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第九百五十二話 おっぱい吸う太郎 [日常譚]

 飼い犬の花子は、何度かの交配に失敗して母親になれないまま十歳になった。ところが二年前に縁が あって捨て猫を飼うことになったのだが、我が家に来た子猫の太郎に対して犬の花子がどんな応対をするかと心配していたら、憂う必要もなくことさらに花子は 子猫を可愛がるようになった。間もなく二匹が塊になって眠っていると思ってよく見たら、子猫の太郎が花子のおっぱいに吸い付いているのだった。もちろん妊 娠の経験がない花子なのに、疑似妊娠とでもいうのだろうか、量は多くないのだろうが確かに乳が出ていて、子猫は美味しそうにちゅぱちゅぱ吸っていた。花子 は白地に茶と黒い模様が入っているのだが、太郎もまた白地に黒い模様が入っているので、花子はその似通った模様のために子供だと思い込んでいるのだろう か。

 犬が猫に乳をやるものだろうかとインターネットで調べてみると、近頃犬と猫の両方を飼っている人は少なくないからなのか、案外同様な ケースがあった。猫が子犬に乳をやるケースだってあるようだった。それでもめずらしいと思って動画をネットで配信してみたが、まったくヒット数が上がらな かったのは、やはり珍しいものではなかったということなのだろう。

 それから一年後、もはや成猫となり乳離れをしたと思っていたら、さらに 半年後、またしても太郎が花子の乳を吸い出した。花子もまたごろりと床の上に転がったと思うとさぁさぁ吸いなさい、吸ってくださいとお腹を上に向けておっ ぱいに吸い付きやすい体勢をとるのだ。子猫と犬なら絵になるが、大きくなった猫が中型犬の乳に食らいついている様はなんだか奇妙な感じだ。それでも日に 二、三回そのような姿を眺めているとやはり微笑ましいものであるのには違いなかった。

 太郎がみゃぁ〜とねだると、花子がいそいそと近づいて目の前でごろんと横たわり腹を見せる。太郎はのそのそと花子に近づいてそのおっぱいにしゃぶりつく。なんだか変な感じ、でも可愛い。

 ピンポーン。

 玄関のチャイムがなる。

 はいはーい。

  いつもの宅配便の若いお兄ちゃんだ。私はいそいそと玄関に向かい、鍵を開ける。宅配のお兄ちゃんが差し出す荷物を受け取って伝票に印鑑を押す。用事が終わ るとイケメンのお兄ちゃんはいつものようにすっと中に入って靴を脱ぐ。玄関横は私の寝室。そのドアを開けてベッドの上にごろんと横になる。お兄ちゃんはす ぐに服を脱いで私のブラウスをまさぐり上げる。さほど大きくはない形のいい乳房があらわになって、お兄ちゃんがピンクの肉にしゃぶりつく。ああ、太郎ちゃ ん。思わず彼の名を呼ぶ私。ちゅぱちゅぱと音がして、私は恍惚感に捕らえられる。

                                了


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第九百四十九話 面倒臭い話 [日常譚]

 土曜の朝、先に目が覚めた俺が二人分の朝食を作リ終えた頃、いいタイミングで妻が起きてきた。寝ざめのよくない妻はおはようも言わない。それはいつものことだ。妻はすぐに食卓にはつかず、洗顔をしながら洗濯機を回し、身の回りを整えた。あ~あ、目玉焼きが冷めるんだけどなぁ。思うが余計なことは言わない。

 ようやく食卓の椅子に座ろうとした妻が言った。

「もう! いまから食事っていうのに、こういうのを片づけないあなたがわからないわ!」

トースターに入れた朝食パンの包み紙が、食卓の上に放り出したままになっていたのだ。だってそれは……妻はよくパンを残すので、残った場合にまた包まなきゃあと思って置いたままにしていたのだが、そんなことはどうでもいい。だけど、気持ちよく食事をしたいのに、のっけから文句を言われるのは気分が悪い。

「そんなこと……そう思うんだったら、気がついた君が片づければいいじゃないか」

 しまったと思った。これで喧嘩にでもなればまだいいのだが、たいてい妻は黙りこんでしまうのだ。自分が思ったことは口に出して人にダメだしをするくせに、人から指摘されるともう駄目だ。俺がごめんとでもいえばよかったのだが、反論したことに、それも割合正当な反論をされたことにカチンとくるらしい。これはもう毎度のことなのでいまさらどうしようもないが、今回はもっと攻めてみようととっさに考えた。

