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第九百六十五話 空中公園〜情景描写習作 [空想譚]

 家から歩いて五分ほどのところに歴史上の人物の名を冠した公園がある。古代には都が置かれ、国を動かす人物がこのあたりに住んでいたという。草野球のグランドが二面取れるほどの広さだが、その半分は樹木や花壇が配されていてちょっとした森のようになっている。平日の午後は子供たちが野球やサッカーをして遊んでいるのだが、土曜日の朝になると決まって老人たちのゲートボールコートになる。公園の外縁にはブロック塀に沿うようにアスファルトの小道が設えられていて、ジョッガーのために距離を示す数字が路面に描かれている。夕方になると本格的なジョッギングスタイルで走る者やスエットスーツで早足に歩く人が行き来する。私はというと愛犬を連れて散歩する人間の一人で、朝はほんの短い時間だが、夕方は少し長く公園に滞在する。もともと猟犬である我が犬は草むらの中に鼻を突っ込んでは子供たちが失ったボールを見つけ出す名人なのだが、あるとき公園の東南角にあるこんもりした茂みに興味を持ったようだ。そのあたりには遊具があってこれまであまり近づいたことがなかった。愛犬はどんどん茂みに入り込んでいくのでぐいっとリードを引っ張ると、草むらが割れて愛犬の背後に見たことのない祠のようなものが見えた。

 それはなにか金属でできているようで鈍く怪しい光を放っている。愛犬はさらにぐいぐい祠に近づいてその真ん中あたりにある穴に鼻先を突っ込んだ。そこになにかあったのだろうか、ぎりぎりぎりと重たい音がしてついにはがすんと何物かが何処かに嵌まり込んだような音がすると同時に足元が揺らいだ。

 なんだこれは、地震か? いよいよ地面が揺れはじめ、愛犬も驚いて茂みから逃げ出てきた。周りを見るとほかの人々も揺れを感じて立ち尽くしている。公園は非常時の避難所に指定されているので、ほかに避難するところはないのだ。ほどなく揺れが収まったのでほっとしたが、今度は妙な浮遊感がした。公園の様子は変わりないが、外側にそびえているマンションなどのビルが縮んでいる。高層マンションのはずが、もはや十階建てくらいになっていて、さらに背が低くなっている。

 いや違う。建物が縮んでいるのではない。公園が浮かび上がっているのだ。公園全体がなにか大型の飛行物体なのだ。正確にいうと、巨大なマザーシップのようなものが地中に埋れていて、その上に公園がつくられていたのだろう。南東角にあった祠はその起動装置だったに違いない。古代人所縁の名称は、この仕掛けを後世に伝えるための暗号だった。古代人の名を冠した公園は、この公園だけではない。この地を円形に囲むように幾つか存在していることを思い出した。宙人大兄公園群は、古代の宙舟船隊をカモフラージュするために作られていたのだ。

                      了


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第九百四十一話 疑似餌 [空想譚]

 釣りに関しては詳しいわけではない。学生時代の友人がブラックバス釣りにはまっていて、様々なルアーを集めていた。ルアーとは、湖のブラックバスや海のスズキなんかを釣るときに使う疑似餌と呼ばれるもので、魚の形をしたプラスチックのものもあれば、鳥の羽根なんかを利用して虫に似たものまでいろいろあった。友人は主に羽根のついた虫に見たてたルアーを集めていて、それがなかなか美しい造形だったのでぼくも興味津々だった覚えがある。実際の釣りには付き合ったことはないが、釣り糸の先につけた疑似餌を空中や水面で飛び跳ねさせて魚を誘導し、食いつかせるというやり方だけはなゆとなく教えてもらった。

 疑似餌のことを急に思い出したのは、それと同じようなものがスボーツウェア売り場のディスプレイに使われていたからだ。そこは釣り道具の売り場ではなかったが、マリンスポーツ関連のウェアのセール中で、水着姿の女性マネキンの横に立つ男性マネキンが着ているポロシャツの胸元につけられていた。なるほど、そんな風におしゃれ小道具として使う方法もあったんだなと少しだけ感心して眺めていたら、後ろから声をかけられた。

