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第九百九十五話 この世は七日間で [文学譚]

 一日目。平穏無事な一日だと思えた。

 無人になってしまったのかと思えるほど静かな通りには車の姿もなく、ビルのシルエットに囲まれた青空があまりにも透明で宇宙を想像させた。透き通った向こうになにか見えるかもしれないと思いしばらく見上げていたが、普段と変わったところは何ひとつなく、ただただ青い空間が広がっているだけのようだった。

 しかし、首に疲れを感じて見上げるのをやめようかと思った頃、ビルの陰からいきなり無数の無数の黒い点が現れ、なにごとかと驚く間もなくそれらが空を覆い尽くし、やがて現れたのと反対側のビルの陰に飛び去っていった。鳥の群れだった。雀や鷗が集団で飛び去る姿は見たことがあるが、これほどの数を見たのは初めてで、なにか異様なことが起きる予感がした。

 後でわかったことだが、このとき海の中ではやはり無数の魚群が集団移動してどこかへ消えていったそうだ。この時以来、世界から鳥がいなくなり、魚が消えた。

 二日目。僕は飼い猫の器に餌を盛り、名前を呼んだ。二匹いる猫はいつもワードローブの上や押し入れの中に隠れて眠っている。ときには浴室の風呂蓋の上でぬくぬくしていたりするので、どこにいるのか見つけられないこともある。このときもなかなか出て来なかった。たいていは忘れたころにみゃーと言いながらどこからともなく姿を現すのだが、遂に出てこなかった。仕方なく床上に敷いたマットの上に猫の器を置いて家を出た。

 外に出るとやはり静かで、人ひとり歩いていない。角の家を通り過ぎるときにはその家で飼われているホワイトテリアが無駄に吠えるのだが、この日はいないようだった。公園を通り抜けるときに見かける猫の姿も一切目に入らなかった。

 街中なので犬や猫はそう多いわけではないのだが、それでも鳩も猫も見えないのは奇妙な感じがした。仕事先でも誰かが同じようなことを言っており、街から動物が消えたという噂が広まりつつあった。

 ネットニュースではさらに大変なことを伝えていて、牛の放牧場、養豚場、養鶏場など、世界中の農家から家畜の姿が消えてしまったと大騒ぎになっていた。

 三日目。すでに世界は混乱していた。テレビも電話も通信機能を失い、やがて電力も消えてしまった。それだけではない、あらゆるエネルギーが力を失い、人類は選択の余地なく文明と別れを告げることになった。そのためかやはり街はしんと静まり返っていて、人々はおびえて家の中に引きこもっているのか、僕以外には誰も外に出ている者はなかった。空を見上げるとやはり青空で、太陽の光だけが現実であることを感じさせてくれていた。

 夜が来てすべてが闇の中に押し込められてはじめて、月と星々が消失していることに気がついた。

 四日目。窓から見下ろすと建物の前の大通りの様子に異変を感じた。最初はなにかわからなかった。地上に降りてみて、誰もいない通りをためつすがめつしているうちに、原因に気がついた。見慣れた街路樹が消えていた。そういえばと部屋に戻ってベランダを覗くと、ベランダには土だけになった植木鉢がいくつか並んでいるだけだった。世界から植物が消えたらしい。

 僕は思い立って自転車置き場に向かい、愛車を引っ張り出して湾に向かった。本来なら車で走りたい距離なのだが、あいにくガソリンは意味を失っていたのだ。海に向かう間じゅう、あらゆる街並みを注意深く見ていたが、動物と植物が消えているほかには何の変哲もない風景だった。人の姿も見えないことに大きな不安があったが、自分はここに生きているのだから、みんなもどこかに隠れているだけだと自分を信じ込ませた。一時間ほどで下町を抜け、倉庫街に入った。その先は商業用の港になっていて、海が見えるはずだった。

 港はあった。しかし船の姿はなく、岸壁に立ってはじめてその訳がわかった。海が消えていた。船は水を失った湾の底に眠るように横たわっていた。

 これは現実ではない、僕は夢を見ているんだと思った。だが、四日も続けて夢を見るものなのだろうか。

 僕は怖くなって急いで家に戻ってベッドにもぐりこんだ。

 五日目。ついに空が消えた。空が消えるとはどういうことかと思うが、そうとしか思えない。ついでに太陽と大地も消えているのだと思った。マンションの部屋から外に出ることができない。なぜなら部屋の外が無くなってしまっているからだ。

 大地がないのになぜマンションはここに建っているのだろうか。太陽がないのに、なぜ周りが明るいのだろうか。

 なにもかも不思議だったが、現実にそうなっているのだからしかたがない。

 僕はふと読んだこともない聖書の一説を思い出した。創世記とかいうやつ。聖書は持っていないし、もはやインターネットで調べることもできない。だけど、神が七日間で世界を創ったという話だけはうろ覚えだが知っていた。

 たしか神様が順番に、光や空や大地や動物を創っていくんだ。いま、それがさかさまに起きているのだtゴしたら……これは神様の仕業なのだろうか? しかしそれなら最初に消えるべきは人間ではないのだろうか。

 考えてもしかたがない。誰も答える者がいないからだ。今日は五日目。だとすると残されているのはあと二日。

 明日はなにが。そして明後日には……

 六日目。人間は消えたのだろうか? しかし僕はまだここにいる。マンションというか部屋というかそういう物理的なものは無くなってしまっているのに、なぜか僕の意識だけはここにある。昼も夜も無くなってしまっているようだ。

 明日一日残されていると思っていたが、急に思い出した。七日目には神は休むのだったと。

 光が無くなり、暗闇が訪れた。

 七日目。

 千一話物語は最終話を迎えた。

                                               了


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