「ほーら、また黙り込んでしまう。そういうのが一番いけないんだぞ。腹が立つならそうだと口にすればいい。話をしなけりゃなにもはじまらない」

 俺がなにかを言えば言うほど妻はかたくなになって顔をそむけてしまう。

「だからさ、そういうのがダメだっていつも言ってるんだよ、ほんとバカみたいに」

 バカと言う言葉に反応した。

「バカ? なによバカって。どういうことよ」

「……バカみたいにって言ったんじゃないか」

「いーや、バカって言ったわ。なんだと思っているの。バカなんて言われて黙ってられないわ」

「ちょっとちょっと、そういう低次元なことで喧嘩はよそうよ」

「低次元?」

 妻はそれを最後にまた口を閉ざした。たいていは俺が言った言葉に過剰反応して怒る。その言葉は悪意を持って言った言葉じゃない。素直じゃないなとか、もっと勉強すればとか、良かれと思って言った言葉に腹を立てることが三分の一。残りはおよそ想像もつかないことを勝手に思い違いして怒る。たとえば壊れた機械に向かって「どうなってんだ?」と言ってしまったとき、それが自分に向けられたものと思われた。アカをバカと聞きちがえたり、聞き違いをキチガイと思いこんだり、アベノミクスを阿倍野神輿と聞きちがえたり。それでなんで怒るんだと思うまったくわけのわからない場合もあるのだ。

 いったいどうなってるんだ。どういう性格なんだ。こういうの、ほんと最低だと思うよ。喧嘩するのはいいと思うんだ。でも普通はあんたのここがいや、ここがダメと言いあって、ときには物を投げつけて、それで終わり、翌朝にはけろっと仲直りってのが夫婦ってもんじゃぁないの? うちの場合は違うな。こうなったら最後、最低でも一週間、へたすりゃ一カ月も口をきかなくなる。そりゃぁあんた、夫が折れて謝らなきゃ。そういうかもしれないけれど、話しかけても返事もしないんだから。取りつく島もないってやつ。

 特に盆正月みたいに長い時間一緒にいて、なにかを楽しんだ後にこうなることが多い。ふた月に一回、下手すればひと月に一回、こんなことになる。で、一週間からひと月口を利かないんだから・・・・・・こりゃもうほとんど黙りこくってることになるな。一年三百六十五日そのうち三百三十日くらいはこんな冷戦状態なんじゃないかな。結婚してもう十年になるけど、最初からこんな感じだったから……ということはつまり仲良くしてるのは一年のうちひと月分くらい。それが十年だから十カ月、三百日ほどになるな。

 今度こんなことになったら俺は断固言ってやる。もうこんなことは疲れる。面倒くさい。金輪際お断りだと。

 先週そう決意したばかりなのに。また今回もそこまで言えずにひたすら我慢してしまうんだなぁ、これが。

                                                了


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第九百二十九話 サバ! [日常譚]

 痩せたんじゃない? そう言われて思わず口元が緩んだ。そりゃぁそうだ。このところ年々体重が増え続けていて、周りから言われるまでもなく、なんでこんなになってしまったんだろうとおなか周りをなでまわす日々だったのだもの。若いころは少々たくさん食べても太ったりなんかしなかった。自分は太らない体質だと高をくくっていた。ところがここ五年の間に完全に中年太りになってしまった。もともと大食漢でもなく、歳を重ねてからはむしろいっそう食が細くなったほどで、太る要因などどこにもないのになぜ? 疑問に思ったところで日々体重が増えているという現実には変わりはない。中年になって代謝が悪くなったからなのだろうが、それにしてもさほど食べていないのに太り続けるというのが解せなかった。

 ところが最近になって、痩せるホルモンが発見されたというニュースを聞いた。調べてみるとたしかにそういうものがあるそうで、実際痩せている人はGLP-1と呼ばれる痩せるホルモンが多く分泌されているという。痩せている人たちは特になにかダイエットをしているわけではなく、食べても太らないそうだ。その人たちはまさに私の若い頃と同じだ。してみると、おそらく私も若いころはそのGLP-1を多く分泌させていたのに、歳とともにこのホルモン量が少なくなってしまったということなのかもしれない。