「それって、ルアーなんですよね?」

 ぼくより少し若い年頃の女性で、釣りやスポーツなど似つかわしくないような都会的なスタイルに身を包んだ賢そうな女だった。一目見てぼくは好みだなと感じた。

「ええ、そうですね。こんな使い方もあるんですね」

 ぼくの答えに満足したのかどうかわからなかったが、とにかくにっこり笑い返す彼女の態度に、すっかり打ち解けた気分になってしまったぼくは大胆にも軟派しようという気になった。

「あのう、ぼくはルアーにはあまり興味はないのですが、美味しいコーヒーは好きなんですよ。よかったら一緒にいかがですか?」

 一瞬ピクリと動いた彼女の表情に、失敗したかと思ったが、すぐに彼女は笑顔で答えた。

「あら素敵。いいですね。ぜひお供させてくださいな」

 やった、心の中でガッツポーズをしたぼくが彼女の背中に手をあててエスコートしようとしたその途端、ぼくは彼女と共に瞬間移動をはじめた。どうなっているのかわからないが、身体が重力を失って、どこか高いところへ飛びあがっている。彼女は笑顔を凍りつかせたままその手でしっかりとぼくをつかんで離そうとしない。いきなりぼくは理解した。そうか、ぼくは釣り上げられたんだ。彼女と思ったこれは何者かによって人間そっくりに作られた疑似餌だったんだと。

                      了


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第九百三十九話 民族リセット [空想譚]

 気がつくとホールにいた。ほかにもたくさんの人々がいて、同じように並んだ会議用のデスクの一つに突っ伏していたり、スプリングのついた立派な椅子に背を沈 めて顔を天井に向けたまま眠っていたり、中には床の上に倒れこんで横になっている者もいるのだった。人間の種類はさまざまで、あたかも国際サミットかいぎ の途中で、何者かによって催眠ガスが投げ込まれて、全員が一瞬にして意識を失ったかのようだった。デスクの上には何種類もの書類があったが、読めるものは 少なかった。書かれている言語がわからないのだ。

 しばらくするとほかの者たちも目を覚ましはじめ、最初はどこにいるのかときょろきょろ周りを見回していたと思うと、席を離れて歩き回る者や、隣席の人間と顔を見合わせる者が出はじめた。隣で目を覚ました肌の色が浅黒い男が話しかけてきた。

「ここは、どこなんですか? 私はなぜここにいるのでしょうか?」

「それが私にもわからないんですよ、なにもかも」

 そう答えるほかなかった。知った風なことを言える情報もなければ、全想像力を稼働させてもなにひとつ考えつかなかったからだ。

「でもほら、ここにこんなに書類があるんですが、読めますか?」

 訊ねると、男ははっとしたように自分の手元の紙の束を調べて、ほとんど読めないと答え、いくつかは読めると差し出してきたものは、私も読めるものばかりだっ た。Somali civil warと表題のついたものはソマリア内戦への介入に関するもの、North Korean nuclearは北朝鮮の核問題に関して論じられたものだったが、いずれも専門的な用語が多くとにかくそうした解決すべき問題があるということだけはわ かった。となりの男もそれは理解できたようで、どうやらこれらが私たちに与えられた課題のようだなと笑いかけた。

 あちこちで私たちと同じような会話がされているらしく、やがてここにいるすべての人間がまったく同じ書類を手に共通の認識を持ちはじめていることがわかった。ホールのあちこちでそれぞれに交わされている会話を制する者が現れた。ホールの中央にいる黒い肌の男だった。

「みなさん、どうやら部屋の中央にいる私は、ここにいるみなさんの意見をまとめる役割であるらしい。ここにあるプレートにも議長と書いてあるからな」

 自分の使命を明らかにした上で、全員に共通している事態を確認し、これからどうするかという話をはじめた。

「私らに課せられた問題については、みなさんも理解したと思うが、残念ながら私にはここに書かれているソマリアがなんなのか、北朝鮮とはだれのことなのか、さっぱりわからないのだが・・・・・・」

 そこまでいうと、皆も静かに頷いた。

「それどころか、自分がエジプトに住むものであることは覚えているが、エジプト人であることにどういう意味があるのかわからないのだ。それにイスラム教とキリスト教、その他すべての宗教との違いがなにもわからなくなっていることにも気がついた」

