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第四百二十五話 不安恐怖症。 [妖精譚]

 ある朝起きると、なんだかとっても爽やかな気分だった。これはいったい

どうしたことだろう。

 昨夜まで私は不安でいっぱいだった。この経済低迷はいつまでつづくんだろ

うか。会社は大丈夫だろうか、潰れないかしら?このまま不況が続けば、私な

んてリストラされてしまうんじゃないだろうか。年金制度はなくなってしまうんだ

ろうか。家のローンは払い切れるだろうか。定年退職の時が来たらどうしよう

か。退職してから病気になったりしたらどうしようか・・・私の周りには不安材料

がいっぱいで、考えれば考えるほど不安になる。

 こうして私は少し病気になった。気分変調症というやつだ。つまり、軽い鬱。だ

がこの不安感というのは、性格というか性分だから、医者にみてもらったからと

言って治るものではない。医者は、カウンセラーとして私の話をふむふむと聞き、

結局、向精神剤なのか抗鬱薬なのか、そういった幸福ホルモンであるセロトニン

を増やすような薬を処方して終わり。

 私は月に一回この医者に話をし、薬をもらって帰ってくる。これを二年ばかり続

けてみたが、さっきも書いたように、不安症は私の性分なのだから、こんなもので

治るわけがない。相変わらず不安に満ちた毎日を送っていたのだ。

 ところが昨夜。あのバーで出会った男が私の不安そうな表情をみてとり、こうい

った。

 「あなた、ずいぶん心配そうですね。何がそんなに心配なんですか?」

そう尋ねる男に、私は冒頭に述べたような事をずらりと並べたてた。

「ははーん。あなた不安症ですね。何かしら不安に感じることによって幸せを

感じるのではないですか?」

「幸せを感じる?不安によって?・・・そんな馬鹿な話はないですよ。私はちっ

とも幸せなんかじゃない。とにかくいろんな事が心配で心配でならないんです。

人類って、この先いつまで生存し続けるんだろうとか、太陽はいつか爆発して

しまうんじゃないかとか、そんなことまで心配で・・・。」

「なるほど。本当は不安を感じたくないのにと、そうおっしゃるわけですね。では、

いいモノを差し上げましょう。実は私ね、政府が運営する研究室のものでしてね、

こんな世の中だから世間にはあなたのような不安症な方がたくさんいらっしゃる

んです。そこで、そうした人心対策を講じるために、私のような研究者を集めて

国民の心を守る業務を行っているんですよ。それで最近私が発明したのがこの

薬なんです。まだ世間には出ていません。恐らく認可されるまでにはまだもう少

しかかると思いますが、私はあなたのような人のためにこうして持ち歩いている

んです。」

男が差し出した小さなカプセルの中には青色の錠剤が入っていた。

「これはね、ファントルという薬でね、一錠飲むとあなたのような人の不安が

一晩で消えてなくなります。しかも、一回飲んだらそれで一生持続します。一

錠で不安気質と言うものが改善されるからです。」

「・・・ほ、本当なんですか?・・・一錠、私に?いいんですか・・・。」

「どうぞ、お飲みください。面白いことに、この薬は水で飲むよりも、こうし

た酒場でビールやお酒で飲んだ方がよく効くんです。これを飲めばあな

たは明日から幸せ感で満たされますよ。」

「ありがとうございます・・・え?お金はいらない・・・うれしいなぁ。じゃ、遠慮なく。」

私はそう言って男が差し出した青い錠剤を一錠口に入れてビールで飲みこんだ。

「あ、あの・・・。」

「あ、だめですよ。念のためにもう数錠くれっていうんでしょうけど、それはダメです。

ダメっていうか、必要ありません。先ほど申し上げたように、この薬は一錠で一生

効くんです。だが、それ以上飲むと、精神が破壊されてしまいます。そう、つまり

多幸症になってしまいます。幸せすぎてアホになってしまうわけですね。」

 私はそれからもうしばらく飲んで、男に別れを告げて家に帰った。とてもいい気

分の酔い方で、もう薬が効いたのかと思うほどだった。気持ちのいいまま眠りに

就いて、先ほど目を覚ましたわけだ。気分はスッキリ。昨日までの不安感が嘘の

ように消え去っている。あの男が言ったことは本当だった。私は幸福感でいっぱ

いだ。何があんなに心配だったのだろうか。

 私はそれからしばらく、昨日の男の言葉を思い出したり、何が心配だったんだ

ろうかと考えてみたり、いつまでこの幸福感が続くのだろうかなど、さまざまな事

を考え続けた。そのうちにふっと男の言葉を思い出した。

 「この幸福状態は一生続く。飲みすぎると多幸症・・・アホになってしまう・・・。」

私はもしかしたら、少しアホになってしまったのではないだろうか。そう思った私

は洗面に行っておそるおそる鏡を覗き込んで見た。アホ面になっているのでは

ないか、涎が垂れてるのではないか、そう思ったのだ。だが大丈夫だった。昨日

までの私と何も変わっていない、たぶん。

 だが、確かに不安がなくなったという部分は大違いだ。いったいどうしたことだ

ろう。私はこのまま一生、もう、不安に思うことは出来ないのだろうか?不安を感

じる事が出来ないなんていうのは、一種の精神障害ではないのだろうか?不安

を感じてこそ、人間はさまざまな危険を回避出来るのではないだろうか?不安が

ない人間は、危険回避が出来ないから、危険に遭遇して死んでしまうのではない

だろうか・・・?

 さまざまな考えが頭の中をぐるぐる回りだした。不安を感じなくなる薬なんて、

安易に飲むのではなかった。私は不安を感じる事の出来ない鈍感人間になって

しまった!私は湧き起こる不安の中で頭を抱えるのだった。

                               了

 

 



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