 さらに調べてみると、GLP-1を増やす方法があるという。もっとも即効性があるのはGLP-1を注射してもらうことなのだが、現時点では糖尿病治療のためだけしか処方されないそうだ。痩せるためという理由では注射してもらえないのだそうだ。しかしほかにも方法があった。食物繊維の摂取と、青魚の摂取。食物繊維の方は野菜を一日18g食べればいいそうだが、これってレタスなら4個半、きゅうりなら18本という量をこなさなければならないそうで、とても無理だと思った。ところが青魚を食べれば、青魚に含まれるEPAという物質によって痩せるホルモンが出るようになるのだという。中でもサバ缶が最も効率的だと知った。

 私は翌日、サバ缶を大量に買って、それから毎日サバ缶を食べ続けた。すると、一週間もすると運動をはじめたわけでもないのに2kg体重が減った。翌週はさらに1kg。こうして毎日サバ缶ばかりを食べ続けて、ついに私は十キロのダイエットに成功したのだ。

 もはや人から「痩せたね」なんて言われなくても自覚できる。完全に痩せた。痩せ続けている。しかしここで安心はできない。サバ缶を食べることによってGLP-1は増えてのだろうが、体質が変わったとは言い切れないからだ。いまここでサバ缶を食べることをやめたなら、間違いなくリバウンドするだろう。そうなっては元もこもない。痩せるホルモンの量を維持するためには、やはりいままでどおりサバ缶を食べ続けなければならない。いまのところサバ缶は、塩味の水煮、醤油味の味煮、味噌煮の三種類しかない。だが三種類あるということは同じ味は三日に一回で済むのだ。慣れてしまうと、日々の献立を考えなくてすむし、三種類あれば飽きもこない。食事なんてこんなものだと思えばいいのだ。実際、犬や猫の食事は毎日毎日同じドッグフードやキャットフードなのだから、それと同じだと思えばいい。

 いま私の家のストック置き場には飼い猫のための缶詰の横に三種類のサバ缶が積み上げられている。猫に缶詰を開けてやり、自分ようにもサバ缶をひとつ開ける。一緒に並んで食べている、というのは嘘だけれども、面倒くさい家事も軽減されて身体も軽くなって、まさに一石二鳥の夢の食べ物、それがサバ缶なのだ。

                                                了


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第九百十五話 一文字苦no [日常譚]

 デスクの上に屈みこんでいるその顔を白く光らせているディスプレイには、真っ白な紙に見える画像が映し出されていて、カーソルと呼ばれる電気の印が一か所にとどまって軽く点滅している。キーボードが操作されてなにかが入力されるのを待っているのだが、たった一文字が書き込まれては消されてまた書き込まれては消されてが繰り返されている。さきほどからキーボードの上に両手の指を徘徊させているのは龍介という男なのだが、その左手は自分の髭だらけの顎をさすってみたり口から鼻にかけてを撫でてみたりしてはまたキーボードに戻している傍ら、右手はひたすら黒いキーボードの上を右から左へ、上から下へと行ったり来たりさせているのだ。あるとき、ふうと息を吐いたかと思うとおもむろにAと書かれたボタンを左手の人差し指が推してみる。すると画面のいちばん右上に「あ」というひらがなが現れた。

「あ」の文字はその後ろに点滅するカーソルを控えたままいつまでも「あ」という一文字のままで、その後をフォローする文字はいつまでたっても現れてこない。なぜならまたしても龍介の両手がキーボードと顔の間を彷徨い続けているからだ。

 龍介はまだ作家になりきれないでいる自称物書きだ。文章を書くことにはそれなりに自信があり、これまでの人生でなにか文字を書くのに困ったことなど一度もない。若い頃から小説を書いてみたいと思ってはいたが、なかなか踏み切れないままに人生の後半を迎えてしまっているのだ。定年を間近に控えた年齢になってようやく一念発起して得意な文章を書き連ねていこうと考えた。最初の数十枚はいとも簡単に出来上がり、その後も百枚前後の作品を次々と書き上げていった。妻に見せると面白いというし、友人に読んでもらっても、読みやすいよなどと悪いことは言われなかったので、いい気になっていたが、こんなに簡単に書けていいはずがないと思いなおし、改めて小説の指南書を何冊も読んでみた。すると、自分がなんと思いあがっていたのか、文章が得意だなどとよくも思っていたものだと、反省すべきことが次々と露わになってきて、そうしたことを胸に刻めば刻むほど、得意だと思っていた文章が一行も書けなくなってしまった。とりわけ、小説書きに必要だとされる「正確な描写」については、そうたやすく書けるはずがないとする某作家の言葉が深く脳裏にしみ込んでいて、では自分がいともたやすく書いていたあれはまったく正確さを欠いていたのに違いないと認識した。その後こうした思いはますます深く停滞して、一行どころか一文字も書けなくなってしまったのだ。実際には書くというよりはキーボードで打ち込むという作業なのだが。