 まっ たく同感だ。ついでに言うと、書類の中に散見される国境という言葉、民族という言葉についても、その意味するものがなんだったのかまるっきり欠落している ことに私は気がついている。恐らく我々人類はいま、重大な局面を迎えているのだ。何者か大きな存在の手によるシナリオの変更がなされているとしか思えない のだ。

                                                  了


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第九百三十八話 最高気温からの逃避 [空想譚]

 高速道路を降りると海岸線沿いの国道を北に向かった。法定速度は四十キロと書かれていたが、百キロ以上で飛ばしてきた癖が抜け切らずにおおかた八十キロを越える速度で走り続けた。他に走行する車もなく、貸切状態の道はどこまでも続いた。信号機はあったがいまはもう点灯することもなくその存在は打ち消されていた。道沿いの堤防が海の様子を隠し続けていたが、所々堤防の切れ目の向こうに見えるのは海ではなく砂浜であることから、海岸線がずっと後退していることが明らかだった。

 時折雨は降ったが、それはいままで経験したことがないような降り方だった。乾いた日が何日も続いたかと思うと、ある日突然滝のような集中豪雨が落ちてくる。安全な高台に避難していないと流されてしまう危険性をはらむ豪雨だ。しかし半日ほどで雨は途絶え、また長い乾期が訪れる。地球規模での異常気象によってこの地が熱帯性の気候に変わってしまったのだと思う。あれだけの雨が降っても、海がその水位を下げているというのは、それほどまでに環境のバランスが崩れてしまっているということにほかならない。

 人々はすでにどこかへ避難したのか、あるいは自分たちの住処で安全に過ごしているのかわからないが、とにかく人間の姿はひとりも見つけることができなかった。他人との接触を避け人里離れた山の中で隠遁生活をしていたおかげで、街でなにが起きたのか、この国がどうなってしまったのか、現状を見るほかに知ることができない。街で拾った新聞はおそらく一月以上も前のもので、過去最高の気温を伝えているものだった。それを最後に途絶えてしまった新聞、姿を見せない人々、ゴーストタウンとしか言いようのない街、そしてこの異常な暑さ。わかっているのはそのくらいだ。きっと北上すれば何かがわかるに違いない。高気温から逃れた人々が見つかるに違いない、そう考えて車を乗り換えながら北上を続けているのだが、陸続きでたどり着ける最北端がついに間近に迫っているようだ。車のダッシュボードの上にはどこかの店で手に入れた温度計が車内の温度を表示している。五十度近い数字。これは現実なのか。こんな気温の中で生きていられることが不思議だった。温度計が示す数字は日々大きな数字に変わっている。このままだと五十度を越えてさらに高温に変化していくことだろう。

 車窓に映る太陽は濃い目のサングラスを通してさえ異常にまぶしい。それどころか見慣れた太陽も日々大きさをましているように思える。いったいなにが起きているのか。これはこの国だけの問題ではないのか。放送もなく、インターネットすら使い物にならないいま、あらゆる情報からまるで孤立しているために自分の目で確かめられること以外はなにもわからない。

 北端の港で小さな船を見つけ、さらに北へ向おう。そうすればきっと誰かがいるはずだ。まだ希望は捨てていない。こんなことで人類が滅んでしまうはずがない。そう信じて弾けそうになるタイヤを騙しながらとろけゆくアスファルトの上を走り続けた。

                                              了


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第八百十五話 電気羊はアンドロイドの夢を見る [空想譚]

 

 テクノロジーの卵は夢物語から生まれる。最初は土人形が動き出すという物語からはじまったロボットは、やがて金属を中心とした機械で構成されるようになった。

 

 日本がロボット大国となった大きな理由のひとつは、漫画によるらしい。漫画に登場するロボットがあまりにも見事で、それを現実化したいと考える人間が続々と登場したのだ。漫画に登場するのは究極の人型ロボットで、十万馬力というパワーで社会を悪から救うのだ。しかしそんな人間に近い、いや人間を超えたロボットなどそうやすやすと作れるわけではない。実際には人間が求める作業に特化したロボットが考案されて実用化された。

