SSブログ

第五百六十話 洗髪 [日常譚]

  髪は毎日は洗わない方がいい。なぜなら、荒い過ぎることによって、毛髪か

 ら脂分がなくなってしまうから。皮膚でもそうだが、毛髪は適度に脂分があっ

たほうがしっとりして若々しさを保つことができる。女性誌の美容コラムに書

かれていた説明を、何も考えずに鵜呑みにしていたのだが、この受け売りを友

人にしたところ、一笑されてしまった。この友達が、若い頃に化粧品会社で

美容部員をしていたことをすっかり忘れて、偉そうな話をしてしまったのだ。

「馬鹿ねえ。それ、誰に教えてもらったの? 頭皮にとって一番よくないのは

脂分が招く汚れなのよ。だからね、特に女は毎日紙を洗うものよ。脂分を頭皮

に残していたら、大変なことになるわよ」

 彼女はそう言って笑った。見知らぬ誰かが書いた記事よりも、目の前にいる

もと美容部員の言葉の方が信憑性が高い。私はすぐに彼女の言葉を信じて、そ

の碑からは毎日風呂に入る度に髪を洗うようになった。ついでに教えてもらっ

た頭皮をマッサージする洗い方で。

 この洗髪マニュアルは、すぐに夫にもレクチャーした。私よりも頭のことを

気にしているのは夫だったから。近頃めっきり薄まってきた頭髪を、毎日のよ

うにチェックしている夫は、私の言葉をそのまま受け止めて、毎日丁寧に頭を

洗うようになった。

 シャンプーを手にとって、ムラなく頭髪に塗り込めるようにして髪を洗う。

その際の洗い方は、下から上へ。側頭部も耳のあたりから頭頂に向けて指の腹

でマッサージしながら、後頭部も下から上へ、前頭部も額から頭頂へ、指の腹

でマッサージしながらじっくりと何度も洗う。すすぎも、洗った時と同じだけ

の時間をかけてしっかりとすすぐ。こうすることによって毛根にたまった脂分

汚れが洗い流され、毛髪の育成が妨げられない。

 だが、夫の頭髪はすでに手遅れらしく、頭を洗う度に風呂の洗い場にある排

水溝に抜け落ちた髪の毛が溜まってしまうのだ。

「あなたぁ、また沢山抜けていたわよ、排水溝のところ」

「え? ええー! 本当か。やだなぁ」

 昨日、そんなやりとりをしたところだ。あの人の髪、大丈夫かしらと考えな

がら念入りに頭を洗う。前も、後ろも、横も、下から上へ、下から上へ。じっ

くり洗った後は、同じ時間をかけて洗い流す。私の髪は長いから、多少の切れ

毛とかはあるにしても、夫のは短く少ないのがさらに抜け落ちるとなると・・・・・・

またも自分のことはさておいて夫の頭髪を気にしている。

 ザザーっと洗い流す度に、長い髪がざざーっと排水溝に流れていく。本人は

目をつぶっている上に、抜け毛のほとんどは背中から流れていくので、目には

見えていない。ざざー、ざざー。洗い終わった後で、ふと気がついて、排水溝

を調べると、やはり沢山の髪の毛が絡みついている。

 またぁ。夫に言ってやらねば。またいっぱい抜け落ちてたよ。ちゃんと教え

た通りに洗髪しているの? って。

                         了

 

 

続きを読む


読んだよ!オモロー(^o^)(3)  感想(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。