 龍介は画面に現れた「あ」という文字をじっと見つめる。はて? ぼくはなにを書こうとしたのだっけ。「あ」……あれから……いやちがうな、あたし、でもない。あの頃……全然違う。ああーだめだ。削除。やっとの思いで打ち込んだ「あ」の一文字をまた消してしまい、視線が白い画面を泳ぎはじめる。なんてこと。このぼくが? このぼくが! このぼくが一文字も書けないなんて。

 急に思いだす。小学校に入ったばかりの作文の時間を。一年生になったばかりの生徒の前には一枚の原稿用紙が配られていて、みんなそれぞれに鉛筆をかたかた言わせて作文を書いているのだが、龍介はいつまでも白いままの原稿用紙を見つめていた。まもなく終了のチャイムが鳴ろうかというころ、女教師が近付いてきて龍介の真っ白な原稿用紙を発見した。せめて名前だけでも書きなさいと言われた龍介は、へたくそな文字で一年一組と書き、その後ろに名前を書いた。そのとき急にひらめいて、題名のところにあることを書いた。

「書くことがない」

 書くことがないということを書こうと思いついた龍介は、これでいけると思った。本文のところに鉛筆の先を当てて、「ぼくは何も書くことがない」と、題名と同じことを書いたとたんにチャイムが鳴って、作文用紙が回収されてしまった。

 まるでいまの自分はあのときの、あの一年坊主と同じだ。龍介は一人苦笑いする。だが、大人になったいまは書くことがないわけではない。書きたいことは山ほどある。なのに最初の一文字が書き出せないでいる。こういうのをスランプというのだろうか。いやいや、まだはじめてもいないのに、スランプだなんて、ぞこがまず間違っているんだなぁ。独り言を言い、ため息をついて、肩を落とした。

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第九百十話 ちっちゃいおっさん [日常譚]

 ちぇっ、またか。こいつはほんとうに……。岡谷三郎はパソコンの前に座って一人で毒づいていた。会社にパソコンが導入されてもう十数年も絶つのだが、岡谷はいまだにこういう機械にしっくりこないでいる。導入当初はいったいどうしたらこんなものが使えるようになるのかと戸惑ったが、十数年の歳月は、なんとか一通りの作業を岡谷に教え込んでいた。それでもパソコンのソフトは日々バージョンアップし、いままでやっていたことが突然できなくなったり、やり方が少し変わったりするので、岡谷のような人間は機械にバカにされているような気がするのだ。

 いつもどおりに文字を入力しただけなのに、画面が少し淡くなって動かなくなってしまう。三つ目のソフトを立ち上げただけなのに機械が固まってしまう。さほど処理能力の高くない中庸の機種だからなのか、少し古くなってしまったからなのか、そんなことは岡谷にはわからないが、とにかくひとつもいうことを聞いてくれないと思うのだ。

 ったく! なんやこの機械は。ちゃんということを聞けよ! 舐めとんのか? おいおい。ここで止まったらあかんやろう! ああっ! またか。またへんなんなって。これ、どうやったらええねん。どこを! どう! 押したら! 動いてくれるんや?

 岡谷の隣には課員の由里子が座っている。彼女は岡谷から指示が出されたデータをパソコンに打ち込んだり、さまざまなデータをまとめるような仕事をしているのだが、隣にいる岡谷課長のことが気になって仕方がない。気になるというのは、心配だとか、好きだとか、そういうことではない。このかなり年上の上司がパソコンに向かっていつもぶつぶつしゃべっているのが耳触りで仕方がないのだ。向かいにいる先輩社員を見ると、彼もまた黙ってはいるがしかめっ面で岡谷の方にちらちら目をやっている。

「ほんまになんやねん。こんな機械になんで舐められなあかんのや」

 由里子は黙って無視するようにはしているのだが、たまにキレそうになる。だからキレる前に一言注意をしてやろうと思う。だが相手は上司だ。下手な言い方をして怒らせてもまずい。もう少し様子を見るかと思ってまた我慢する。

