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第四百六十一話 現地特産蛙漁。 [妖精譚]

 青葉が目に眩しく、山から降りてくる風が生ぬるくなる頃、内陸部に位置す

るこの地に暮らす漁師たちは俄かにに忙しくなる。内陸なのに漁師とは不思

議に思うのだが、猟師ではなく、漁師なのである。

 田植え前の波波と水が張られた水田に、何人もの漁師たちが釣り糸を垂ら

しては引き上げ、引き上げてはまた釣り糸を垂らす。いったい何を釣っている

のだろう。初めてこの地を訪れた私は、訝しく思って忙しそうな漁師の一人を

捕まえて尋ねた。

「いったい、こんな田んぼで何が釣れるのです?」

「・・・あんた、誰かね?」

漁師は一旦手を止めてそう尋ねた。

「ああ、お忙しいのにすみません。私は資源開発局の仕事で出張して来た、た

だの通りすがりなのですが、みなさんのお姿を拝見してちょっと不思議な光景

だなぁと思いまして・・・」

一旦は止めた手をまた動かし、釣り糸を田んぼに投げ込みながら漁師が答える。

「はぁん?あんた、知りなさらんのか、この土地の名産品を。」

「はぁ・・・初めてきたもので。」

「おらたちはの、蛙を採っとるんじゃ。」

「カエル・・・ですか?」

「そんじゃ。カエルじゃ。ここいらでは、蛙がどぉんとのう採れるんじゃに。」

「で、それをどうするんですか?飼育するのですか?」

「ばっかぁけ?!こんなもん、飼うてどうする。売るんじゃねか。ここいらの

は大けい割には身が締まっとるで、ええ値で売れるきに。」

「ほぉ。で、それを買った人が飼育するんで?」

「ほんに、お前さまはばっかじゃの。こんなもん、飼うてどするんじゃ?こん

もん、食べるほかなかろうがな。おんし、知らんのか?この辺で採れる

四六のガマっちゅうやつを。」

「はぁ・・・・・・四六のガマと言ったら、あれですか?あのガマの油売りの?」

「おお、知っとるじゃねけ?そうじゃがな。そうじゃがな。あんれはなぁ、な

かなか質のええのが採れなんだ。それが近頃不思議に採れるようにな

ってな。」

「四六のガマって言ったら・・・前足の指が四本で、後ろ足のが六本で・・・。」

「違う違う!この辺のはそんなチンケなもんじゃね。この辺の四六のガマは

の、前足が四本、後ろ足が六本じゃがな。」

「ええ?じゃぁ、前後合わせて十本足の蛙?」

「んだがね。こいつがええんじゃ。一匹で脚が十本じゃろ?蛙の足っちゅう

は鶏肉とよぉ似た味でな、タンパク質もたんと含んでるでの。」

「昔っから、そんな蛙がと、採れるんですか?」

「うんにゃ。昔は採れなんだ。去年くらいからかの。こんな四六のガマが

出始めたんは。」

「それって・・・もしや、あの・・・去年あの山の向こうで起きた事故に関係

しているのでは・・・?」

「ばっかいうでね。おらたちはそんなもん、採んねえべ。これは、進化した

新種の四六のガマじゃで。」

「でも・・・」

「こらこら、仕事の邪魔すんでね。」

 これは・・・・・・どう考えても奇形の蛙ではないのだろうか。私は少し心配になっ

たが、そんなことを口に出したら、この漁師たちを怒らせてしまいそうで黙ってい

た。私たちの会話を、仕事をしながら聞いていた隣の漁師が口を挟んできた。

「おまいさんは、食うたことはないのかの?こいつら、東京さ出荷されんだで。

東京では売っとらんのかね。こんな美味いもん、きっとお前さまも食っとるに

違いねけどな。」

「んだんだ。食っとる食っとる。」

「あのぉ、蛙の特徴は手足だけなんですか・・・・・・?多いのは?」

「・・・・・・うだなやぁ。実はな、おらたちもちょっと気味が悪いと思うとるんじゃ

がな、目は六つあるど。」

「め、目が六つ?」

「んだがね。じゃがな、おらたちは、前の二つが目で、残りの四つはな、模様

と言うとる。したらの、引き取り業者も、んだんだ言うて持って行きよるわ、

あっはっは!」

 今日もまた、四六のガマが大漁の様子だ。この村ではこの時期、これで

生計を立てているのだ。大漁の蛙をトラクターにつないだリアカーに乗せて、

漁師たちはホクホク顔で帰っていく。美しい夕焼け空の下で、漁師たちの

族が夫であり父親である彼らの帰りを待っているのだ。

                       了

※四六のガマ(しろくのガマ)とは、前が4本指、後足が6本指のニホンヒキガエル(ガマ)のことである。

[ニホンヒキガエル]体色は褐色、黄褐色、赤褐色などで、白や黒、褐色の帯模様が入る個体もいる[5]

体側面に赤い斑点が入る個体が多く、背にも斑点が入る個体もいる

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第四百六十話 萬受堂本舗。 [妖精譚]

