする場所で眠ってらしたってことなんだなぁ。男は身動きひとつしな

いし、よく見れば呼吸をしている気配もない。そうなんだ、この人は完全に屍のポー

ズを極めているんだな。私はそう納得してその場を立ち去った。

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第五百二十三話 蔵シリーズその1ーお披露目 [謎解譚]

 毎年十二月になると、常得意を招いて、蔵出し吟醸酒のお披露目を行う。十

月に仕上がったその年の酒が、そろそろ落ち着いた味わいになる頃だからだ。

毎年この催事は好評なだけに、今年は失敗するわけにはいかない。義父亡き後

を受け継いだ、入婿の私になってから味が落ちたでは困るのだ。

 一年前に義父が行方知れずになって、私はその捜索を専門家に任せると共に、

義父に代わって酒造りに専念した。酒蔵の暖簾に傷をつけるわけにはいかない

からだ。一方で、この酒の味にふさわしい塩漬け製品を開発した。杜氏として

の義父の技に私自身のオリジナリティを添えたかったからだ。酒造りは既に技

法を学んでいるから、温度や時間を気にしながら、愛情を込めて発酵させれば

出来上がる。だが、塩漬けは初めてのことであり、大変に世話がかかった。毎

日様子を見、塩加減を計り、そうして酒が出来上がる頃にはちょうどよい塩梅

になってきた。これで準備は万端に整った。

 お披露目の日、酒蔵にはいつもより少し多めの八十人もの常得意客が訪れた。

蔵出し酒の評判も上々、そして新しい品物である肉の塩漬けも大好評のうちに

蔵は熱気で溢れていった。三時間も過ぎて、そろそろ開こうかと思った矢先。

「きゃぁぁぁ!」手伝いの悦子が叫び声を上げた。すっかり売れ切れてしまっ

た塩漬けのお代わりを頼まれて、塩漬けの樽の蓋を勝手に開けたらしい。そし

て、そこに変わり果てた義父の姿を発見したのだった。                          

                      了

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第三百七十八話 Double-Life-5 記憶。 [謎解譚]

 同じ人間の皮をかぶっていても、その中に棲む精神によって、表情も佇まいも、

すべてが別の人間として存在する。

 昔の友人と瓜二つだと思っていた亜希子は、実は昔の友人である洵子その人

であった。世の中にこんな不思議なことがあるとは、想像だに出来なかった。

 警察で取り調べを受けた根室の話は、後日担当刑事が私に話してくれた。その

真相とは、かつて洵子に振られ続けていた根室はストーカーに変貌し、ついには

洵子を拉致軟禁するに至った。その折に部屋の中で男と女が格闘する場面にな

り、根室が洵子を突き飛ばした反動で洵子は頭を強く打って脳震盪を起こした。

病院に連れていく訳にもいかず、しばらく部屋に軟禁して看病を続けたという。

その結果打ちどころが悪かったのか、意識を飛ばすために用いたモルヒネの副

作用なのか、洵子は記憶喪失となった。一年ほど一緒に暮らしていたが、やが

て洵子は別人の名前・・・亜希子を名乗り始め、根室の家を出て行ったという。

その後、晴れて洵子・・・亜希子の恋人の座を獲得した根室は、恋人として彼女

を見守り続けてきたのだという。ところが今回、私との再会によって二人だけの

秘密が危うくなりそうだと思った根室は再び亜希子を拉致軟禁。その際に使っ

たモルヒネが昔の記憶を呼び覚ます結果につながったという。

 「澄子。私はいまだに信じられないでいるの。私が亜希子って人間になり切っ

て生きていただなんて。でもよくぞ私を見つけてくれたわね。さすが澄子だわ。

ありおがとう、本当に感謝するわ。」

「だってあなたに瓜二つだと思ったんだもの。でも不思議ね。瓜二つだとは思

ったけれど、まさか当の本人だったとは、気付かなかったわ。だって、それほど

別人だったもの。人間って面白い生き物ね。心のあり方ひとつで誰にでもなれ

るってことよね。」

 まるでミステリーのような展開が自分のこんなに身近なところで起きるなんて。

しかも失ったと思っていた友情が再び帰ってきてくれるとは。洵子はどう思って

いるのかまだ聞いていないが、言ってみれば亜希子として生きた十年は、洵子

にとっては失われた十年。まだ若かったころの洵子が眠り、眼を覚ました時には

十歳も歳をとってしまっているということは、これからの彼女の人生にどのような

影を落とすことになるのだろうか。私はそれが少し心配の種なのだ。

                                     了


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第三百七十七話 Double Life-4 失踪。 [謎解譚]