「チェっ! どないなってんねん、これ。もうノートパソコンに変えるぞ!」

 岡谷課長が言うには、ノートパソコンに変えるぞと言うと、動き出すのだそうだ。パソコンはひとの言葉がわかるのだという。きっとこの中におっさんが入ってるんやとも言っている。

「おーい! おっさん。ちゃんと動かんかい! そこにおりまんのんか、おっさん。おいおーい、おっさん!」

 由里子はくすっと笑ってしまう。出た! おっさんワード。岡谷課長は機械を前にテンパってくるとパソコンに向かって”おっさん”を連呼しはじめるのだ。

 おっさん、ちゃんと動け。こら、おっさん!

 由里子は遂に口を出した。

「課長……パソコンの中からちっちゃいおっさん出てきますよ、やかましいゆうて」

 一瞬、岡谷課長の手と口が止まった。由里子はしまった。言い過ぎたかと思って固まりかけたが、岡谷の視線は由里子には向けられていなかった。課長の視線はパソコンディスプレイに釘付けだった。由里子も何気なくそこに目を向けた。表計算ソフトの画面だったはずのディスプレイはブルー一色に変わっており、その真中が敗れたようになって、その中からまさに白雪姫の小人にも似た感じの小さいおっさんが何人か顔を突き出している。そしてその一人が小さい声で岡谷に向かって言った。

「おっさん、ちょっとうるさいわ」

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第九百二話 異変 [日常譚]

 異変を感じたのは一週間ほど前だ。書斎机の椅子に置いてあって長年愛用してきたクッションが消失した。そして代わりにやや堅い座り心地の低反発座布団が現れた。洗面鏡の棚に置いてあったT型髭そりが見たこともない新しい姿のそれに変わった。風呂に入ると、手桶と風呂椅子が見たことのないものに変わっていた。 なんなのだ。俺が愛用しているものが次々と姿を変えていく。一体どうなっているんだ。この家に何かが起きている。俺の預かり知らないところで、俺の関知しないことが起きはじめている。これは何かの前触れなのだろうか。俺は考えた。いや、そんなはずはない。いまの俺は仕事もプライベートも、何もかもが安定して充実している。何か予測できないことが起きるなんてことは想像すらできない。  今週に入って、さらに驚くようなことが起きた。いつもくつろいでテレビを見ている愛用の赤いソファが無くなっている。その代わりに少し大きめで上品なアイボリーのソファが鎮座しているのだ。なんだこれは? あの赤いソファは相当に身体に馴染んでいたんだぞ。ダイニングテーブルを見ると、そこでも異変は起きていた。テーブルそのものは変わりないが、そこに並んでいる椅子だ。昨日まではスチールのパイプ椅子だった。前の椅子が壊れてしまってから代用に使いだしたものが定番になってしまったといういわくつきの椅子だ。それが消えて、以前使っていたような木の椅子が四客並んでいるのだ。これはまぁ、悪くはない。そもそもパイプ椅子なんて代用品だったのだからな。しかし、なぜ急にこんなことが我が家に起きているのか、そちらの方が不安だった。  俺は思わず声を出してしまった。すると俺の声に答える声があった。 あら、来週にはともだちが訪ねてくるから、いろいろ買い換えたわ。ボーナスも入ったことですし。いいでしょ?」  妻は俺に相談もなくいろいろと購入してしまうのだ。昔から。

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第九百話 キリ番 [日常譚]