 元町駅で地下鉄を降り、七番出口の階段を上がると、そこは御堂筋という大

通りと中央通りの交差する辺にでる。そこから北へ二ブロックほど上がると、通

りに面した古びたビルのすぐ脇に、細い路地が人知れず存在している。その路

地を入ってしばらく行くと、唐突に道が開けて不思議な広場に出くわすのだ。

 ここは紛れもなく日本有数の都市のど真ん中ななのに、その一角だけは、中

国かタイか、どこか見知らぬアジアの異国のようで、まだ肌寒さが残る季節だと

いうのに、真っ黒けに日焼けした子供が上半身裸で走り回っている。

「ケン、返してよ!それ私の!」

裸ん坊の一人は髪を後ろでお下げに結わえているので、どうやら女の子らしい。

ケンと呼ばれた少し体の大きい裸ん坊は、女の子の兄なのか、近所の子なのか

わからないが、あっかんべーをしながら両手に何か木造の玩具を持って逃げ回

っている。もう一人の丸坊主頭の小さな裸ん坊は二人の様子をにまにましながら

見守っているのである。

「へへーん、こんなもの、お前の父ちゃんに言えば、いくらでも買ってもらえるんだ

ろう?だったら、俺にくれよ。お前はまた父ちゃんにもらえ!」

なんて意地悪な男の子だろう。お兄ちゃんなら、小さな女の子に優しくするべきな

のに。そう思いながら子供たちをよけるように七メートルほどの広場を横切り、さ

らに路地を行く。するとほどなく、左っ側にペンキが剥げ落ちた緑の扉が開かれ

ているのが目に入る。入口にはシンプルだが長い木綿の暖簾に「萬受堂本舗」

という文字が書かれている。

「ここだ、ここ!こんなところにあるんだなぁ。」

アメリカ大陸を発見したコロンブスのような気分で、思わず私は大きな声を上

げた。私に答えるともなく史子も口を開いた。 

「ほんと、この辺って、なんだか不思議な空間ね。」

 私は山本タカヒロ。薄っぺらなタウン情報誌を刊行している小さな編集会社

の社長兼編集長だ。そして一緒にいるのはたった一人の編集スタッフである

壇史子。取材は下手だが、文章を書かせたら若さの割にはなかなか達者に

書く女性だ。私は、取材用のコンパクトデジカメで店の入口と暖簾のアップを

撮影してから、暖簾の向こうへと脚を踏み入れた。

「こんにちはー。お邪魔しまぁす。」

 近代的な空間に暮らす私にとって、古い建造物の内部はそれだけでもう異空

間だ。子供の頃は、ボロボロの木造建築だった学校なんか馬鹿にしていた筈な

のに、大人になってからは、古民家や古いビルは妙に懐かしく、また新しく感じ

るのだ。この店も、建物自体は年代物だが、同じく年代物の丁度が上手にレイ

アウトされており、イサムノグチっぽい紙の照明器具や欧風のステンドグラス

のペンダントが絶妙な配置で、古いのにモダンな室内を築きあげていた。

 二十五坪ほどの店内は、一見して何の店だかわからない。中央に三つほど

四人がけのテーブルが据えられており、左壁側にはカウンターがあるから、飲

食店であろうことはわかるのだが、それ以外の三面の壁には棚やワードロー

ブが並んでいて、古着っぽい衣装や民芸風アクセサリー、ちょっとしたインテリ

ア等が整然としかし所狭しと並べられているのだ。私たちはもう一度店の奥に

向かって声をかけると、カウンターの奥にある出入口から黒いエプロンを付け

て、頭の禿げた店主らしきオヤジが顔を出した。

「ハイハイ、いらっしゃい。お食事でしょうかな?」

満面の笑みを浮かべる如何にも人の良さそうな店主に向かって、史子が言っ

た。

「あのぉ、昨日お電話差し上げたタウン情報誌のものですが・・・取材、よろしい

でしょうか?」

「ああ、ハイハイ、そうでしたか。いいえ、もちろん大歓迎ですよ。どうぞ、そちら

のテーブルにおかけください。」

「では、遠慮なく。」

そう言って私たちは一番奥のテーブルに腰掛けた。すると店主はニコニコしな

がら「では、何かありましたらお声をかけてくださいね。」と言って引っ込もうとす

るので、慌てて呼び止めた。

「いやいや、ご主人のお話をお伺いしたいのですが。」

「おお、そうでしたか。取材といいますからな、写真とかお撮りになって帰るの

かと思いましたよ。では、私も失礼して・・・あ、何かお飲み物でも?」

「ああ、いいえ、お構いなく・・・あ、やはり、このお店のドリンクを何かいただけ

ますか?これも取材の一環にしますので。」

「ああ、そうですか。何がよろしいかな・・・?はい?何でも?困りましたな。私

共はお客様のオーダーをお受けしてサービスするシステムになっております

でな。では・・・ああ、お茶ですね。分かりました。」

店主は店の奥に向かって、中国茶を出しなさい、と大声で言った。

「ウチはどんなお飲み物でもお出しできますが、中国茶をお喜びになるお客

様が多ございましてね。お飲みになったことはありますかな。ちゃんと中国式

の方法でお出ししますので。」

まもなくアオザイを着た女性が、あのままごとみたいな中国茶器セットを運ん

で来たので、店主はお茶の入れ方を説明しながら小さな茶盃にジャスミン茶

を淹れてくれた。

「ほうじ茶も美味しいですが、今日はこの花茶を飲んでいただきますかな。こ

れもまた美味しゅうございますでな。」

「さて」私がそう言うと、店主も真似するように「さて」と言った。

「さて、それでは、お伺いしますが」「ハイハイ」「ここは何屋さんなのでしょう

か?」

「何のお店って・・・おわかりになりませなんだかな?ご覧の通り、お食事と

雑貨・アクセサリー・インテリアの店ですが。」

「それにしてもメニューとか置いてないんですね。」

「ハイハイ、ウチにはメニューとかありませんでな、お客様がお決めになる

のです。私共はお客様が欲される品物を、お食事でも、お飲み物でも、衣

服でも、装飾品でも、何でも提供させていただくのでございます。」

「ほぉ。それは素晴らしい。では、カレーが食べたいと言えばカレーを、ラー

メンと言えばラーメンを出してもらえると?」

「その通りでございます。」

史子も口を挟む。

「ええー?例えばフレンチとか、イタリアンとかでも?ベトナムとかタイ料理

でも?」

「はい、左用でございます。ロシア料理でもアラスカ料理でも、何でも有りで

すな。」 

「しかし、それは大変ではないのですか?何を注文されてもいいようにあら

ゆる食材を常に用意していると?」

「そうですなぁ、大体は。」

「大体は?とおっしゃいますと?」

「時々、面白がって無茶をおっしゃる方がいらっしゃいましてな。マンモスの

肉が食べたいとか、タランチュラの燻製が食べたいとか。」

「そんなもの、あるわけないじゃないですか。」

「作用でございます。世の中に流通していないものは、すぐには手に入りま

せんな。」

「すぐも何も、マンモスなんて今の世の中にいないじゃないですか。」

「いやいや、今生きてるマンモスはおりませんがな、冷凍マンモスはありま

すでな。それを手に入れるのにはちょっと骨がかかりますで。タランチュラ

なんぞは、アフリカ辺りでは焼いて食べる民族もあるそうですが、燻製に

する時間をいただきませんとな。」

「ひゃー!すごいお店なんですね、ここは。」

「そうでございますか?どちら様も同じようなサービスをしているものだと

思っておりましたが。」

「つまり・・・この店は、何でもオーダーを聞いてくれるお店・・・?」

「作用ですな。店の名前をご覧いただけましたかな?」

「萬受堂・・・本舗?」

史子が反応した。

「萬、よろずですな。それを受ける店ということで、萬受堂本舗といたしました。」

「なるほど、そう言う意味ですかぁ。私はてっきりまんじゅう屋かと・・・・・・」

「ほーっほっほ、それは異なことを。」

「いやいや、本当にそんな感じの店かと、僕も思ってましたよ。」

「さて、概ねお分かりいただいたのなら・・・・・・そろそろ、何かご注文されてみて

はいかがですかな?」

「うーん、そうだな・・・・・・」

史子は焼肉が食べたいだとか、フランス料理だとか、好きなことを言い始めたが、

私はせっかくだから、この辺では食べられない何かを注文してみたいと考えた。

史子は一瞬不満そうな顔をしたが、これは仕事だぞと釘を指すと、すぐに同意し

て別のメニューを考え始めた。

「そうだな、世界の珍味っていうのも在り来りだからなぁ。きっとそういのは手に

入るに決まってるし。そうだ、僕はあれ。宮崎の蟹味噌汁!ミツホシガザミって

いうカニが美味いんだよ。あれ。」

「ほぉ、そうきましたか。では、私は昔懐かし、子供の頃に食べたスパゲッティ

イタリアン!」

「お前こそ、イージーなオーダーだな。」

「そんなことない、今時、あんな喫茶店で出してたようなスパゲティーはないよ!」

「承知しました。しばらくお待ちください。」

しばらくすると、美味しそうに茹で上がったミツホシガザミが一匹まるごと入った味

噌汁椀と、いかにもケチャップ仕立てのスパゲティーがアツアツで運ばれてきた。

「ほぉー。やるね。お味は・・・・・・ああ、これこれ!これ、昔宮崎で食った味!」

「どうやって手に入れるのですか?」

「ほーほっほ。それは秘密ですがね、まぁ、お嬢さんのスパゲッティ、あれは、ほれ

中央区のエキスポカフェにありますでな、簡単ですじゃ。蟹は・・・・・・旬のことも

あるので、少々手こずりました。」

 なるほど、どんなものでも出してくれる店か。これは面白い記事が書けそうだ。そ

れにしても、どういう魔法を使っているのかは、是非聞き出さないとなぁ。そう思っ

て私は店主に店の奥の取材を申し入れたが、店の奥には調理場以外何もないの