 日本では毎年十万人前後が行方不明者として届け出られている。その多くは

家庭環境や病気、仕事や金銭など、失踪者が自ら行方をくらましているというも

ので、犯罪とされるもの、つまり誰かの手によって故意に行方不明にされるよう

な事件は500件程度だ。だから、行方不明になったからと言って警察のお世話

になるようなことは滅多に起こらないといえる。

 では亜希子の場合はどうなのだろう。根室という具体的な人物が犯人像として

指摘できるのにもかかわらず、犯罪である証拠はどこにも現れていない。私があ

んなことを伝えなければ、亜希子は事件に巻き込まれなかったのではないだろう

か?そう思うと胸が苦しくなる。もしかしたら私との出会いそのものが事件の始ま

りだったのではないだろうか?と、携帯電話が鳴った。亜希子からだった。

 「澄子・・・私・・・どうして?ここにいるのかしら?」

「どこ?どこにいるの?あなたは今、行方不明になってるのよ?そこがどこかわか

る?」

「ええ・・・ここは、根室のマンションだわ。でも、私、軟禁されてるの。出られないの

よ。あたし・・・なんでここにいるのかしら?」

 私は亜希子から根室のマンションがある住所を聞き出して、急いでそこに向かっ

た。一時間後、私は根室のマンションに辿りつき、管理人に事情を伝えて根室の部

屋を開けてもらった。果たして亜希子は根室の部屋の一室にいた。手錠でベッドに

つながれた状態で横たわる亜希子は、朦朧とした眼差しで私を眺めて笑った。

「澄子、来てくれたのね。」

 なんだか違う。これは亜希子だが亜希子じゃない。どうなってるのだ?私は管

理人に手伝ってもらってなんとか手錠をこじ開けて、亜希子をベッドから解放し

た。そしてそのまま病院へと車を走らせた。病院の医師は眼を丸くして私の話を

聞き、慎重に亜希子の様子を調べた。どうやら急性モルヒネ中毒になっていると

いう。医療用の痛み止めとして使われているモルヒネだが、これは医療用といえ

ども麻薬であることには変わりない。何度も続けてしようすると、意識が朦朧とし

て意識が混濁する。場合によっては記憶が飛んだり、記憶障害になることもある

という。亜希子がいなくなってから既に十日以上経つので、恐らくその期間中モ

ルヒネを投与され続けていたのかもしれない。そういえば洵子と根室が勤めたい

たのは医薬品会社。根室がまだそこに勤めているとすれば、モルヒネを拝借する

ことなど簡単に出来るのではないか。医師を通じて警察に通報してもらったから、

根室は今頃警察で取り調べを受けているはずだ。医薬品の使用状況もまもなく

はっきりすることだろう。

 夜になって亜希子は病院のベッドの中で眼を覚ました。ベッド横にいる私の姿

を見つけてにっこり笑った。私も微笑みを返しながら、そのやり取りに違和感を

感じていた。

「澄子、ありがとう・・・来てくれたのね。」

澄子だなんて呼び捨てるほど私たちは親しくなってたかしら?まだ数回しか会っ

ていないのに、亜希子が懐かしい人物のように思える。違う。これは亜希子じゃ

ない。ならば・・・?亜希子じゃない、洵子だ。

 私は眩暈を覚えて床の上に座り込んでしまった。

                                  続く

 


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第三百七十六話 Double Life-3 秘密。 [謎解譚]