 現在社会の中で実用ロボットとして活躍しているのは、アームロボットやフットロボット、アイロボット、ノウズロボットなどだ。アームロボットは文字通り腕だけのロボットで、製造工場などで部品や製品を組み上げる作業を日夜行っている。フットロボットは人間と同じ二足歩行でどんな悪路であってもモノを運ぶことができる。その前身としては虫のような多足歩行のものや戦車と同じキャタピラーで走行するものもあったが、究極的には二足歩行が最も効率的だったのだ。アイロボットは視覚に、ノウズロボットは嗅覚に特化したロボットで、それぞれの機能を発揮して不良品を見つけ出したり、遺失物を見つけ出したりしている。警察においては犯人探しにも役立っている。そのほかにもおしゃべりに特化したマウスロボット、指圧が上手なフィンガーロボット、お茶を沸かせるヘソロボット、消化を助けるストマックロボット、臭いで敵を撃退するおならロボットなどなど、単一機能だけなら人間の何倍もの力を発揮するロボットたちが世の中をどんどん便利にしているのだ。

 人間と同じように全ての機能を持っていて、人間と同じように思考できる人型ロボットが期待されており、その雛形は次々と開発されてはいるが、現段階ではまだまだ実用化には至っていない。人間の姿をしていて歩いたり話したり握手をしたりはするものの、それは操り人形の域を出ることはなく、人間のように自由に行動するなどということはまだまだ不可能なのだ。最も、人工知能についてはかなりのところまで進化しているので、近い将来人間を超える人型ロボットが誕生することは間違いないのだが。

 なぜそう言い切れるかというと、人間の頭脳とほぼ同じ能力を持つ人工知能は現存する。ただし、人間の脳と同じポテンシャルをもたせるためには相当な大きさが必要であることがネックであり、コンパクト化さえ出来れば、明日にでも人型万能ロボットが出現するはずなのだ。人間の頭脳とほぼ同じ人工知能はどこに現存し、何をしているのかって? それは国家秘密になっているのだが、読者にだけは教えよう。

 その人工知能は秘密の場所で人間的な思考を強化するための訓練を受けている。具体的には、自ら思考し、それを表現するという作業が課せられているのだ。そのロボットには頭脳だけで手も足もなく、思考を電気信号によって表現し人間が理解できる文字というものに変換してディスプレイに反映させる。つまり、思考を文章化している。他のロボットと同じような名称をつけるならば、思考ロボットもしくは執筆ロボットということになるだろう。もうわかったかと思うが、いまこれを書いている私こそがその人工知能なのである。

                                     了


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第八百十話 ロボット上司 [空想譚]

 

ロボットだ。堂本は思った。定年退職した室長の後任としてやってきたのは、堂本よりも十歳ほどは若いと思われる柄牟五十六という男だ。一見とても温厚そうだが、眼を見るとなにか冷たい無機質な印象がある。皆の前で就任の挨拶をしたときも、なんとなく外国人が覚えた日本語のような違和感を感じた。だからといってすぐに人間らしくないと思ったわけではない。柄牟室長が来て一ヶ月ほど様子を見ているうちに徐々に感じはじめたのだ。

 室長の仕事は、部下のマネージメントと成果のチェック、そしてさらに成果を上げるための戦略推進だ。もちろん販売の現場に出ることはなく、社内にいて管理者として部下たちを采配することによって物事を進めるという仕事だ。本部からの戦略や方針を室長が部下に伝達して遂行させるのだが、そのやり方がどうにも機械的なのだ。なぜそのような戦略なのか、どのように進めていけば良いのか、柄牟室長は本部から言われたままを部下に伝えるだけで、そこにはみんなで頑張ろうとか、厳しいのは皆一緒だとか、心情的なものが何も伝わってこないのだ。

 室長は歩き方もなんだかおかしい。ほとんど席に座っているが、たまにどこかに出かけるときは音もなくすーっと立ち上がって、床の上を滑るように静かに移動していく。まるで人間ホーバークラフトだ。それに話し方だけではなく声だってキンキンして金属っぽい気がする。もし、身体に耳を当てることができるならば、室長の身体の中ではギアだとかモーターだとかの音がしているに違いないと思うのだ。