一点張りで、決して私たちを奥に入れようとはしないのだった。私は、なんとか店

の秘密が知りたくなって、そのヒントとなりそうな注文を次々と考えた。たとえば、

ドイツに住む友人が手作りしている燻製ハムシュヴァルツヴェルダー・シンケン

はどうだ?・・・なんなく給仕された。それは友人が作る燻製ハムそのものだった。

別に食べ物でなくてもいいんだよなと確認してから、昔無くした東京オリンピック

の記念メダル、別れた彼女に持っていかれてしまったビートルズのLPアルバム

「アビーロード」、史子も旅先で無くしたスワロフスキーのピアスと婚約を破棄し

て返してしまったティファニーの指輪を注文した。いずれもさほど時間も費やさ

ずにテーブルに運ばれてきた。

「大丈夫ですか?大分お値段が嵩んで参っていますが・・・・・・。まぁ、もともと

皆様ご自身の所有品であるべき品物については、手間賃くらいしか、私ども

はいただきませんがね、ほーっほっほ。」

「ねぇ、大将、教えてもらえませんかねぇ、何故、こんな芸当ができるのかを。」

「さぁてねえ、それを言っちゃうと、誰かに真似をされちゃぁ困りますものでねぇ。

それだけは、企業秘密ってことで、ご勘弁いただけませんかね。」

 店主が飽くまでも頑固に魔法の秘密を死守するので、私は一計を講じる事

した。この方法なら、金はかかるかもしれないが、絶対に店の秘密を手に入れる

ことが出来るはずだ。私はもう意地になっていた。

「ご主人。この店はお客が注文したものは何でも差し出すと、そう言いましたね。

間違いないですね。」

「ええ、その通りですな。現に今までだってあなたがたの無理な注文を全て叶え

ましたでしょう?」

隣で史子もうんうんと縦に首を振っている。 

「それでは、こうしましょう。ご主人、このお店を、私に売ってください。」

「・・・・・・そ、それは・・・・・・」

踏み込も驚いた顔で私を見つめながら、口では「いくら出すつもりなの?」と

声を出さすに口先が言っていた。

「出来ないと、こうおっしゃるのですか?私どもは、ウチのタウン情報誌で何でも

オーダーを聞いてくれる素敵なお店萬受堂本舗の記事を書くつもりですが、

私のこの最後のオーダーを聞いてもらえないとなると、萬受堂本舗は嘘つき

な詐欺店だと書かざるを得ませんね。」

「そ、そんなぁ・・・・・・・・・・・・分かりました。お受けしましょう。それがあなたの

最後のご注文ですね。」

「そうだ。私に、この店を売ってくれたまえ。」

「承知しました。」

そう言って店主は店の奥に引っ込んだ。次に店主が店の奥から顔を出すのには

さほど時間を費やさなかった。

「お待たせしました。それでは、これで本日のご注文品は全て納品させていただ

いたことになります。」

先ほどまでもとの店主がつけていた黒いエプロンをつけた”私”がそう言った。元

の店主は、どういうわけか、壇史子という編集者と共にテーブルに座っていたが、

早々に代金を支払って、萬受堂本舗の暖簾をくぐって帰っていった。

 萬受堂本舗。お客様のご注文を何でも聞き入れるお店。あなたも一度、ご来店

ください。ただし、今後はお店の譲渡だけはお断りすることにしております。

                            了


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第四百五十九話 アクマクリーム。 [怪奇譚]

 ハリウッドセレブも愛用している、世界中で話題のアクマコスメ。アクマが

現れた後に残る、ニュルッとしたあの体液があなたのお肌をきれいに修復

してくれます。ちょっと怖いと考える人もいるかも知れませんが、アクマが持

つ魔力がこの体液にも含まれており、お肌の細かい傷を修復、地獄で苦し

む亡者たちから吸い上げたコラーゲンやプロテアーゼと呼ばれるたんぱく

質分解酵素や、エラスチンなども多く含まれています。こうしたコスメティッ

クエッセンスがニキビやニキビ跡に効き、お肌のハリや弾力も出てきて瑞

しいお肌がいつまでも保たれるのです。

 ねえ、見た?アクマクリームの広告。なんかすっごい話題らしいわよ。え?

なんだぁ。もう使ってるって?すごい早い。さすが寧々子だわ。で、どうなの。

いい感じ?そう、いいんだぁ。じゃぁ、私も注文しちゃおうかな。ちょっとお高

いけど、うふふ。若さと美貌には変えられないものね。一緒にきれいになろ

うね!

 あっれー。季実子。最近キレイになったわよ。やっぱり。あれね、アクマク

リーム。こないだ私に聞いてから注文しようって言ってたんじゃなかったっ

け?あれっていつだっけ?あ、ああ。そうよね。先週でしょ?で、もうそんな

に効果が出てるわけ?すっごいわァ。え?私も肌ツヤが違うって?うふふ、

そうでしょ。やっぱりアクマの力ってすごいわね。

 ひゃぁ、寧々子!どーしたの?どんどん美しくなっていく!ん?私も?そり

ゃあそうよ。同じクリーム使ってるんだもの。で、どうよ。最近、男のほうは。

ええ?ふーん、モテモテなんだぁ。なぁに、七人も?付き合ってるの?前は

男が欲しい~って叫ぶくらいモテなかったのに?さっすが、アクマクリーム

の威力だわね。ま、私も似たような感じ。今ね、誰をメインにしようかなー

なんて考えてるとこ。

 季実子!やるじゃん。男たちに貢げるだけ貢がせて、振ったんだって?

悪い女!で、そろそろ次の男たちもダメになってきたって?そりゃぁそうで

しょうよ。あんたは美女になってからは贅沢になったもの。あんなに地味

で質素な田舎の女だったくせに。今じゃどこかのセレブみたいじゃなーい?

そうよね、男が勝手に言い寄ってきて、頼みもしないのに貢いで、しまい

に経済感覚を失って凋落していくんだものね。私たちのせいじゃないわ。

 寧々子・・・大丈夫?彼氏が自殺したって?あなたのせいじゃないわよ。

そんなこと言ってたら、恋人なんて探せないじゃん。寧々子の美しさが魔

力をもってるだなんて、そんな馬鹿なこと、誰が言ってるの?確かにね、

アクマクリームでキレイになったわ、私たち。でも、それは魔法じゃなくって

科学の力よ。その美しさに目が眩んで落ちていくのは男たちの勝手じゃな

い?でしょ?私たちに何ができるっていうの。

 午後のニュースです。今日の特集は、今、社会現象にまでなっている、

若い男性の自殺についてです。世の中の女性たちが急激に美しくなって

いく一方で、恋愛問題を苦に自らの命を絶つ若者男性が後を絶ちません。

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 ますます大人気!アクマクリーム!絶賛販売中!

地獄から届いたこのクリームを愛用すると、あなたのお肌はいつまでも若々し

く保ちます。効果はすぐに現れ、お肌のみならず、あなたの魅力は際限なく膨

れあがり、男たちを虜にして止みません。世界的な話題のアクマコスメ。南米

北米、欧州に広がり、美容大国韓国でも口コミで広がり爆発的な人気!あな

たの魅力で、男たちを美の地獄へ落としてみませんか?

                              了


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第四百五十八話 神様製造機。 [怪奇譚]

 最初は何かの冗談だろうと思った。でなければ、よくある詐欺まがいの宗教

商法か。それはインターネットを介した販売システム、すなわち最近流行りの

eコマースの中にリンクが貼られていた。

世界をあなたの意のままに。

あなただけの神様を作って、世界の支配者になろう。

 広告バナーに大きく書かれた広告コピーは、どうみても眉唾な文句なのだ

が、今まさに自分の思い通りにならない世の中を嘆いている伸太にとっては、

とても魅力的な内容に思えた。金額によっては騙されてみるのも面白かろう、

そう思って広告バナーをクリック。リンク先へジャンプした。

 あなたは信じるべき神様をお持ちですか?

Your Gods World co.という会社が運営しているらしいホームページのト

ップにはこんなフレーズがこれみよがしに表されている。

 やっぱりなぁ、神様かぁ。宗教だと思ったけどな。そう思いつつも、伸太は

その先へと読み進んだ。

 現在の日本人のほとんどは、信仰心を持っていません。婚礼の際にはキ

リスト教、葬儀の際には浄土宗、お正月には伊勢神宮、こんな風にその都

度祈る相手を帰る程度の信仰は、真の信仰ではありません。これでは神様

も仏様も、あなたの声を聞くはずもないと、あなたはそう思いませんか?そう

なのです、だから神はあなたの願いを叶えてくれないのです。

「神はあなた方一人一人の中にある。」

こんなことを言う人がいますが、これはあくまでも信仰的な言い方であり、真

理ではありません。本当はこうです。

「神はあなた方一人一人が作り出せる。」

人間は七十億人もいるのに、神は一人。これでは神様だって大変です。そこ

で、私たちはあなた自身の神様を出現させることができるマシンを完成させま

した。このマシンであなただけの願いを叶えてくれる神様を創出しましょう。そ

うすれば、今あなたが抱えている悩みや問題は、いとも簡単にあなたの神様

が解決してくれることでしょう。

<一週間お試しキャンペーン実施中>

まずはお試しいただける期間を設定しました。マシンの到着後、一週間お試

しいただき、気に入らなければご返品いただけます。その場合に限り、全額

ご返金させていただきます。さぁ、今すぐお申し込みを!

