第五百八十二話 ヒリヒリする [文学譚]
十九歳の大学生が書いて新人賞を取った青春小説が映画化された。高校生の
部活を描いた物語で、バレー部のキャプテンがやめるらしいという噂に、周囲が
右往左往する話だ。私が知っている高校時代、私が知らない若い世代の高校時
代、その両方が入り混じって、遠い青春にタイムスリップさせてもらった。
ある批評家が「ヒリヒリするような青春が描かれている」と書いているのをみた。
いい映画であったという部分には共鳴できるのだが、その”ヒリヒリ”するようなと
いう感じがよくわからない。ヒリヒリするような青春。それはどういうこと? いなく
なったキャプテンのカバーをしなければならないバレー部員のお尻に火がついて
ヒリヒリするのか? 外で部活をしている野球部員が日焼けしてヒリヒリするのか?
彼氏の不在にやきもきする彼女の心がヒリヒリ痺れるのか? 正直、ヒリヒリする
感じを経験していないからか、どうしてもわからないのだ。
ヒリヒリするのは、心? つまり心がヒリヒリ痛むということ? 頭の中ではそんな
風に考えてみるが、映画の中の若者たち、心がヒリヒリいたんでいたかなぁ? や
きもきしたり、どきどきしたり、じりじり我慢したり、そんなのはわかる。でも、ヒリヒリ
していたのかな? そこまでぐるぐると考えているうちに、身体のどこかがヒリヒリ
していることに気がつく。あれ? ヒリヒリ? ああ、これってヒリヒリしてる。ヒリヒリ
痛む。なるほど、こういうことなのかな? 私は身体のどこがヒリヒリしているのか
を調べ、左足のサンダルを脱いでみた。こないだ購入したサンダル。左足だけが
ちょっと違和感があって、足の甲やら小指のところやらが痛んでいた。で、その小
指のサイドと親指のあたりが擦れて靴擦れができている。ここがヒリヒリ痛んでい
る。こうして私が観た素晴らしい青春映画は、私の足の痛みとリンクした。
ヒリヒリするような青春の痛みは、靴擦れの痛み。私の脳の中では、こんなシナ
プス結合細胞が生まれてしまったのだった。
了