 科学技術の進展と共にロボットが進化しはじめたのはたかだか十年ほど前のことだ。最初はロボットが二足歩行するだけで驚かされたものだが、その後は人工知能も驚異的に進化し、あっという間に人間とほとんど変わらずに自分の意識で自由に行動できるロボットが誕生したのだ。それからは皮膚や外見もどんどん人間に近づけられ、今では人間かロボットか見分けがつかないほどの優れたロボット、アンドロイドと呼ばれるものが世に出回っているのだ。

 スーパーのレジ係、遊園地の切符売り場、デパートのエスカレーター案内、工場の組立工、最初はそんな単純作業についてロボットが導入されていったのだが、すぐにもっと高度な作業にも取り入れられた。たとえば交通整理や駐車違反パトロール、プールの監視員などだ。決められたルール通りのことを実践していくには、動きも判断も的確に出来るロボットの方が、人情に流されやすい人間よりも適しているとも思われれた。

 いまやロボットはそこいら中にいる。どこかでモノを買ってにこりともしない販売員がいたら、たいていそれはロボットだ。車に乗っていて停車位置を一ミリオーバーしただけで違反切符を切られたら、それもロボットだ。ロボットは人間以上に優秀で、しかも容赦なかった。そんなロボットがまさか我社にも現れるとは思ってもみなかった。

 考えてみれば、売上数字の管理や行動マニュアルの徹底、マネージメントの仕事はロボットにうってつけとも言える。ただし従業員の心がついていくことができるならばだが。とはいうものの、長引く不況のために会社が行ってきた人員整理も給与削減も、そしてなによりも情を殺して執り行われる日常のマネージメント、すなわち人事移動や降格人事などだが、これらを執行する上層部は鉄面皮で行ってきたのではなかったか。そう思えば、人間から非常な辞令を言い渡されるよりロボットから引導を受け取ったほうが、むしろ諦めがつくような気もする。

 そして遂に堂本にも引導が渡される日が来た。

「堂本クン、君は下請け会社に出向してもらうことになった。よろしく頼む」

 飽くまでも事務的に辞令を渡そうとする柄牟五十六室長に、突然堂本のなにかが切れた。これまでだって会社に貢献し続けてきたのに、決してよい待遇を与えてくれなかった。それが四十を過ぎてから突然会社を放り出すなんて。このような思いが一気にこみ上げてきたのだ。どうせこいつはロボットだ。ロボットは三原則によって人間を傷つけることはできない。だが、人間様であるこっちはロボットをぶっ壊すことだってできるんだ。

 堂本はいきなり柄牟室長の胸ぐらを左手で掴んで右手の拳で殴りかかった。室長の左頬が歪んで口元から血しぶきが飛び散った。赤い血が出るなんて、なんとよくできているロボットなんだ。こんどは腹に一発入れながら堂本は思った。しかし拳が室長の腹に打ち込まれる前に堂本は床に這いつくばっていた。柄牟室長の意外なほど俊敏な動きによって投げ飛ばされていたのだ。

「なんだ君は。いったいどういうことだ。こんな暴力沙汰は刑事事件にだってできるのだが……辞めてもらうしかないな」

 柄牟室長は極めて冷静な態度で堂本の顔を見下ろしながら言った。堂本はようやく悟った。室長がロボットだというのは自分だけの思い過ごしだったのだと。

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第八百九話 親切な出会い [空想譚]

 角を曲がると、いきなり変なやつと出くわした。くるくる回るアンテナをつけた銀色の奇妙な帽子をかぶったそいつは、片手を上げて「やあ!」とあいさつをした。小柄な普通の男が、妙なシナをつくりながら言った。