 伸太はここまで読み終わるやいなや、”お申し込み”と書かれた購入ボタン

をクリックした。

「一週間で判断すればいいんだろ?なんて親切な会社なんだ。これはどうや

ら詐欺商法ではなさそうだな。だって全額返金を謳うくらいだから、本物の機

械に違いない。」

 三日後、炊飯器くらいの大きさの箱が送られてきた。箱を開くと黒い四角い

のっぺりしたボックスが梱包材で包まれた状態で入っていた。早速取り出して

床の上に設置、コンセントを電源に差し込んだ。一枚のシンプルな取り扱い

説明書を見ながら、電源ボタンを押すと、”ピッ”っと小さな音がしてマシンが

起動した。

 電源を入れるまでは気がつかなかったが、電源ボタンのすぐ横に小さな窓

があって、そこにデジタル文字でWait...の文字が出た。ウィーーーン・・・・・・

しばらく続いていた音が止まって女性の声がした。

「音声案内に従って、入力してください。まず、あなたが作ろうとしている神様の

名前を入力してください。」

 ええー?入力ったって・・・キーボードも何もないし・・・どうすんだよ?そう思っ

た伸太は、苦し紛れに機械に聞いた。

「キーボードはどこ?」

「キーボー・・・神様の名前はキーボーでよろしいですね。承りました。それでは

神様を作りますので、マシンの前でしばらくお待ちください。神様はマシンの前

にいるあなたの生命エネルギーから作り出されますので、決してマシンの前か

ら離れないでください。」

 おいおい・・・キーボーって、勝手に・・・そうかぁ、音声に反応するんだったの

か。まぁいいや、名前なんて、どうでも。ここを離れるなって・・・?いったいどの

くらいかかるんだろう。十分ほどじぃーっとマシンを見つめていたが、喉が渇い

て来た伸太は、ちょっとの間くらい大丈夫だろうと考えて、冷蔵庫のある台所へ

水を飲みに行った。冷えた水を立て続けに二杯喉に流し込んでマシンのある

屋に戻ってみると、どこかに隠れていた愛猫のにゃん太がマシンの上でく

つろいでいる。おいおい、にゃん太、ダメだよ、これはおもちゃじゃないし、お

前が好きなテレビでもないぞ。伸太がそう言ってにゃん太をマシンの上から

抱き上げたとき、”チンチーン!”という音がして、マシンの上に神様が現れた。

「私はお前の神様、キーボーだ。お前の望みは世界征服か?人類滅亡か?

私はお前だけの望みをなんでも叶えてやるぞ。お前の魂と引き換えにな。」

 な、何だ、こいつは。世界征服?人類滅亡?魂?!神様っていうけれど、

見た感じも、言ってることも、まるで悪魔みたいじゃないか・・・しっぽだって

あるみたいだし。キーボーの体は、愛猫にゃん太と同じ灰色の縞模様で、

おまけに猫そっくりのしっぽをゆらゆら動かしている。伸太の反応を待つ

間、神様は自分の手をぺろぺろ舌で舐めては顔を洗っている。

「ははん。さては返品しようと思ってるな。ざんねーん!それは無理!私

が出てきてしまったからには、お前さんはもう私の言いなりだ。その代わ

りと言っちゃなんだが、私はお前の願い通りに世界征服をしてやるのだ

からな!」

 そう言うと神様は”ブワン!”という音と共に煙のように姿を消した。そ

して伸太は黒いマシンを持ち上げてうやうやしく神棚に置いた。

                             了


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第四百五十七話 暗黙知。 [空想譚]

 人間の行動は、恣意的に学んで得るものと、いつの間にか身についている、

或いは学ばずして身についているものがある。この後者のように学ぶという事

を経由せずに無意識に身につけた知識や行動を暗黙知によるものという。この

暗黙知で身についている知識や行動を言葉で表すことは困難だ。

 たとえば、水泳。おおよそ大人から教わって泳げるようになるのだが、本質的

には教わらなくても人間は泳げる。赤ん坊をプールに浸けると、いつの間にか

泳いでいるという。自転車乗りにしてもそうだ。記憶の中では、父親が荷台を持

ってくれて一生懸命ペダルを漕いでいる様子が目に浮かぶが、実際、平衡感

覚や倒れないようにバランスをとること等は教わりようもなく、自らの体の中に

ある感覚を呼び覚まして自転車を漕ぎ出すものなのだ。

 山際海斗はよく奇妙な感覚に因われる。幼くして亡くした父親のことはほと

んど覚えていないのに、自分がいま父と同じような事をしていると感じたり、

実際に生前の父を知っている人に、お前が鼻を掻く癖は父親と同じだと言わ

れたりする。父親の癖なんて見たこともないのに。こういうのを血筋だと言っ

たり、遺伝体質と読んだりするのだろうかと海斗は思う。

 数年前、母親が亡くなってから空家になっている実家は、姉が相続してい

るのだが、もう古いし、誰かが住む予定もないから、転売しようと思うと言っ

てきたのは先月の始めだ。だから、一度田舎に帰って海斗が置いているも

のを処分するなり持ち帰るなりして欲しいとも言われた。そう言えば、学校

を出て以来離れてしまった実家の押入れや倉庫には、小学校時代の日記

や、中高生時分の教科書やコミック、その他もういらなくなったガラクタ等は

全てとりあえずと思って実家に置いてあるのだった。もう二十年も開けてな

いのだから、いまさら必要なものなどひとつもない筈だ。それでも、成績表

や日記、アルバムなど、海斗が子供だった頃の思い出の品々は捨てるに

捨てられないものなのだ。

 母の三回忌以来帰らなかった実家の押し入れからいくつものダンボール

箱を取り出した海斗は、一時作業を止めて古ぼけた手帳を手にしていた。

それは海斗のものではない。海斗の父親が使っていたであろう古ぼけた黒

い革の手帳だった。年度を確かめると、ちょうど海斗が生まれた年の手帳だ。

日付が入った日程のところには、父が従事していた建設会社の作業工程等

が小さな文字でぎっしり書き込まれていた。ほとんどの文字は海斗にとって

何の意味を成さないものであった。だが、海斗の誕生日のところには、”祝・

長男誕生!”と記され、そこから三ヶ月ほど後ページのには、父の日記らし

き記述が残されていた。

”四年前に授かった長女は母親似でとても可愛い。きっと美人に育つことだろ

う。下の子はまだ生まれて三ヶ月だが、もうしっかりとした顔つきをしている。

皆が言うには、私にそっくりだそうだ。だとすると、性格や考え方まで私に似

るのだろうか。いずれにしても、いい子達を授かった私たち夫婦は幸せだ。”

