SSブログ

第四百二十九話 恋人。 [妖精譚]

 私は街を歩くのが好きだ。特に目的もなく歩くのだ。通りの佇まいを眺めた

り、路面店のショーウインドウを覗きこんだり。そこにはちょっとした刺激や冒

険があったり、ただ単に目を楽しませてくれたりするものがある。商店街があ

れば迷わずその中を通る。人々がゆったりと買い物やウィンドショッピングを

楽しんでいる様子を伺い知るのが面白い。

 母親が娘にせがまれて流行服の買いものに付き合わされている。娘が手

にするいやに短い丈のスカートに一瞬目を丸くするが、最近はそう言うのが

流行りなのねと頷いてみせる。カップルの彼女が彼のシャツを見立てている。

まだ学生であろう年齢なのに、まるで世話女房気取りで品物をとっかえ引き

換え彼の身体に合わせては微笑んでいる。主婦同士のグループ、女子学生

のグループ、お兄ちゃんの二人連れ。あちこちに同じような人々が買い物を

楽しんでいるのを見ているだけで、幸せな気分になってくる私はよほどの暇

人だなぁと我ながら笑ってしまう。

 いつものように一人歩きしながら他の商店街客と同じように店の商品を見

定めていると、誰かの視線を感じた。視線の方向にそっと目をやるとどうや

ら正面のショウウィンドウの向こうでガラス越しにこちらを見ている人がいた。

私と同年代と思しき女性で、個性的に見える黒いスーツが妙に似合っている。

 私が彼女の姿を認めると同時に彼女は眼を伏せてウィンドウから離れた。

誰だろう。知り合いだったか。しかし見覚えはない。どこかで会ったことがある

のだろうか。そう思いながら彼女の姿を目で追ったが、すぐに人ごみの中に

消えてしまった。

 その店を後にする頃には、私を見つめていた人間の事などすっかり忘れて

しまっていた。そろそろ家に帰ろうと思って地下鉄の階段を下りた。いつも通

る改札に向かうと、そこには待ち受けていた可能ように先ほどの黒いスーツ

の彼女がいた。何故?どういうこと?私は少し怖くなって彼女の存在を無視

して通り抜けようとした時、彼女から声がかかった。

 「ちょっと待って。」

え?彼女のすぐ横を通り抜けようとした私は驚いて目の前にあった彼女の

顔をまじまじと見てしまった。どこか見覚えのあるような、懐かしいような彼

女の表情。だがやはり違和感がある。会ったことなどないのだ。記憶のど

こを探しても彼女の存在などない。

「突然声をかけてしまってごめんなさい。驚いたことでしょうね。でも、どう

してもお話がしたかったのです。」

 彼女に押し切られるような形で地下構内にあるシンプルな喫茶室に入っ

た。相手が自分と同じような年恰好の女性であることと、どこか見覚えの

ある面影が、相手の話を聞いてみようという気にさせたのだ。

 「見知らぬ人間から急に声をかけられて、さぞ驚いている事でしょうね。」

私は黙って頷いていた。だが、彼女の顔を見つめ声を聞き、同じ席に座っ

ているだけで何かしら安心感が湧いてくるのが自分でも不思議だった。

「もしかしたら、見ず知らずのはずの私に、少しは親近感を覚えてる?」

図星なのでまたいささか気味悪く思いながらも私は頷く。

「こんな話を急にしたら頭がおかしいんじゃないかって思われそうだけど、

思いきって言うわ。こうして話かけた事だけでも既に驚きですもんね。」 

 彼女は私の表情を伺いながら少しづつ不思議な話をし始めた。彼女は

私の事をよく知っているというのだ。だが会ったことがあるわけではない

という。彼女自身も最初は私の存在を知らなかったという。だが、毎晩の

ように夢の中に出てくる女性の事を調べるにつれ、夢の女性が実在し、

自分自身とかかわりがあることが分かってきたという。その夢の中の女

性が私だというのだ。そんな夢の話をされても、気味悪いだけだわ、と

思いながら聞いていると、彼女はさらに驚くべきことを言った。彼女と私

は今世では出会っていないが、前世で合っているというのだ。しかも恋

人同士だったという。生まれ変わりという物を、お話の上では聞いたこ

とがある。興味がないわけではないが、信じてはいなかった。自分の周

りに生まれ変わりを信じさせるような事柄は一切なかったからだ。その

私に、前世で恋人同士だったという話をする。これは何か新手の詐欺

か何かなんじゃないだろうか。私はすぐに人の言うことを信じてしまう

愚か者だから、常に騙されないようにと注意だけはしている。それでも

余計なモノを買わされてしまったり、妙な英会話の教材を契約してしま

ったりする私だけに、彼女の話を信じていいものかどうか、混乱し始め

た。

「私とあなたは、五十年前に交通事故で亡くなったの。私が運転する車

でね。あなたは助手席にいたわ。私が運転を誤ったのではない。交差点

で突然大きなトラックが突っ込んできたの。まずは私が押しつぶされ、あ

なたも巻き込まれたの。即死だった。私たちは婚約していて、幸せの絶

頂だっただけに、それは残念な事故だったのだけれども、悔しく思う時

間さえ与えられなかったわ。・・・こんな事言われても信じられるわけが

ないわね。・・・ほら、私のこの痣を見て。」

彼女は上着を脱いでワイシャツの左袖をまくりあげた。そこにはまるで

やけどか何かの跡のような痣があった。

「これは、どうやらその時の事故の名残らしいんだ。こういうの、あなた

にはない?」

私はおののいた。なぜなら私にも同じような痣が肩のあたりにあるから

だ。頭の中で何かのスイッチが入る。彼が私を庇おうとして一瞬私を抱

き寄せようとする。だが間に合わずに私の肩の辺りに思い鉄塊がのし

かかって来て・・・そのあとは暗闇。そんなイメージが脳裏をかすめた。

 幸せになり損ねたカップルが、時代を越えて姿を変えて、別の時代で

再開する。そんな不思議な話が実際にあるのだろうか。しかも自分自

身の身に。痣の類似性以外にどこにも証拠はないし、それすらただの

偶然かも知れない。だが、彼女の出現によって私の中の何かのスイッ

チがオンになり、俄かに前世の記憶の断片が感じられたのも事実なの

だ。だが、それだって思い過しかも知れない。仮に彼女の話が事実だっ

たとしても、もはや彼女は彼ではないし、今世では私たちは恋人同士じ

ゃない。だが、この、彼女に心惹かれる感じは・・・いったいどうしてしま

ったのだろうか。

                             了

 


読んだよ!オモロー(^o^)(3)  感想(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

読んだよ!オモロー(^o^) 3

感想 0

感想を書く

お名前:
URL:
感想:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0

トラックバックの受付は締め切りました

 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。