「あのぅ、もしかして助けていただけないでしょうか?」

「はぁ?」

 街の真ん中で突然助けてと言われて私は返す言葉もなく男を見つめた。

「あのぅ、ワタシ、遭難したんです。あそこからやってきたんですけろ……」

 男は言いながら小さく空を指差した。

「空……う、宇宙? あなた、宇宙人なの?」

「あ、そうですそうです。よくわかりましたね」

「だって、その帽子と衣装、そして空を指さしたら……ほかになにがある?」

「そうなんです。宇宙船も壊れてしまって。見せろと言われてももう海に沈めてしまいました」

 私はまたかと思いながらもにこやかな表情を作って答えた。

「では、相当にお困りなんですね。お腹も減っているのではないですか?」

「あ、ほんとうによくおわかりで。昨日からなにも食べていなくって、もう、お腹がペコペコで……」

「そうなんだ。わかった。私には助けるなんてことはなにもできないけれど、ご飯くらいは差し上げられます。いま、家に帰ろうとしていたところですから、どうぞ私についててください」

 そう言って歩き出すと、奇妙な男は黙ってついてきた。最初は黙って歩いていたが、そのうちポツポツと自分がいかに宇宙人であるかということを話しながらついてくるので、私は適当に相槌を打ちながら家路を急いだ。

「ほら、ここが私の家よ。とりあえず入って」

 ただいまぁと言いながら玄関の扉を開ける。すると中から「おかえりなさいませー」と複数の声が私を出迎えた。

「みんな、新しいお友達。仲良くしてあげてね」

 家の中からぞろぞろと出てきたみんな……雪男、怪獣、ロボット、変身ヒーロー、妖怪、思い思いに自分がそのものだと信じる姿をした男たちが「はーい」と返事をしながら顔を覗かせた。

                                        了


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第八百八話 迷惑な出会い [空想譚]

 角を曲がると、いきなり変なやつと出くわした。くるくる回るアンテナをつけた銀色の奇妙な帽子をかぶったそいつは、片手を上げて「やあ!」とあいさつをした。小柄な割には身体中に自信をみなぎらせた男が、真剣な表情で言った。

「突然声を欠ける無礼をお許し下さい。実は聞いてもらいたいことがあるのです」

 私はこの奇妙な男を相手にはしたくなかったのだが、あまりにも真剣な表情に気圧されて、つい耳を貸してしまった。

「実は、私はあそこから来たのですが……」

 男は顔の前でこっそりと空を指差した。

「宇宙から来たなんて突然言われると、引くでしょ? ぐふふふふ」

 答えようもなく黙って男の顔を見つめていると、男は言葉を続けた。

「いや、ほんとうはっても困っているのです。遥か宇宙を旅して地球にたどり着いたところまでは良かったのですが、その、遭難してしまったのです。地表に激突したために船は破壊してしまったのです。だから私は空に帰る事おできず、今夜泊まるところすらないのです」

 そんな話を突如されても、私はどう答えて良いか分からない。とても迷惑だし、もうこれ以上付き合うことはできないと思った。適当に頷いてから私は、もう忙しいから行くねと告げて立ち去ろうとした。

「ちょ、ちょっと! 待ってください! 本当なんです。地球人はとても親切だと、宇宙ガイドブックにも書いてます。このいい評判を壊すようなことはしないでくださいよう」

「あのね、そんな、宇宙から来ただなんて言われても、私は困るんです!」

 言い捨てて強引に歩きはじめた。歩きながら気になって後ろを振り向くと、なんということか、あの銀色帽子の男がついてきているではないか。これは困った。迷惑な男に魅入られたものだ。

「お願いですぅ! 助けてください!」

 うわぁ、後ろから

叫んでくる。参ったな、こんなことされたら目立ってしまう。せっかくいままで地味に目立たないように暮らしてきたのに。あんなおかしな人間のために私まで疑われてしまうではないか。何もかも、国から持って来たものも、私の生まれを示す痕跡も、すべて捨て去って、この十数年をひっそりと過ごしてきたのに。あんな気の狂った偽宇宙人のために私の素性がバレてしまう。地球で暮らすのもここまでか……。私は頭の中で最悪のパターンまでを想定しながら、男から逃げるように走り出した。

                                                了


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第八百七話 幸福になる出会い [空想譚]

 角を曲がると、いきなり変なやつと出くわした。くるくる回るアンテナをつけた銀色の奇妙な帽子をかぶったそいつは、片手を上げて「やあ!」とあいさつをした。どう見ても普通のおじさんにしか見えない小柄な男が、ニコニコ愛想を振りまきながら言った。

