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第五百六十八話 長期休暇 [妖精譚]

 長い盆休みが終わった。もともとウチの会社は週休二日なので、規定の五日

間を休むと、前後の土日を併せて都合九日間の休暇になった。墓参り以外は特

に予定もなく、何をするでもないままに九日間が終了した。日常を少し変えると

う意味で、休暇というものは有用なのだが、それがあまりに長いと、今度は元

の日常に帰るのが辛くなる。要は、九日ぶりに出勤するのがとても大儀なのだ。

 休暇明けの朝、いささか緊張気味に早くから目を覚ましていたが、のろのろと

支度をし、朝食を摂るのもぐずぐずして、ぎりぎりの時間になってようやく思い尻

を持ち上げて会社に向かった。久しぶりに電車に乗り、オフィス街を歩くのは、社

会復帰の儀式となるはずなのだが、どうにも体中がだるい。休みの間、墓参りを

した初日以外は、ずーっとごろごろしていただけなので、休み疲れなどないはず

なのだが、身体の調子が変な感じ。定時丁度に会社に到着し、自分のデスクに

座ったが、誰かの気遣いなのだろう、私のデスクには小さな花が飾られている。

いままでそんなことをしてもらったことは一度もないのだが、いったい誰なのだろ

う。事務アシスタントの彼女あたりがしそうなことではあるが。

 休み前から予定されていた仕事を再会しようとして、パソコンのファイルを開く

と、どうしたことだろう。誰かが既に遂行してしまっている。なんだ、誰かが手出し

をしたんだな。その件に関して、一応上司に報告しようと思って、松本課長の席

まで行き、声をかけたが、課長は忙しいらしく、私のことなどに頓着してくれない

のだった。まぁいいかと考えて、私はその日一日をなんとなく社内でぶらぶらし

て、休み明けのリハビリだと思って過ごした。

 ところが、翌日も、その翌日も、私の仕事はすべて誰かの手によって遂行され

ており、私は何もすることもなく過ごす。同僚に声をかけても、忙しさのために、

誰一人私の言葉を聞いてくれない。まぁ、もともと私は物静かで目立たない人間

なので、仕方がないかもしれないのだが。それにしても、一週間過ぎても、さらに

その翌週になっても、皆の態度は変わらなかった。ひと月ほど過ぎたある日、出

社した私は驚いた。私のデスクに別の誰かが座っているのだ。見たことのない男。

あのう、と声をかけるが、見知らぬ私に声をかけられたくないのか、無視されてし

まった。私は自分の居所を求めて社内をうろうろ彷徨う。上司も私を無視している。

 盆休み明けくらいから様子がおかしくなったんだよな。私は少し混乱しながら思い

出そうとした。あの休みの間に何かあったのだろうか。私が何かを忘れているのだ

ろうか。私は解雇されてしまったのだろうか。私の頭の中は少しづつ狂いはじめて

いるようだ。

 夏になると、海や山で事故が起きたり、台風や落雷の災害が起きたり、都市の中

でも猛暑のために気が緩んだ人間による交通事故が起きたり、何かと不幸な事件

が起こりがちだ。ましてや社内の誰かが休暇中に事故に巻き込まれたとなれば、休

み開けの社内はなんとなく妙な雰囲気になる。亡くなった従業員のデスクの上に、

誰かが気をきかせて花を捧げたりするのも、さらに奇妙な空気を醸し出してしまう。

なんだか、亡き友が魂だけとなって、成仏しないままに社内をうろついているような、

そんな気にもなってしまう。この夏、課員の一人を失った松本は、またなんだか背筋

に冷たいものを感じて身震いする。いやだなぁ、あいつの気配を感じてしまうなんて。

気のせいだ、気にするな。自分に言い聞かせて、日常業務に集中しようとするのだっ

た。

                                      了

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