「あかんやろう、そんなん」

 ぼくが昨日と同じように書きはじめたとき、変酋長が口を出した。

「え? なにがあかんのですか?」

「おまえな、死ぬまでに何回クリスマスを迎えることができると思う?」

「は? クリ……スマスですか? この暑い時期に?」

「暑い時期は関係ないわい。クリスマスがあかんのやったら、ほなら盆でもええわ。おまえ死ぬまでンい何回盆休み取るつもりやねん!」

「す、すんません。けど、ぼく、、今年はまだ盆休みいただいてませんけど」

「当たり前や。まだ七月や。お盆は来月や。そやないねん、ほな、おまえいま何歳や」

「ぼ、ぼくは三十になったとこですけど……」

「三十か……もうちょっとしっかりしてもらわなあかんなぁ」

「はい……すんません」

「そのな、三十歳の夏をな、おまえ人生の中で何回過ごせるんや?」

「三十歳の夏……何回過ごせるかって……?」

「あほやな、おまえはほんまに、答えられへんか?」

「い、いや……三十歳の夏は一回だけです」

「そうや! そうやろ? おまえが三十歳で過ごす夏はな、一生のうちで一回だけなんや」

「「はぁ。そら、当たり前で……」

「当たり前でって……おまえひとつもわかってないな?」

 いったい変酋長はなにが言いたいのだか、ぼくにはさっぱりわからなかった。だけど、これまで何度この人に救われてきたことか。毎日書かなければならない記事なのに、ネタ切れで困り果てたとき、この人が言ったことが大きなヒントになって先に進むことができたこともある。書き上げた記事の間違いを正してくれたこともある。なにしろ、この人は平生はぼぉっとしている癖に、口を開けば存外いいことを言うのだ。

「今日はどういう日や」

「どういう日って……今日はえーっと、じゅ、十三日」

「十三日の金曜日の次の日……って違うわっ。ほかにないんかい」

「ええっと……」

「今日書く記事は何回目や?」

「今日は……ええーっと」

「おまえそんなんもわからんで書いとんのか!」

「す、すんません。あっ」

「おっ。わかったな、さては」

「もうすぐお昼です」

「がっくり。まじめにやれよ、君。今日書く記事は第何話や?」

「ああ、それですかぁ。ちょうど九百話になります」

「そうや、そこやがな」

「きゅ、九百話?」

「そやで。これまで長いこと書いてきて、九百という数字にはじめて出会ったんとかうか? ほんで、その九百話というキーワードは、もう千話書き続けないと出会うことはない」

「あっ! そういうことですか。なるほど。では、今日は九百をテーマに記事を書くべきだって、そう言いたいわけですね!」

「その通りや。九百の話を書けるのは、今回だけやでぇ? これはある意味チャンスとちゃいますかい?」

「はい……」

 いったいなんのチャンスかはわからないが、少なくともこんなキリ番をネタにしようと思わなかったとは。ぼくもまだまだだな。しかし、九百って言われても、それはどんなネタなのか。ぼくはとりあえずウィキ辞書を取り出して調べてみた。

 なんじゃこれは?

”くひゃく”:一貫に百文足りないという意味から、愚かな者をあざけっていう語句。天保銭(てんぽうせん)。

 なんだ。きゅうひゃくではなく、くひゃく。しかも愚か者のことだって。あんまりいい感じではないな。しかし、知らなかった。九百は百足りないから愚かだなんて。ここから広げて……広げて……広げ……られへんなぁ。困ったなぁ。あれだけ変酋長にどやされたのに。そうか! 反対に残りの数字を調べてみよう。千一話まで、あと百一話! これだっ! そうおもいついたぼくは再びウィキ辞書で百一を調べてみた。

”ひゃく‐いち”:百のうち真実は一つだけである意から、うそつき。

 これはまた……すごい意味を持ってるんだなぁ。知らなかった。百一にこんな意味が隠されているなんて。しかし、いまの人は誰もこんなこと思わないよなぁ。百に一つしか真実がないだなんて。これまたネタにならん。参った。結局こんなこと考えずに書きかけてた記事を仕上げた方がよかった。ん? まてよ。百一……百いち……百一匹……百一匹なんとかってアニメがあったなぁ! あれはいいアニメだった。そうか、これからまた百一話を重ねていくイメージを書いてみよう。ほら、イメージは白地に黒い模様が入った、そう、ダル、ダル……ダルメシアン! ダルメシアンの子犬だ!

 ぼくは不眠症患者が羊を数えるように、白と黒が混じり合ったダルメシアンの子犬の姿を頭の中に思い浮かべて、そいつが羊を囲った木の柵の中にジャンプして飛び込んでいく姿を描写しはじめた。

 最初の一匹は目の前にそびえる羊牧場の柵を見上げて、無理だこんなもの、飛び越せるわけがないと思った。だが、後ろから兄弟が早くしろとつついてくるので焦る。おいおい、推すんじゃない。すぐに飛ぶから。こんなもの簡単だい! 待ってろよ、一二の三! なんとか前足だけが柵の向こう側に入ったが、柵はおなかのあたりにつっかえて、それをなんとか後ろ脚キックで乗り越えた。彼が地面に着地できたとき、二匹目の白と黒が混じった子犬がまた柵の前で躊躇していて……