 「どうしても会ってお聞きしたいことがあるんです。」

彼女から電話が入るのは初めてのことだった。しかも何故だか焦ったような様子

で会いたいと言う。何事かと思いながらも、会う約束をして電話を切った。

 彼女と会うのは二カ月ぶりくらいか。電話の様子とは違って落ち着いた様子で

現れた彼女は、しかし少しやつれたような表情だった。

「どうしたの?新しい勤め先は順調?」

「ええ、お陰さまで。今いろいろと修行させてもらってますの。」

そんなとりとめない会話はすぐに思い話題に変わった。

「澄子さんと出会ってから、私も転職の準備やら何やらでバタバタしていたんで

す。だから付き合っている彼とのデートもしばらくお預けになっていたんです。そ

れがこないだ久々にデート出来たんですけど、その時に、澄子さんの話をしたん

です。澄子さんの知り合いと私がとても似てるっていう話。そしたら急に彼の顔色

が変わって・・・。」

 その彼は私のことを根掘り葉掘り聞いた揚句、もう二度と会うなと迫ったという。

その上、それから連絡が取れなくなったそうだ。いったい何事が起きているのか

わからないと彼女は泣き始めた。

「それで、あなたのその・・・彼氏の名前は何というの?」

「・・・根室・・・大介。」

その名前を聞いた私はハッとした。根室大介・・・聞き覚えがある名前だ。誰だっ

たか・・・そうだ、あの背が高くて色白、髪を金髪にしていた男。あれは洵子の同

僚だとか言っていたっけ。あの頃、洵子は別の男性と付き合っていたのに、しつ

こくされて困っている同僚がいるってこぼしてたっけ。そのストーカーまがいの男

性が確かそんな名前だった。

「澄子さん、私怖いの。毎日あの男が会社の玄関で待ち伏せして、私を誘ってく

るのよ。でも同じ会社の同僚だし、別に悪戯されたわけでもないし、邪嫌にもで

きないし・・・どうしたらいい?」

洵子からそう問われて私も困った。私にはそんな経験はないから、撃退法を知

っているわけでもないし。とにかく、自分の意思をしっかりと持って、はっきりと

断るしかないわね、と答えたのを覚えている。付き合っている彼氏に相談した

らと言うと、付き合っている彼は嫉妬深いので、それは言えないと言った。

 それから間もなくだった。洵子が姿を消したのは。仲良しだった私はショック

を受けた。彼女の部屋はそのままだったし、会社も無断欠勤で、失踪したのだ。

どこかに旅行にでも出かけるのなら、私に一言くらいあるはずだし、第一無断欠

勤するわけがない。私は警察に彼女がしつこくされて困っているという男・根室

の話もしたが、その男がかかわっているという証拠もなく、結局失踪事件として

謎のまま事件は幕を閉じた。洵子の部屋はご両親が来て片づけられ、引き上げ

ていった。

 あれからもう十年も過ぎた。すっかり忘れていた男の名前を、こんなところで聞

くなんて。しかし、こんな話を今の彼女にするべきなのかどうか。しかし、もし根室

が洵子の失踪事件にかかわっているとしたら・・・もしかしたら目の前の彼女だっ

て危険な境遇にいるのではないだろうか?いや、私の話を聞いて青ざめたという

その男には、必ず洵子と関連した秘密があるはずだ。

 「その、彼・・・根室って人は、身長が高くって色白で・・・」

男の特徴を告げると、彼女・・・亜希子はどうして知っているのかと驚いた。やはり

同じ男だ。私は根室について知っていること、そして洵子の失踪事件のことを洗い

ざらい彼女に話した。亜希子は震えながら私の話を聞き、来た時よりも青ざめて帰

っていった。私は、十分に気をつけるようにと伝えた。何故なら、二度と洵子の二

の舞はさせたくなかったから。

 数日後、テレビのニュースで里中亜希子という女性が行方不明になっていると

いう事件を知って私はわなないた。悪夢がまた起きている。

                                 続く

 


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第三百七十五話 Double Life-2 対話。 [謎解譚]

「私に何か用事ですか?」
店を出たところで突然呼び止められた私は、驚いて入口のすぐ横から飛び出し
て来た女を見た。彼女だった。さっき店内で私が凝視してしまったあの女だ。
「もしかして興信所?」
俄かに不安げな表情になった彼女はそう尋ねてきた。
「興信所?い、いいえ。違います。」
「ああ、なぁんだ。よかった。先ほどあなたが私をじぃーっと見てらっしゃるので、
何か万引き検査院かなぁと思ったんだけど、いまあなたを見てると探偵か何か
かなぁって思って・・・」
「ああ、それは失礼しました。そんなに見てましたか、私?」
「ええ、それはもう、気持ち悪いくらい。男性だったら肘鉄ですよ。」
「ごめんなさい。実はね、あなたが昔の知り合いにあまりにも似ていたもので
・・・。」
「ええ?そうなんですか・・・。それは不思議ですね。実は私も、同じようなことを
感じて・・・前にどこかでお目にかかっているのかしら?」
「・・・いいえ、たぶん。会ったことないと思いますよ。」
そう言いながらも私は、またしても奇妙な感覚に捉われていた。以前に会ったど
ころか、一緒に暮らしていた人と同一人物でないのが不思議なくらいだった。
 それから私たちは、近くのカフェに入ってしばらく世間話をしていた。初めてで
あった見知らぬ同士なのに、お互いになんだか近しい感じを持ったからだ。彼女
はある事務機メーカーの事務をやっているのだが、キャリアを持ちたくて本を読
んで勉強し、マーケティング会社に転職が決まったところだったのだ。だからその
会社が身辺調査をしているのかと思ったらしい。いまどきそんな健気な努力家が
いるものかといささか驚いたが、そういえばそんな地道な性格もどこか似ている
なぁと思った。少し年上の、しかも彼女の転職先とは同じではないが遠からずな
仕事をしている者としては、何だか応援したくなっていろいろと話し込んだのだ。
 私は堅めの会社の企画室で働いている。通信機器を扱う会社で、その販売方
法や販売先へのサービスなどを考えるような仕事だ。
 私たちは一時間ほど談笑した後、連絡先の交換をしてお互いに帰途についた。
それからしばらく、私は彼女のことをすっかり忘れていた。何しろこれほどの経済
低迷期で、しかも市場が動かないこの時期にはいろいろと仕込んでおかなけれ
ば、先行きがますます悪くなってしまうのだ。お得意先や下請け会社など、あちこ
ちに出かけていき、仕事の種を探し回ったり、業界紙の隅から隅まで眼を通して
今できることを探したり、暗闇をまさぐるような毎日だった。ちょうどその忙しさが
一段落したかなぁと思い始めた頃、携帯電話が鳴った。
 「澄子さん、会って話がしたいんです。」
あの彼女だった。
                                      続く
 