 まさに幸せだった頃の父の姿がそこにはあった。ところがそこからほんの数

ヶ月後である11月なると、仕事の記述もなく、”検査結果、黒””入院”など、

病気治療の予定がポツポツと記載されているだけだった。

 手帳の後半部の白紙になっているページはあまり活用されなかったようだ

が、所々に奇妙な図と文が描かれている。

 空中に浮いて座っているような人のイラスト。その横には”裏庭のブロック

塀。見えないが実際にある。”と走り書きされている。”目をつぶればそこに。

心の声が支持する”さらにこんな不可解な父のメッセージも。だが、何か書

かれていたに違いないそこから数ページは、破り取られ、さらに後ろは空白

のまま何も書かれていない。

 海斗はこの図とメモを何度も繰り返して眺めた。裏庭・・・この家の裏庭なの

か?ブロック塀って・・・今もあったっけ?よし、確認しよう。

 外に出て裏庭に回って海斗は、果たしてそこにブロック塀が残っているのを

見つけて、なぜかほっとした。イラストと実際の塀を見比べる。決して上手な絵

ではないが、実際の塀の様子がキチンと写し取られている。塀の真ん中より

少し右のあたり。イラストではそこに人形が浮いて座っている。なんなのだろう。

海斗はなんとしてでもこの意味を知りたくなった。塀のその辺で、イラストと同じ

ように空中に座る真似をしようとして、大きく尻餅をついた。

「ちぇ、なんだよう、何もないじゃないか!」

地面で打った知りをさすりながら海斗は毒づいた。

 それから数ヶ月。海斗は父の手帳を自宅に持ち帰っていた。毎日父の手帳を

開いては謎が解けないかと頭を捻っていた。

「何も見えないが何かがある。何もないが、何かがある。目をつぶって、心の声

を聞く・・・・・・?」

何度も同じ事を呪文のように繰り返してみるが、何も始まらない。

 しかしある日。なぜか海斗にはわかった。その日であることが。具体的にわか

っているわけではないが、夜十時過ぎ、何かに引き寄せられるかのように、ふら

っと都心のビル街を訪れた。こんな深夜のオフィス街はガラーンとして気味が悪

い。だが、海斗はこの時間にここに来なければならないと思ったのだ。勤め先の

あるエリアではないので、あまり詳しくはないが、昼間に何度か歩いたことのあ

るあたり。そしてビルとビルの間を抜けると、その向こうには、あの実家の裏庭

位の小さな空間があった。その場所を囲んでいるのはブロック塀ではなく、ビル

の壁だが、海斗は黙ってその一角に行き、腰をかがめるジェスチャーをした。

 すると、不思議なことに何者かが体を包み込み、海斗の体は、スポーツカー

のバケットシートにでも沈み込んだみたいに仰向けになった。目には見えない

扉が締り、目には見えないフロントウィンドウが被さった。もう、そこはオフィス

街の一角ではない。四方を包む透明な物質の向こうには永遠の星空が広が

っている。海斗はこの見えない船に誘われて宇宙空間にワープしたのだ。

 もし、この様子を見ていた者がいたとすれば、きっと腰を抜かしたことだろう。

一人の青年がビルの一角で腰を下ろすような動作をした途端に消え去った

のだから。だが、海斗の姿を見ているものは誰一人居なかった。海斗は一人

未知のビークルに乗り込んで、未知世界へとの飛び出したのだ。この先に何

かがあるのか、いや、何があるのか、海斗にはわかっていた。言葉にして誰

かに説明することは難しい。だが、本人にはわかっているのだ。この小さな

船の操作方法も、初めて見る宇宙航海図のセッティング方法も。そしてこれ

ら向かう見知らぬ惑星で誰と再会し、そこで何が始まろうとしてるのかさえ。

 海斗を失ったこの世界では、数日平穏だった。だが、一週間後、会社の連

中が騒ぎ出し、実姉に連絡が行き、そして海斗には癌が見つかっていたこと

が明らかになった。ステルス性の胃癌。海斗はこの病気を苦に何処かで命

を断ったのではないかということで落ち着き、ごく身内だけで葬儀が執り行

われた。姉は海斗はやはり父親の子だったんだなと、感慨深い涙を落とした。

                             了


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第四百五十六話 宇宙人の言葉。 [空想譚]

 外宇宙からやって来たエイリアンは、高度な技術力によってあらゆる言語を

操ることが出来る自動翻訳機を持っていた。VAR(ヴァーチャル・オーギュメン

ト・リアリティ)システムによって本来の姿を隠し、地球人とほど違わない姿に

カムフラージュした姿で多くの地球人が集まっている場所、時間に地上へ舞い

降りた。彼らは闘争的なエイリアンではなく、目的はもちろん宇宙間平和協定

への勧誘だ。地球人は彼らの勧誘に答えてこそ、銀河宇宙サークルの一員と

して迎え入れられるわけだ。そうなれば、あらゆる技術やノウハウが伝授され、

地球人には未来永劫の幸福が約束される。

 地球人に姿を変えたエイリアンは、街角に立って自動翻訳機のスイッチを入

れた。そして、そこにいる地球人を捕まえて、会話を求めるメッセージを語った。

私トオ話シ、シマセンカ?」

 通りがかった青年は、背の高い外国人に声をかけられて、ちょっと迷惑そうな

顔をしながら黙って立ち去った。

私トオ話シ、シマセンカ?」

次に通りがかった中年男性は、ニコニコしながら返事をして立ち去った。

「あのね、お兄さん。ここは日本ですよ、ニッポン!私らは仏教の人だから、

モンモル教だかエボハの王国だか、そんな話は聞きませんよ~!」

 地球人というのは、平和協定に興味を持たないんだろうか?エイリアンは

とても不思議に思って、言葉の選び方を少し変えてみた。

「チョット、私トオ茶デモシマセンカ?」

通りがかった女子高生の三人組は、金髪頭に茶色く塗った顔を思いっきり

歪めてきゃいきゃい笑った。笑いながら言った。

「ダッサー!表参道のこんなところで、お茶でも~だって!笑っちゃうしぃー。」

「ウィッシー!」

立ち去っていく女性型地球人の後ろ姿を眺めながら、エイリアンは母船に通じ

るトーカーに向かって言った。ピッピッピ!

「jkrvるいvh:にmづいえうヴんvじぇいrvm、うぇk]jhnv;ene!」

まもなく彼は地上から姿を消し、母船もはるか宇宙へと飛び去っていった。

                                   了


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第四百五十五話 挫折の天使、失恋の神様。 [恋愛譚]

 挫折の天使って、聞いたことあるかい?知らないだろうな。だって俺も初め

て聞いたから。誰に聞いたかって・・・なんだっけな。あ、そうそう、テレビで作

家か何かが喋ってた。そう、あれは何かの映画の前説だったと思うな。で、

挫折の神様ってどういう意味かって?気になるだろ?

 俺はてっきり挫折した時に助けてくれる天使のことだと思ったんだ。ところが

違うんだって。むしろ、挫折させる天使。誰かの人生がうまく運んでいるのに、

絶妙のタイミングでつまづかせる。つまづくことによって、その人は気づき、反

省をし、その部分を強化してさらに強くなって次の一歩を踏み出すそうだ。

 おいおい、そういうのってあり?俺はさ、そんな余計なことしていらないなぁ。

今だって十分につまづいてきたし、これ以上挫折なんてしたら、もう立ち直れ

なくなるかもしれないし。何につまづいてるのかって?聞く?そんなこと。それ

って俺の傷口に指突っ込んでグリグリやるようなもんだぜ。

 ま、俺はさ、いろいろ挫折してきたけどね。仕事でつまずくなんてあったりま

えじゃん。そんなこと気にしないね。第一、仕事ではそんなに高い目標を持っ

ていないからね。もう、なんていうか、このくらい。ほら、くるぶしのところくらい

かな?このくらいのハードルなのに、それにつまづいちまう。あ、いや、こんな

低いからこそつまづくのかもな。だってほら、草原の草を右と左で結んでつくる

トラップ。あれってつまづくでしょ?だけど、それくらいのでコケたところでさ、ち

ょいとすりむく程度で、痛くもなんともないさ。すぐにまた歩き出せるし。あと、

そうだなぁ、家族?両親とは良く喧嘩するよ。ウルサイからね、あいつら。人の

ことをなんと思ってるのか、ああしろこうしろ、これはいけない、あれもいけない。

俺、もういい大人だよ?親が小さい子供を叱ったりするの、あれって、本当は

あまりよくないらしいね。だってほら、子供だって一人の人間だぜ。それを、その

人格を無視して、親の思い通りにコントロールしようなんて間違ってる。俺の場

合、こんなおっさん捕まえてああだこうだって。こりゃあないよな。これはつまづ

くよ、親の言葉に。でもな、そんなもの右から左さ。右から左へ~受け流す~

てもんだな。

 挫折っていうか、つまづきで、俺が痛いぜって思うのはな・・・ウヒィー・・・言っ

てしまうとこだった。くっくっく・・・そう簡単には教えられないぜ。俺にとってはこ

れは見すごせない一大事なことなんだからな。何かって?聞きたいの?それ

はな・・・ウィーっヒッヒ!言ってしまいそうになった!クックックッ!え?何?早

く言えと?わかった。教えてやろう。それはな・・・。

 女だ。いい女がいるのよ、あっちにもこっちにも。そんで、そういうメンタとよろ

しくやってる兄ちゃんがいるわけじゃない?そいつがどんな面してると思う?ブッ

ブッブ男!俺に輪をかけたようなブサイク!なのに、いい姉ちゃんといるわけよ。

そんなんだったら、俺にだってお姉ちゃん来てくれてもいいはずだろ?そう思う

から、俺は目に入ったお姉ちゃんを誘うわけよ。そしたらな、心良く返事してくる

どころか、笑いやがんの。目を釣り上げて「ゲッ!」なんて言って走って行く女も

いたな。ひどい時には完全無視。目の前に俺がいるのに、誰もいないかのよう

に振舞って無効に逃げていくのな。ひどくない?

 毎日毎日、こんなことの繰り返し。俺は他のどんなことにも挫折感なんて感じ

ないけどね、こと女に関してはもう~挫折の連続なんだよ。だからね、挫折の

天使さんなんて姉ちゃんに、これ以上掻き回されたくないわけ。むしろほら、こ

ういう俺って、神様だと思わね?そ、向こうが挫折の神様っていうのならね、俺

はもうこれは神様よ。失恋の神様!

