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第五百五十九話 プレゼン姿勢〜妄想五輪−4 [妄想譚]

 オリンピックが終わって、ようやく社内にも仕事に集中する雰囲気が戻って

きた。取引先も同じ様子のようで、しばらく待ち状態になっていたプレゼンテ

ーションを行うことになった。

 取引先は早めに我が社の大会議室にやってきて、我々のメンバーが揃うのを

待っていた。準備万端整って、最後に扉を開いて入ってきたのは、本日の主役

といえるプレゼンテーターを買って出た古谷美香だ。古谷は背筋をピンと伸ば

し、後ろに反り返るくらいに胸を張って颯爽と入室した。事がはじまるのをい

まや遅しと待っていた得意先の面々は、古谷の堂々たる姿に一瞬息を飲み、そ

の姿勢の良さに目を見張った。

 得意先の食い入るような視線をものともせず、古谷は会議室の奥にあるスク

リーンのところまで大きく両手を振って歩み寄り、大げさにお辞儀をした。い

よいよプレゼンテーションがはじまるのだなという余興めいた最初の盛り上が

りがあった。一瞬、緊張する室内の空気。

「みなさま、お待たせいたしました。本日のプレゼンテーションをさせていた

だきます古谷と申します。どうぞ最後までよろしくお願いいたします」

必要以上に大きく口を開けてはきはきと話しはじめる古谷。姿勢と同様に堂々

とした物言いに、得意先の人々は息を殺して、再び魅了されたようだ。プロジ

ェクターの光がスクリーンに映し出す企画書に注目するように一旦黙り込んだ

古谷は、静かに説明をはじめ、時には説得するように、時には高揚した話しぶ

りで、淡々とした喋りの後は、ゆっくり朗々と、古谷のパフォーマンスは進ん

で行った。

 古谷の上司である田中部長は、必要以上ににこにこしながら古谷の一挙手一

投足を見守る一方で、得意先の反応を眺めていたが、ふと何か感じる違和感を

覚えた。はて、なんだろうこの違和感は? そう思ったが何が違和感を醸し出

しているのか、すぐには気がつかなかった。

「さていよいよ本題です。みなさま、ご注目ください。これが我が社が開発し

た新しい投資システムです」

 古谷は説明しながら大きく身体を動かした。右へ左へ。スクリーンを指す手

がからくり人形のように左右に振り動かされ、ぴょんと飛び上がって一歩後ろ

へ、一歩前へと忙しく動きはじめる古谷。調子に乗ったのか、止せばいいのに、

片足ずつぴーんと跳ね上げてみせたり、頭をフラメンコのように左右に激しく

動かしながら説明を盛り上げていく。そして大団円。一気に言葉を費やして、

見事にプレゼンテーションを終えた。

 数秒間の静寂。得意先もあっけにとられていたが、その後、古谷に向かって

小さな拍手が送られた。田中部長がフォローの言葉を発した。

「い、いかがでしょうか。古谷の説明はおわかりになられましたでしょうか?」

 スクリーンを正面にして六人ならんだ得意先は、お互いに顔を見合わせ、小声

で何かをやりとりしていたが、やがてプロジェクトリーダーの竹田が何かをノー

トに書き付け、我々に向けてみせながら言った。

「エキスキューション三八.一、オーバーオール・インプレッション四二.五」

  そのとき初めて田中は違和感の原因がわかった。

「古谷君、きみ、どうして、その・・・・・・鼻を洗濯ばさみで挟んでいるのだね?」

 古谷は一瞬、悪戯を見つけられた少年のような表情を見せたが、すぐに気持ち

を入れ替えて、言った。

「すみません、部長。どうしても昔の癖が抜けきらなくて。私、このようにしな

いと緊張してしまうんです。何しろ、この会社に入る前にやっていたことの歴史

が長すぎて・・・・・・」

 田中ははっとした。そうだった。古谷は長い間、我が国のシンクロナイズド

競技を支えてきた選手の一人だった。社長が強いファンで、引退後の古谷を鳴り

物入りで引き抜いたのを、田中は忘れていたのだった。

                         了

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