 キリがない話。キリ番だから? いいや。適当に書きはじめてしまったからだ・間ぁいい。とにかく今回は第九百話。あと百一話でこのブログの物語は終わる予定だ。ほんとうに最後まで書き続けることができるとすればだが。

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第八百六十二話 株式ゲーム [日常譚]

 上がったり下がったりと、このところ何かと騒がしい株式とかいうやつ。数字にはめっぽう弱い私は、今まで株とかファイナンスとか、そういう面倒くさいものには手を出すまいと思い続けていたのだが。

 先月あたり、株を買うならいま! などと世間で言われていた時にすらまだその気にならなかったのに、数日前、株が大暴落! というニュースを聞いて遂にその気になった。私はとても天邪鬼なのだ。

 とはいえ、株のかの字も知らない私が、なんの知識もなしに株式をはじめられるわけがない。そんなときに知人からスマホのアプリで勉強できるよと教えられ、ひとまずそういうのをやってみることにした。いわゆるヴァーチャル株式ゲームっていうやつだ。

「ザ・株ファイナンス」という名のゲームアプリはよくできていて、本物の取引さながらの体験ができるようだ。出来高だの新安値だの、最初はわけのわからない用語に辟易していたが、わからないなりに、適当に見つけた銘柄っていう奴を数株買ってみたり、売ってみたりして遊びはじめた。もちろんゲーム上でヴァーチャルにだ。何回か売り買いを重ねてみると、案外シンプルなんだなとわかってきた。ヴァーチャルだから元手もいらないし、ゲーム上でも信用取引という現ナマのいらないシステムを使っている格好だ。要は気に入った銘柄を指定して、必要な数だけ買う。ある程度値が上がったら売る。その繰り返しで元手はどんどん増えていく。これが逆に回りだしたらたいへんなことになるわけだ、現実では。

「あれ、なにしてるの? それ、もしかしたら株?」

 会社から帰ってきた旦那がスマホ相手に格闘しているわたしの手元を覗き込んできた。

「そうよ、ちょっと株の勉強でもして、儲けたいって思って」

「いいねぇ。で、もうさっそく?」

「ううん。これはね、ゲーム。ヴァーチャルなの」

「そんなゲームがあるのか、ふぅん」

 旦那は私からスマホを取り上げて本格的にさわりはじめた。これがこうで、ほぉ、なるほど。そういうことか。旦那はすこしだけれども株をやったことがあるそうで、基本的なことはわかっているみたい。

「おい、これ、儲かってるじゃないか。すごいぞ」

「そうでしょ。この一週間ほどで、ずいぶん増えたわ」

「随分って、お前これ……」

「最初はね、下手こいてさ、何十万どころか百万単位でマイナスになったりしてたのよ」

 旦那の顔色が変わる。

「でもさ、そこで勉強できたから、いまやほら、もはや億万長者でしょ!」

 わたしはけたけた笑いながらスマホの数字を指さした。

「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……おく……」

 旦那が数字を数える。

「でもさ、ヴァーチャルだからね。これがリアルだったらなぁ……」

 旦那が手をふるわせながらスマホを返してきた。

「お前、なに言ってるんだ? これって、これって……」

「そうよ、ヴァーチャルゲームだからリアルじゃないの」

「ここ、見てみ……」

 旦那が指差すスマホの画面を見た。virtual⇔realと書いてあるところ。

「お前な、これって……ヴァーチャルじゃなく、リアルの設定になってるぞ」

 このスマホゲームは、ヴァーチャルシミュレーションもできるけれども、本当の取引もネットを通じてできてしまうアプリらしい。私はそれを知らずにリアル設定のまま使っていたのだ。もし、これがマイナスのまま今日まで来てしまっていたら……急に私の手までふるえて来た。

「早く、早くそれを!」

「早く何を?」

「下がる前に売ってしまえ!」

 画面上のレイトを見ると、掴んでいる銘柄が下がりはじめているようだった。

「ど、どうしたら……どうやったらいいの?」

「知るか! それはお前が勉強してきたんだろう?」

 私はウロが来てしまって、頭の中は真っ白。この一週間で身につけたアプリの使い方がすっ飛んでしまっていた。画面上の数字はみるみる下落しはじめているのに。

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第八百三十四話 大型休暇明け [日常譚]