 挫折の天使vs失恋の神様・・・どっちが強いと思う?しらんって?そんな冷た

い・・・そりゃぁ神様が強いだろうて、そう言ってよ。ま、とにかく千人切りじゃない

がな、こちとら千人振られじゃない?これはもう、神様だよ。振られの神様・・・

やそりゃ格好悪いから、失恋の神様。

 なるほど、そうか。閃いたよ!俺、これで商売できるかもな。

失恋の悩み、萬承ります、by失恋の神様」

これってどーよ。イーんじゃなーい?いかにも助けてくれそうだろ?よしよし、

おれ、これで明日からメシ食ってこ。「よろず引き受けます、 by失恋の神様。」

 まさかこの様子を、挫折の天使が空から見ているなんて、俺はこれっぽっち

も考えてみなかった。俺は、三歩歩くか歩かないかでつまづいてしまった。

                             了


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第四百五十四話 殺人小説。 [怪奇譚]

 怖い。この頃、なんとも言えずあの人のことが怖いのだ。あの人は小説家の

卵。だが、”小説家の卵”という言い方を、あの人はとても嫌がる。卵というから

には、ひよっ子にすら至っていないということだ。自分はもはや卵どころかひよ

子ですらない。今や若鶏くらいにはなっているはずだ、そう言って怒るのだ。

 あの人の名前は海堂俊介。私の恋人である。学生の頃から小説家を目指し、

遂に大学は中退してしまった。大学なぞ、大人の幼稚園みたいなものだ。通っ

ても小説家にとってなんの足しにもならない、そう言って親の反対をも押しのけ

て辞めてしまった。それからは昼間フリーターをしながら、夜は執筆するとい

生活を執念深くもう十年も続けている。とはいえ、気まぐれに働くフリーター

だけで大の大人が食べて行けるはずもなく、そこに絡んでしまったのが私と

いう訳だ。私は俊介と同じ大学に通ったが、ちゃんと卒業した。そして小さな

出版社で職を得今もそこで働いている。

 俊介とは大学の執筆倶楽部というサークルで知り合った。そのサークルは

一回生の時に立ち上げて、三年間リーダーを務めていた。私は俊介より

一学年下で、二回生になったばかりのある日、学食でPCを広げて詩を書いて

いた。その時偶然にもそのすぐ近くで俊介たちサークルのメンバーが、お互い

の作品について合評をしていたのだ。そして私は俊介に見つかってしまった。

「おおー、すごい。君はこれで文章を書いているのか?」

しばらく前から視線を感じるなと思っていたら、いつの間にか私のすぐ傍らに

やってきていた俊介がそう言った。私はPCに集中していたので、驚いてギャ

ッと妙な叫び声を上げてしまった。

「やぁ、ごめんごめん。驚かすつもりは無かったんだ。でも、君があまりに素

敵な”原稿用紙”を持っているようだから、つい見とれてしまって。」

その頃はまだ、Book型のPCなど持っている学生は少なく、私は父親が仕事

で使っていたお古を譲り受けて愛用していたのだ。私がPCで書いていたのは

詩とか散文。本当は可愛いノートなどに記すのが女子学生っぽくていいのだ

ろうけれど、私自身はPCで書くというスタイルが気に入っていた。そして俊介

もまた新しい執筆スタイルとしてPCやワープロに注目していたのだった。

 ともかく私たちはこんなありきたりな出会いをした。文学少女くずれの私と

その時すでに小説家気取りの若造と。およそこういうカップルはロクでもな

い。学生運動や人殺しこそしないものの、毎晩深夜まで安酒と煙草の脂で

どろどろになった居酒屋の空気を吸いながら文学について激論する若者

たちに、お嬢様育ちの私は否応なしに付き合わされた。そして気が付けば

彼は学校を中退し、私は彼が残したサークルのリーダーを背負わされた。

 働き始めた彼の生活には鬼気迫るものがあった。早朝から土方仕事に

出かけ、夜はドヤ街で飲む。そのあとアパートで明け方近くまで小説を書

く。よくもまぁ、そんな芸当ができたものだと思うが、若さと体力に、執念と

いう鬼が憑いていたからなのだろう。私は大学卒業を目前にした頃、彼の

健康が心配になり、食事の準備と掃除と洗濯のために彼のアパートを訪

るようになり、やがて一緒に住むようになった。

 私は彼と一緒に住むことによって、彼の労働を減らすことが出来ると考えた

のだ。そしてその通りになった。つまり、俊介はほとんど働かなくなり、執筆に

専念し始めた。それでいい、私は思った。私が彼を支えて、彼を小説家にする、

そう考えた。彼も私の犠牲をちゃんと理解してくれており、その代償にというわ

けではない筈だが、私を愛した。

 あれから約十年の間に、俊介は数十冊の本を書いた。だが、未だ一冊も世に

は出ていない。今のところ、どの出版社も褒めてはくれるものの、出版には至ら

ないのだ。理由は簡単だ。俊介が書く小説は商業的ではないからだ。情念と執

着と厭世観に満ちた俊介独特の世界。谷崎潤一郎のような、あるいは永井荷風

のような、どろりと爛れた物語。私は彼が描く世界観が嫌いじゃないのだが、今の

書籍マーケットは、そういうものを好まない。世間が好むのは、もっとドライで明

く軽いスマートな物語であり、そういうものが商業ラインに乗る。しかし、芸術とは

そういうものなのだ。マーケティングにかかるようなものではない。小説家が自分

自身の生き様を映してこそ、そして生き様の中での物語を紡ぎ、紡ぎ終わった屍

を見せてこそ出版価値が出る、それが芸術なのだ。

 この”芸術論”は俊介からの受け売りだが、彼はそれでもメゲずに書き続け

る。そして今、数十冊目の原稿を書き終えようとしているのだ。

 「殺人小説」。これが新作のタイトルらしい。彼は書き終えるまでは誰にも

原稿を見せない。私にすら。だが、私は彼がチェックのためにPCからプリン

トアウトした表紙偶然見たのだ。初のミステリーだろうか。最初はそう思っ

た。だが、俊介はそういうトリーッキーな事を考える頭を持っていない。きっと

ミステリーにカムフラージュされた文学小説だろうと思った。

「今度はどんな話を書いてるの?」

「それは・・・言えない。書き上げたら、見せる。」

これは、いつも通りの台詞。だが、今回はその後が少し違った。

「実はな、今までとは違うものに挑戦してるんだ。」

「殺人小説?」

思わず口に出しかけたが、喉元で止めた。私がタイトルを見たと知れば、必ず

ってタイトルを変えてしまうから。だが、俊介は自ら言った。

「殺人小説って言うんだ。」

「・・・さつ・・・じん・・・?」

「そうだ。世の中のあちこちで起きている惨劇。親が子を殺す。子が親を殺す。