 

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第三百七十四話 Double Life-1 視線。 [謎解譚]

 その女はモノクロ―ムでまとめられた商品陳列台の向こうに立って、並べられ

ているTシャツやブラウスの品定めをしていた。私はというと、同じ商品陳列台の

こちら側で、同じくそこに並べられた品々に目をやっているふりをして、彼女の姿

を凝視していた。

 私の職業はファッション関係でもなんでもないのだが、若いころから服飾が大

好きで、飲食よりも何よりも、衣服にかかる出費がいちばん多いという生き方を

選んできた。子供たちも成人式を終えたという年齢に達してもなお、ファッション

への渇望は抜け切れず、未だバーゲンの有無しにかかわらず、暇を見つけては

ブティックや百貨店に出かけて行く。

 この日は、勤めている会社を離れて、とある企業での打ち合わせがあったため、

その帰り道に通りかかる繁華街の一角にあるファッションビルに足が向いてしま

ったのだった。私はこのビルの一階に入っているスペイン初のカジュアルブラン

ドが最近の好みで、今回のバーゲンでは三度も四度も足を運んでいる。もともと

安価な価格設定であり、さらにそれがクリアランス価格になっているので、少々

購入しても財布への負担はそれほど重くはないのだ。

 こうした店を訪れる客は、特にバーゲン時期ならさまざまではあるが、おのずと

似通った好みを持つ者が集まってくる。ひと昔前のようにコム・デ・ギャルソンに

魅入られてカラスのような個性的な黒装束ばかりを身に着けるといったもので

はないにしろ、幅広いワードローブを持ちつつ、自分なりの個性を醸し出してい

るといった女性たちの人気を集めているのがこの店だ。とんがり過ぎず、頑張り

過ぎず、高過ぎず、中庸なセンスながらもそれなりの個性を光らせているこの店

に集まってくる客は、どこか同じ臭いを放つ。同好のサークルを共有しているか

のように、店の中で出会った知らない同士でも、声を掛け合えるような雰囲気が

あるのだ。

 私はその女をじっと見つめていた。決してとびきり美人というのではない。個性

的というか、古い言い草だが、コケティッシュという言葉が丁度いい。小柄で華奢

な肩の上に乗せられた小さな頭、ざっくりと後頭部で結ばれた髪、やや釣り上が

り加減に引かれた眉の下には黒目がちで聡明そうな眼孔が光っている。その姿

に、昔知っていた人の面影を感じた。だから思わず凝視してしまっていたのだっ

た。

 他人の空似とはよく言ったもので、確かに似ていると感じる。だが、双子のよう

に瓜二つというわけでもなく、別人であることは知っている。だが、よく似ているの

だ。驚きと懐かしさが鼓動を打ちながら私の視線を奪うのだ。もちろん赤の他人だ

し、知り合いですらないから、凝視することがどれほど失礼なことなのかもわかっ

ている。だから、それとなく、気づかれないようにしているが、それでも自然と目が

吸い寄せられてしまうのだ。

 見過ぎ。見過ぎている。そう思った時、彼女の目が私を見た。何?何よ?と言い

たげなその鋭い視線に、私は思わず目をそらす。不自然だ。だが、その沈黙のや

り取りが却って好奇心を湧き立たせる。また彼女を盗み見る。が、視線を戻した時

には彼女の姿は商品陳列台の向こうにはなかった。狙いをつけた雌鹿に隙を突か

れて逃げられたような感じ。ああーそれにしてもよく似ていたなぁ。

 私は手に持っていた店内商品をレジに持っていき、支払いを済ませて出口に向か

った。するするっと開く自動ドアを二~三歩踏み出したところで、不意打ちを食らった。

 「ちょっと!あなた。」

                                        続く


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