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第五百七十六話 チリッパー [妖精譚]

 美香ちゃん、夕べも酔っぱらってたのね。よく遊ぶわね。

 会社の同僚にそう言われて驚いた。なんでそんなこと知ってるの? そり

ゃぁわかるわよ。私もチリッパーやってるもの。

 チリッパーとは、数年前から流行しだしたインターネット上のソーシャルネ

ットワークインフラのこと。ほらあの、百四十字でつぶやくっていうあれ。私

は三年前から登録していたが放置していたのだが、あんまり世間で話題になっ

ているので、半年ほど前から書き込むようになった。書き込むといっても、何

を書いたらよいのか、普段は取り立てて書くような面白いこともないので、ご

はんのこととか、いまいる場所とかを、ほんとうにつぶやくように投稿する。

最近それが癖みたいになってて、自分でもいつ書いたのかわからないほど頻繁

にスマートホンをいじり倒している。だから、同じチリッパーをやってる人な

ら、私のつぶやきを誰に見られても可笑しくはないのだが、それにしても会社

の人とは誰ひとりチリッパー上では繋がっていないはずなのに、やっぱり見ら

れていたりするんだなぁと、改めて気がついた。

 行きつけの喫茶店のママが言う。あら、美香ちゃん。またお買い物したんだ

って? ええ?なんでそんなっこと知ってるのよ? だってチリッパーにつぶ

やいてたじゃない。また無駄遣いしてしまったって。ああそうか、そういえば

週末のバーゲンで夏服を衝動買いしたってかいたっけ。なんだか、いろんな人

に監視されているみたいで怖いな。

 お腹壊したんだって? 大丈夫? ありがとう。でもあれは先週よ、もう治

った。角のタバコ屋さんまで私の体調をしっている。偉い時代になったものだ。

便秘はもう治ったの? 家の近所で毎朝箒で道を掃除している箒おじさんがそ

う声をかける。え? あ? なんで? 私、そんなことまでつぶやいたっけ?

今日の下着の色は黒にしたんでしょ? マンションの隣に住むおばさんまでも

が声をかけてくる。え、ええ、まぁ、その。曖昧に笑いながら対処する。私、

そんなことつぶやいたっけ?

 テレビ画面に見たことのあるキャスターが映っている。今日の話題。進化す

るネットワーク。思っただけで入力できるアプリが登場だって。え? それ、

すごいじゃない。もう、キーボードがいらなくなってしまうわけね。あれ?そ

ういうの前にもあったような。ああそうか、あれはスマートホンのアプリだっ

け。スマートホンの画面に現れるキーボードは小さい。だから音声入力の方が

便利だってことで、音声入力という機能が発達した。それがさらに進化して、

思っただけで入力できるなんてものが登場したのは先月だっけ。私、あのアプリ

をインストゥールしたんだっけ。そのまま忘れて放置していたんだっけ。私のス

マホ、次から次へと出てくる新しいアプリをどんどん入れてしまうから、もう何

がどうなってるのやら、どれが何だかわからない。ま、いっか。

 あ、そういえば先週衝動買いして、今週は毎晩飲み歩いて、今月のお給料、も

う使い果たしてしまった。どうしよう。まだ次の振込までだいぶあるけど……困っ

た。こうなったら、コンビニ強盗でもしちゃおうかな。拳銃なんて持ってないから

包丁でも脅かせるかな? あの角のコンビになら、お兄ちゃん弱そうだし、できる

かも。そうだ、それ、いいアイデアかも。

 玄関のチャイムがなる。え? 今頃誰? ドアホンのモニターに中年男性が映っ

てる。どなた……ですか? 

 警察です。あなた、いま、コンビニに押し入ろうとしてますね。ちょっと、お話

伺いたいのですが。

 ぐげ。け、警察までチリッパーしているの? 知らない人まで私を監視している

の? そ、そんな。警察が部屋に踏み込んできて、私を逮捕する。強盗計画罪容疑?

そんなのあるの? ちょ、ちょっと待ってよ。考えてみただけだよ、ちょ、ちょっと、

け、刑事さん、待って……

                    了

 

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