金のために殺す。夢のために殺す。未来のために殺す。過去のために殺す。

そんな事件が後を絶たないだろう?何故人は人を殺すのか。人を殺すときの

人間の心は何を考えているのか。殺される時の人間の胸の内は?こういう事

にこそ、人間の真理があると思うんだ。」

 確かにその通りだ。だが、いくら作り話とはいえ、想像力だけでそのような

人間心理が書けるものか?俊介は今まで、モノを書くためにさまざまな取材

をし、実際の体験をし、そうした事を芯にして物語を書いてきた。だが、人殺

しの話なんて・・・経験できるはずもない。

 だが、私は思い出していた。三ヶ月前のこと。朝から雨の中を出かけていっ

た俊介は、深夜近くになって泥だらけになって帰ってきた。あの時、不思議に

思ったのは、ジャケットの下に来ていた筈の白いシャツがなくなっている事だ。

もしや、あの時、俊介は人知れず誰かを殺してきたのではあるまいか。ナイフ

で刺して殺したその返り血を浴びて、汚れたシャツを何処かで処分してきたの

ではあるまいか。

 彼から内容について聞かされた数日後、不安になった私は、彼が出かけてい

る間にこっそりPCを立ち上げた。今まで一度もそんなことをしたことがないから、

安心しきっている俊介は、ファイルにロックをかけていない。

 ”殺人小説”・・・あった。私はソフトを起動してまもなく書き終わろうとしている未

完の小説ファイルを開いた。

 「人は生きるために生まれて来るのか。それとも死ぬために生まれて来るの

?」そんな重苦しい書き出し。

「人の生死を決めるのは神でも運命でもない。結局人なのだ。その人とは、ほ

とんどの場合は自分自身だが、時折他人の手に委ねられてしまうことがある。

それが病院での死であり、殺人による死である。」

俊介に見つかってしまうのではないかとドギマギしながら読んでいる私は、尚

も続く生死にまつわる云々を読み飛ばし、中盤以降のページを開いた。

ページはあろうかと思われるその作品は、中盤にきてサスペンス風の内容に

変わっていた。

「死。その多くは突然だ。後ろに人の気配を感じた隆之介が振り向くまでもなく、

背中に出刃が突き刺さった。ずぶずぶずぶ。鮮魚を三枚におろすが如くの触感

が出刃の柄を握る俊蔵の手に広がる。ずぶずぶ。尚も肉の中を突き進んでいく

出刃の感触。その時初めて俊蔵は我に還った。何だ、俺は今何をしているのだ。

人を殺したのか?この人は俺の友達ではなかったのか?俺は・・・」

そこまで読んだ時に携帯が鳴った。俊介からのメールだ。

「ちょっと遅くなったが、今から帰る。」

私は心臓が止まるかと思った。まるで俊介に見透かされているのではと錯覚し

た。慌ててファイルを閉じ、PCの電源を落とした。俊介は、小説の中で人を殺し

た。そしてそれはいかにもリアルなタッチで描かれている。あたかも実際に体験

した殺人の様子を映し出すように。もしや、俊介は小説の為に人殺しを?いや

いや、俊介がそんなことをするはずがない。だけど・・・。

 十数冊も本を書いてきて、一冊も出版出来ていないという現実。そろそろ潮

かと吐いた弱音を、私が打ち消したのはいつだったっけ。それほど参ってい

る俊介が、最後の悪あがきでこんなテーマを取り上げたのかもしれない。そし

てショッキングな内容を書くために、そして死にまつわる真実を手にするため

に、心を悪魔に売らなかったと誰が言えるだろう?私の体は小刻みに震え始

めた。人殺し小説のために人を殺したかも知れない。俊介は人殺しをするよ

うな人間ではないが、芸術のためには魂を売るかもしれない人間だ。私は震

える手を収めるために、熱く風呂を沸かし、シャワーを浴びた。

 私がまだバスタブに浸かっているうちに、俊介は帰ってきた。いつもはその

ままPCのある部屋に行くはずなのに、今日は違った。俊介汚れた衣服を洗う

ためには洗面室の扉を開けた。

「何だ、こんな時間に風呂に入ってるのか?」

俊介はそう言ってバスルーム場の扉を開けた。そこに立っている俊介の姿。あ

の雨の日のように泥だらけでこそないが、シャツが真っ赤に染まっている。私は

筋を凍らせた。またなの?またそんな体験をしに行ってたの?バスタブの中

で真っ青になっている私の顔を見つめながら俊介が言った。

「なんだよ、妙な顔して。これ?これはな、あいつの血だ。今日、俺がやってき

事を説明しようか?」

俊介はそう言って血に染まった右手を差し出した。

「いやーっ!やめて!」

「・・・!びっくりするじゃないか!玲子、騒ぐんじゃない!ご近所が驚く。」

俊介が差し出した右手にあったのは、出刃でもナイフでもなく朱に染まった太

い絵筆。

「お話のラストをアーティストに描いてもらおうと思ってね。」

 俊介の話はこうだった。どうしても殺人の感触がわからないから、漁師に頼

んで釣り上げたばかりの魚に何度もナイフを突き刺してみたのがあの雨の日。

今回は、お話の大団円でアーティストを登場させるという。派手にペンキをこ

ぼすことによってイタリアンホラー映画のダリオ・アルジェントよろしく、血のイ

メージを美しいイメージにしたかったので、絵かきの友人に頼んで朱墨汁で遊

んできたという。なんて人騒がせな。こういうオチでいいのか、あなたの文学は?

そう言おうとした時、俊介の両手が私の喉に絡みついてきた。絡みついた掌は

私の喉を締め上げる代わりに、唇に触れ、頬を撫でた。

                          了

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第四百五十三話 はじめてのおつかい。 [日常譚]

 目が覚めると母さんが居なかった。何か用事で出かけるとか言ってたっけ?

僕は朝のうちからもう眠くなって、母さんの傍でついうたた寝をしていたんだ。

母さんは僕が風邪をひかないようにとタオルケットをかけてくれたようだ。洗い

たての匂いがするそれは母さんの匂いだし、ふわふわして気持ちいい。ぼぉー

っと寝ぼけたままの僕は、ちゃぶ台の上にメモが置いてあるのを見つけた。メモ

は母さんの置き書きだった。

「りょうちゃん、おきたのね。かあさんはちょっとようじででかけるので、おひるご

はんのおべんとうをすーぱーでかってたべなさい。ついでに、りんご2つと、りょ

うちゃんのだいすきなバナナっも買ってきてね。」

 ええーっ?!スーパーに?一人で買いに行くのぉ?スーパーって、あそこでし

ょ?いつもは母さんと行くから、はっきり覚えてないし、自分でお買い物なんかし

たことがないのにぃ。お母さんはどうしてそんな意地悪をするんだろう?

