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第四百十四話 勘違いの男。 [脳内譚]

 社会というものは、実にさまざまな人間で成り立っている。そして、社会の

中のごく僅かな人間が集まって、会社という小さな組織を構成している。そ

のごく僅かな人間でさえ、一人ひとり違う個性を持っているから、一致団結

なんてそうそうには出来るわけがない。なのに、事あるごとに「一致団結し

て!」などと叫んでいる人々が私にはわからない。

 こんなことを語っている私はごく普通の人間で、実に温和に暮らしている。

自分で言うのもなんだが、若いころから老成してしまっていて、嫌な人間な

ど滅多にいないし、腹を立てたことなんて、人生の中で数えるほどだ。何が

起きても、たいていは「ああ、そんなもんだ。」と簡単に受け入れて許してし

まう。それがいいことなのか、よくないことなのか、それは私にはわからない。

 だが、温厚だと言いながらも、実は仕事場に一人だけ気に食わない奴が

いる。かつては部下だった男だが、そいつはまだ若造の癖に自分が優秀

だと勘違いしている類の奴だ。思いあがっているから、上司や同僚から指

摘されるとすぐに逆上して起こり出すし、その割に結構な落ち度を残すよ

うな仕事をする。グループで行った業績も、まるで自分のお陰のように思

って満足している。少し病的な、というか自閉症的な性格を持っており、

周囲には彼を疎んじる人間は結構いる。

 私が彼と仕事をしていた時、私は例によってなんでも受け入れてしま

うから、評判の悪い男でも、他面を見ればいいとこともあるだろうと考え

て静かに見守っていた。ところが、その私の見守りを放置と勘違いし、

また私が築いて与えた仕事を自分一人で獲得したように考えていた彼

は、ある日私に噛みついた。

「あれもこれも僕に任せっきりで、何にもしてくれないのは何でですか!」

その言葉を黙って聞いたが、同時になんて頭の悪い奴なんだろうと思っ

た。なぜなら、私は決して放置はしていなかったから。そんな事もわから

ないような人間には、それ以上何を言っても仕方がない。私は彼を受け

止めているつもりだっただけに、非常にがっかりした。

 だが、その一件で彼は仕事から外れてもらい、今は一切の関わりを断

っている。私自身の精神衛生上のためだ。私は温厚な人間なのだが、そ

の若造は今なお同じ事務所にいるわけだから、いつか殴り倒してやりた

いと思っている。

 実は、もう一人気に入らない人間がいる。私はほとんど嫌いな人間等

いないのだが、これだけは例外だ。その男はほぼ同じ年代で、かつては

一緒のチームで働いた事もあるのだが、傍若無人で、気に入らない外部

の人間に「殺してやるぞ」という脅し文句を言うような輩だ。もはやこの話

だけで沢山だ。まるで自分一人が選ばれた人間のように勘違いをしてお

り、周囲の人間に挨拶ひとつしないから、これもまた評判が悪い。こちら

が頭を下げても知らん顔をするような人間だ。その癖、上司やお得意先

には要領がいいらしく、そこでは悪い評価ではないという。このわけのわ

からない人物の顔を私は出来れば見たくもないが、同じ職場にいるので

毎日気分が悪くなるのだ。私は温厚な人間だが、こいつだけはいつか蹴

飛ばしてやりたいと思っている。

 普通は、もうこれ以上嫌な人間などいないのが私の筈なんだが、実は

もう一人いる。もしかしてこの会社は何かおかしいのではないだろうか。

その男は顔付きからして嫌味だ。いつもニヤニヤして下品な口ひげをへ

ろへろ動かす。他人の様子を斜めから見て、あることないこと噂話をして

回る。これは昔からの彼の癖で。人の噂を他の人間に話すことで自己実

現をしているのだ。私自身も彼に広められた噂はひとつや二つではなく、

それはまるっきり嘘ではないにしろ、真実からは程遠い。真実ではない

事でも、誰かれなく広められてしまうと、その噂話はいつしか真実のよう

な顔をして一人歩きしてしまう。お陰で私は会社の中にいくつもの障壁

を抱えてしまった。いつかこの男を殴り倒してやりたいと思っている。

 私は実に温厚な人間だから、上司の命令にも従順なのだが、最近に

なって私を追い越して上司の席に座ってしまったあいつの命令は受け

たくない。五歳も年下の人間が私を飛び越して出世するからには、そ

れなりの理由があるべきだ。だが、彼にはそうしたものを感じない。

確かに真面目で努力家なのは分かるが、飛びぬけて優秀な業績を

残しているわけでも、人望が厚いわけでもなく、何故この男が抜擢さ

れ他のか分からない。抜擢という言葉も違う。人事上の消去法によ

って、薬にもならないが毒にもならないであろうという自由で、または

上司の加護によってそうなっただけだ。五年後の人事なら分かるが、

何故今なのか、私にはわからない。上部が年功序列ではないサプ

ライズ人事をしたかっただけのように見える。私はこの男を殴りたい

とは思わないが、落とし穴に落ちればいいと願っている。

 私は嫌いな人間など一人もいない・・・筈なのだが、こうして改めて

考えてみると、あの白髪の男も、あのニヤけた男も、こっちの禿げた

男も、あの派手な女も、この髭だらけの奴も、その若造も、どいつも

こいつもボコボコにしてやりたい。だがそれは今じゃない。いつかチ

ャンスがあればだ。だって私は温厚で、物分かりがよく、誰にだって

優しい人間なのだから。

                             了

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