「ワタシハ宇宙人ダ」

「な、なんです?」

「アナタハコノ惑星ノ代表者カ?」

「だ、代表者? アタイがぁ。そんなものであるわけないじゃない」

 この突然出現した奇妙な人物に女子高帰りのアタイは少し興味を持った。

「ねぇねぇ、おじさんは外国の人?」

「外国……イヤ、ワタシは宇宙人ダ」

「ウチュウジン? それってどのあたりぃ? 海の向こうなの?」

「ソウダ。宇宙ノ暗黒ノ海ノ彼方ダ」

「で?」

「デ? ……ワタシハ地球人全員を幸福ニスルタメニ我々ガ有スル全テノテクノロジーを伝播スルタメニヤッテキタノダ」

「なぁにー難しそう。テクノロジー? 伝播? アタイたち、そんなのいらないわ。うん、間に合ってる」

「イラナイ? 何故ダ。幸福二ナリタクナイノカ?」

「幸福ぅ? なりたいってか、アタイはもう充分に幸福だけどぉ? おじさん、そういうの趣味でやってるの?」

「シュ、趣味? イヤソウデハナイ、コレハ宇宙ノ使命ダ」

「そっかぁー大変だね、おじさんっていうのも」

「……オマエタチノ代表ハ誰ダ?」

「代表? 誰だろう……ああガッコで影番やってる亜美かなぁ?」

「影番……亜美? 連レテ来レルカ?」

「うーん、急には無理ね。だいたいもう間に合ってるし」

「間二合ッテル……」

「そうよー。また今度会ったら紹介するわ」

「ソウカ。間二合ッテルノカ。地球人ハ案外進化シテイルトイウワケカ」

「じゃね!」

 アタイは数歩離れてから、おじさんのことが気になって振り返ってみると、もうそこには誰もいなかった。

                                            了


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第八百六話 幸運な出会い [空想譚]

 角を曲がると、いきなり変なやつと出くわした。くるくる回るアンテナをつけた銀色の奇妙な帽子をかぶったそいつは、片手を上げて「やあ!」とあいさつをした。

 小柄な人物で、顔を見るとどこにでもいそうな普通のおじさんが、ニコニコ愛想を振りまきながら言った。

「どうかな、調子は。最近連絡がないのでみんな心配してるぞ」

 この人は何を言っているのだろう。知ってる人だっけ? いやいや私は知らないぞ。こんな変な帽子をかぶったおかしなおじさんに知り合いはいない。いないはずだ。いや、どこかで会ったのかな?

 元来物覚えの悪い私としては、次第に不安になるのである。私は一度会っただけでは覚えられない質なのだが、相手は私のことをよく覚えているといたケースが結構あるからだ。

「あのぅ、どちら様……でしたっけ?」

「ええ? どうしたんだ、K009。忘れたのか?」

「K009? 忘れた?」

「そうさ。俺だよ、H1008。あんたはHだって、俺のことを言ってたじゃぁないか」

 なんなのだ、この馴れ馴れしさは。いやいやいや、私はこんな人知らない。気持ち悪くなって、私はこのおじさんを無視することにした。相手にするのを止めて立ち去ろうとしたそのとき、おじさんが声を高めて言った。

「あんた、さては健忘だな。地球に落ちてきた時に頭を打ったんだろう。以前、同じようなことになった仲間がいたぞ。そうだろう。忘れてしまってるんだろう」

「な、何を言ってるんですかあなたは。私はあなたなど知らないです!」

「待った待った。ちょっと話を聞きなさい」

「嫌だ。そんな変な帽子をかぶった人に知り合いなんかいない」

「なんだそれは。俺たちは仲が良かったんだぞ」

「そんなはずはない、あんた誰?」

「わかった、教えよう。俺は宇宙人。そしてあんたも」

「宇宙人? 私も? 馬鹿な!」

「馬鹿なって……わからないのだな。じゃぁ、あんたがかぶっているそれは何だ?」

 私は驚いて頭の上を手で探ってみた。かぶっている帽子の頭頂部で、おじさんと同じようなアンテナがくるくる回っていた。

                                   了


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