 僕はこれまでの人生で、お買い物など一度もしたことがない。いつも母さんが

買って来たものを食べるし、母さんが選んできたものを着るんだもん。だからお

金も使ったことがないし、第一お金なんて持っていない。メモの横にお金が置い

てあるけれども、この紙のお金でどれくらい帰るのかさえわからないのに。

 部屋の柱時計を見ると、長い針も短い針も真上より少し右っ側に向いている。

ということは、もうお昼をすぎているということだな。どうりでお腹がグーグー鳴り

出してると思った。そう気がついたとたんに猛烈にお腹が空いてきた。

「ああー腹減った!」

思わず大きな声で言ってみたけど、母さんは居ないんだっけ。そうか、お買い物

してこなきゃ、食べるもの、ないんだ。

 僕は仕方なく母さんが置いたお金をズボンのポケットに入れて外に飛び出した。

確か、スーパーはこっちだった。母さんと行く時の事を考えながら、僕はスーパー

に向かった。もちろん、僕は馬鹿ではないので、スーパーの名前も場所も分かって

いるんだけど、そんなことにはあまり興味がないし、いつもは母さんにくっついて行

くだけだだから、こうやって主体的にスーパーに行くのなんてしたことがないのだ。

「あらぁ、珍しい!良ちゃん一人なの?どこかへ行くの?」

前から買い物袋を下げて歩いてきた近所のおばさんが声をかけてきた。

「う、うん・・・お昼ご飯を買いに・・・。」

「そうなの、おつかいね偉いわねぇ。」

偉くなんかないやい!そう思ったけれども、口には出さず、僕はニコニコしな

がら黙って頭を下げた。そうだ。このおばさんも同じスーパーに行ってたんだ。

よかった。こっちで間違ってなかった!この道をまっすぐ行くだけだったよね。

 家からスーパーまではほんの五分くらいだ。それほど近いから、母さんは僕

が一人でいけるだろうと思ったんだね。確かにどうってことはない。だけど、や

っぱり一人で行くとなると緊張するし、ドキドキしちゃうんだ。あ、見えた。あの

看板だ。よおし。僕は力を入れてスーパーの中に入って。ええーっとー・・・何

を買うんだっけ。僕は母さんが書いたメモを持ってこなかったことに気がつい

た。しまった。どうしよう。僕のお弁当を買うのは知ってる。けど、そのほかに

何かを買うように書いてたような・・・。あれは・・・なんだっけ・・・。えーっと・・・

なんか赤いもの。赤いもの・・・と、トマト?・・・いやぁそれは違うな。あれはあ

まり食べないもの、僕は。僕が食べれるもので、赤くて丸くておいしい・・・そう

だ!母さんが皮をむいてたな。皮をむくと、白い・・・そ、そうだ!りんご!りん

ごだりんご、りーんごりんご!りんご売り場はぁーっと・・・あったあった。これ

ね。一個?二個?あれー?四個入ってるなーこのパック。まぁ、これでいっ

か!僕がりんごを両手で抱えていると、お店の人が、「ここに入れなさい」と黄

色いかごを持たせてくれた。

 僕はそのままお弁当を探しに奥の方に入っていく。だけど、奥はお肉ばっかり

で、お弁当なんてない。確か~こっちの方・・・僕はずーっと右に折れて、通路を

まっすぐに行くと、なんだかいい匂いがしてきたので自然とそちらの方に吸い込

まれるようにして歩いて行った。おおーあった。お弁当コーナー。わぁ、いろいろ

あるぞ。どれを食べたらいいのかなぁ?これはご飯が入ってない。おかずだけ

だからダメだ。これはお寿司。こんなの食べたら叱られるぞ!贅沢だって。こう

いうのは年に何回かしか食べれないんだ。だからお寿司はダメ。おお!これだ、

お弁当っていうのは!ご飯が入ってて、オカズが入ってて。でもぉ、なにこれ。

僕が食べれそうなのは、赤いウィンナーとトンカツくらいだなぁ。このなんんかい

やらしいどろっとしたのなんかいらないなぁ。

 お弁当コーナーをしばらく行ったり来たり。迷いに迷った挙句、結局僕は焼き

そばを買った。本当はこれが食べたかったんだ。いつだったか、みんなで公園

に遊びに行った時に食べた屋台の焼きそば!あれは旨かった。これってなん

かあの焼きそばに似ているんだもの。

 焼きそばをカゴに入れてから、思い出した。りんごの他にも何か書いてた。何

だっけ?確か・・・僕が好きなもの。僕が好きな黄色い・・・黄色い・・・いや?茶

色い?・・・忘れたなぁ。ま、いっか。僕が好きな黄色い物を買えばいいんだ。

じゃぁ、これ!僕はお弁当コーナーに隣接しているコーナーで、いつも飲んでい

る僕が大好きな物をカゴに一缶入れた。かごはちょっと重たくなった。

 これで、あの公園の時と同じ。焼きそばを食べながら、これを飲む!旨そ~。

もうお買い物は済んだので、急いでレジに向かった。レジでは黙って紙のお金

を差し出す。ちょっと緊張。お金が足りないなんてことはないよね。母さんに言

われた通りのものを買ったんだから。

「チン!九百九十八円です。千円からいただきますね。では二円のお返しです。」

レジのお姉さんは、マニュアル通りに行儀良く仕事をこなす。僕みたいなのにも

きちんと頭を下げて、またお越しくださいなんて言うんだ。よーし、ともかく、僕は

達成した。一人でお買い物出来た。あとは帰ってお昼を食べるんだ!

 「しゅぱ!」

缶ビールの栓を開ける心地よい音。一口目が美味しい。そして焼きそば。うーん

ちょっと冷えてるけど、ま、味に変わりはないだろう。うん、美味い。冷たい。僕は

達成感に浸りながらお昼の時間を楽しむ。社長を引退するまではずーっと誰か

僕の面倒を見てくれていた。若い頃は家の執事が、会社の経営者になってか

らは常務や専務たちが、いつも身の回りのことまでやって来れてた。自分で金を

使うことなんてなかったもの。だが、今や僕はただの老人だ。母さんも忙しいから

いつも家にいるわけではないからなぁ。こうやって自分で出来ることを増やして

行くというのも、また老人の愉しみということかの。

                                 了

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第四百五十ニ話 妄想の道。 [妖精譚]

 西方にある古都には"妄想の道"と呼ばれる小道がある。かつて妄想家西山鬼
人がここを散策しながら妄想に耽っことから錯乱の小径と呼ばれていたが、
いつの頃からか妄想の道と言い換えられ、その後も歴史に名だたる多くの妄
想家たちがその道を歩いては妄想の世界へと羽ばたいたという。
 今では観光名所となり、世界各国からやって来た旅人が疎水に沿った小径の
小旅行を楽しんでいる。南は煩悩寺脇にある老兵師神社辺りを起点に、北は
虹色堂まで続くこの小径を、私もいつか訪れてみたいと思っていたのだが、
今回この古都で行われる集会に参加することになり、そのついでに立ち寄っ
てみることにした。
 ちょうど季節も散策には絶好の頃で、目に眩しい青葉が心地よい風に揺れて
いっそう芳しい新緑の香りを放っっている。小径の脇を流れる疎水のせせら
ぎが耳に新鮮な音楽となって届く。平日であることが幸いして観光客はまば
らで、まるで貸し切ったかのような石畳を、私は悠々と、そして年寄りのよ
うにゆるゆると歩を進める。
 緑のトンネルとなった道をおおよそ半刻ほど歩いた頃、目の前に忽然と着物
姿の若い女が現れた。着物のことはよく知らない私でも感じる、いかにも高
級な友禅とと思われる艶やかな後ろ姿。私は是非とも彼女の美しいに違いない
表情を拝みたくなって、俄かに足を早めて彼女を追い抜こうと考えた。ところ
が彼女は目の前をしゃなりしゃなりと歩いているというのに、一向に追い抜け
ない。追い抜くどころか追いつきさえ出来ないのだ。
 ははーん、これは私の妄想に違いない。そう思った私は足を止めて暫く目を閉
じた。そうしておいて再び目を開いた時には、案の定彼女の姿は現れた時と同
じようにすっかり消え去っていた。
 妄想の道とはよく言ったものだ。こういうことがあるからこの小径は面白いの
だ。しかし、妄想とは幻に過ぎないのだろうか。一人頭の中で妄想したものが、
あたかもそこにいるかのように具象化して消えて行く。それは妄想した者にし
か見えない幻覚なのだろうか。だとすれば、あの着物姿の女性は、他ならぬ私
自身が生み出した幻影であり、もし前に回る事が出来たならば、その面影は私
が会いたいと願う誰かのものであったのかも知れないな。そう気がついた時、
私は無性に無念な想いに囚われた。
 さらにゆるゆると歩き続けていると、小径は年期の入った古民家の玄関へと向
かっていた。あれ、おかしなこともあるものだ。この道は、人の家の中を突き
抜けているのかしらんと危ぶみながら、私は臆することなく、玄関のガラス戸
を開けた。
 ガラガラガラ。
廊下の奥で人声がする。私は三和土で靴を抜いで家の中に入って行った。古ぼ
けた佇まいとは違って、廊下の突き当たりは台所というよりは昭和のキッチン
といった風情で、懐かしい型の冷蔵庫や水屋と呼んでいた食器棚が並び、その
前に置かれた昔はモダンだったに違いないテーブルセットに私の母親とともに
親戚の叔父や叔母が座っておしゃべりをしていた。
「おかえり、早かったね。ほら、ご挨拶しなさい。」
「ただいま、叔父さん叔母さん、今日は。」
母に促されて私は叔父たちに挨拶した。
「あら、行儀がいいわね。学校は楽しい?」
この叔母は、父の妹で、昔から派手な衣装を愛する人だった。子供がいないせ
いか、いつもお金持ちを装っていて、ことある毎におこずかいをくれたり、
具を買ってくれたりした人だ。夫婦ともに今も健在だが、ふたりともすっかり
惚けてしまって、確か田舎の施設で暮らしているはずだ。私はあれほど可
愛がってもらったのに、惚けてからは一度も見舞いをしていないことを思い出
した。
「母さん、もう部屋に行っていい?」
「あらあらこの子は。愛想のないこと。好きにしなさい。」
 母は本当はこの叔母のことをあまり好きではなく、そんな気持ちを繕いながら
談笑している空気の中に長くはいたくなかったのだ。私は隣の小さな部屋の襖を
開けて自室へと足を踏み入れた。
 すると、そこは元いた小径に戻っていた。脱いだ筈の靴もちゃんと履いている。
ははぁ、さては今のは狸に違いない。私は懐古主義ではないが、亡くなった母に
逢いたいと思っていたのだろうか。それを狸に見透かされてしまったのかも知れ
ないな。
 小径もそろそろ終盤に差し掛かってきたのではないかな、そろそろ少し疲れてき
たのだが。そう思いはじめた頃、疎水の向こう側にモダンなカフェが現れた。明
るい日差しが差すオープンテラスがあり、そこは大勢の人で賑わっていた。そう
いえば腹が空いてきたなと気がついてそのカフェに向かう。
 だが、イタリアンカフェだと思ったそこはカフェではなく、モダンな建物だった。
オープンテラスだと思った場所は外ではなく広い室内空間で、集まった人々は、
明日の集会・医師会で会うはずの医師や研究者たちだった。
「おい、君。遅かったじゃないか。みんなもうお待ちかねだぞ。さぁ、早く準備を
して。煩悩寺医師はもうすっかり準備が出来ているぞ。」
私は促されるままに壇上に据えられた台の上に横たわり、煩悩寺という一風変わっ
た名前の医師の手によって電極がついたヘッドギアを頭にセットされる。
 ああ、また電気が流されるんだ。あれ、嫌なんだよなぁ。でも、それをする事が私
にとっていいことであり、また、皆の前でその様子を見せることで社会のためにな
るっていうんだからしかたがないな。私は現代において世界で五本指に入る妄想家。
その私を調べることが世の人々の病気を治す事につながるのなら・・・。
 煩悩寺医師が言った。
「皆さん、長らくお待たせしました。この患者は、もう長くに渡る総合失調症患者
で・・・。」
                                  了






 

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