 今年の大型連休は、中三日を挟んで飛び石だったので、いっそ全部休もうと思って、三日間の有給休暇を入れた。そうすると十日間の休暇ということになったのだが……。

 普段は、次の週末までの一週間がとんでもなく長く感じられるのだが、休日となると、一日が終わるのすら早いこと早いこと。昼過ぎまで寝ていたりなどすると、あっという間に夜になってしまう。これが数日間の休みとなると、気がつけばあっという間に一週間は過ぎてしまっているのである。日にち感覚がおかしくなってしまうとは、まるで浦島太郎だなと思うのだ。

今回の大型連休も、はじまる前は十日間もあると大喜びしていたのだが、気がつくと最終日を迎えていた。こんなことならあれもしておけばよかった、これもしておけばよかったなどと後悔してもはじまらないのである。

 最終日の夜になると、翌日から仕事だという現実をなかなか受け止められずに、ああいやだいやだ、会社に行くのはいやだと駄々っ子になり、その反面、明日会社に行けばあれもしなければ、これもしなければといろいろ心配になる。心配になりついでに、もしや間三日間を休んだことで、首にでもなっているのではないだろうか。もしや自席がなくなっているのではないだろうか、会社が倒産してしまっているのではにだろうかなどと余計な妄想が膨らんでしまうのだ。

 果たして翌朝、休み疲れでぎりぎりまで眠ってしまっていて、窓外の鳥の鳴き声に眼を覚まし、飛び起きたのが始業時間の三十分前。慌てて着替えて朝食も取らずに会社に向かった。

 ところが会社に到着してみると、会社はしんと静まりかえって、誰ひとり出社している人間はいない。どうしたことか。ドキドキしながら自席を目指す。幸い自席は休み前のまま存在していたのだが。いったいこれは。もしかしたら、妄想通りに、私が十日間を休んでいるつもりが、実は浦島太郎のように何年も過ぎていたということなのか。あるいは、やはり休みの間に会社は倒産してしまったのではないだろうか。私はデスクに呆然と座って頭を抱えた。そのうち誰かが出社して来ると思って待っているのに、誰ひとり出社してくる様子もない。

 そのうち、扉が開いて誰かが部屋に入ってきた。よかった! ようやく出社してくれた! そう思って扉の方に眼をやると、清掃員だった。清掃員がこちらに気がついて声をかけてきた。

「おやまぁ、もう出社ですか? 世間は今日が緒方連休の最終日だというのに、もうお仕事とは。ご苦労様です」

 私は一日間違っていたのであった。

                                            了


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第八百三十三話 最後の日 [日常譚]

「あと一日しか残されていなとすれば、あなたはなにをしますか?」

 地球滅亡というタイトルがついた怪し気な雑誌の特集ページに書かれてあった質問を読んで、少し考えてしまった。そうだな、美味いものを食べる? だけど美味いものってなんだ? キャビア、フォアグラ、トリュフ、松阪牛ステーキ……世の中には美味いものはたくさんあるし、そんなものを一日で食べきれるものでもないし。お金もないし。

 では、好きなことをする? うーむ。俺の好きなことって……なんだっけ。パチンコ、麻雀、将棋……いやいや最後の日にそんなことに時間を費やすのはもったいない。釣り……釣り場に行ってる間に一日が終わってしまうわ。酒を飲むか……そうすれば酔っ払って気持ちよくなっている間に一日の終わりがやってくるから……それももったいないなぁ。せめて最後のときくらいは素面のままで、正気で迎えたいよな。女のこと過ごす……たって、いますぐそんな相手、見つけられないし。

 さぁ、これが最後だ、好きなことをしろと言われても、何も思いつかないことがわかった。ああ情けない。これが単なる仮定の話ならいいのだけれども、実は、今日はほんとうに最後の日なのだ。だからこそ最後の日にすべきこと、したいことを真剣に考えてみたのだけれども、それなのになにも思いつかないなんて。俺は自分の不甲斐なさがとことん嫌になってしまった。

 斯して、俺の最後の日は終わった。結局何もしないまま。いや、家の中でひとりごろごろしながら。考えてみれば、無趣味で彼女もいない俺がしたいことって、これだったのかもしれない。一人ゆっくり過ごす貴重な時間。ま、これでいいのだ。

 俺は昨日、自分で自分の考えを肯定しながら最後の一日を過ごした。大型連休の最後の日を。

                                         了


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