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第五百二十二話 カメレオンナ [妖精譚]

 浮気野郎。それが俺につけられた女どもからのニックネームだ。そう、俺は

ひとりの女では満足出来ない体質なのだ。しかし、それは俺の責任ではない。

俺の遺伝子に刻みつけられた雄の本能という奴が、少しばかり強いだけなの

だ。雄の本能とは、一匹でも多くのスペルマをこの世にばら蒔き、ひとりでも多

くの俺の子孫を増やす、つまり俺の遺伝子をできる限りたくさん、この世に残し

ていくための、遺伝子が自らに仕掛けた戦略なのだ。

 俺は最愛の恋人がいるにもかかわらず、別の女ともねんごろになる。さらに

他の女とも。だって、それが俺という人間に課せられた人類の使命なんだから

仕方がない。

 最愛の恋人である真希とは、まもなく婚姻する。それは俺ではなく、真希が望

んだことだ。確かに、この国では、子作りをするためには婚姻が前提になる。結

局、俺だって婚姻をしなければ正式には遺伝子を残せないのだ。真希は、俺の

浮気癖を知っている。知っていてなを、結婚したいという。結婚後の浮気は許せ

ないが、見て見ぬ振りをするという。よく出来た女だ。

 婚姻を目前にしたある日、真希ではない別の女とベッドインした。もちろんそれ

は、はじめての行為ではないんのだが、しかしそのとき改めて気がついたことが

ある。女の匂いが、真希のそれと似通っているのだ。いや、似通っているのでは

ない。同じなのだ。それまでも薄々そう感じていたが、真希との婚姻が決まって、

真希と接する時間が増えたお蔭で気がついたのだ。さらに、その後また別の女

と同衾した際にも同じことを感じた。この匂いは、固有のものではない。女という

種族に共通した匂いなんだろうな。勝手にそう解釈して納得した。

 真希と式を挙げて、一緒に暮らすようになってからも、真希が見て見ぬ振りが

出来る程度に分からないように浮気を続けた。だが、真希と一緒に暮らすという

ことは、逆に真希の全てが見えてくるということでもある。ワードローブの中に収

められている衣服。真希がいつも使っている香水。真希がくつろいだときにする

仕草。そんなもの全てが俯瞰出来るようになって、また不思議な気がした。匂い

だけではなく、衣服や仕草までもが、複数の女たちお間で共有されているような

感じがあるのだ。まさか、すべての女が共通した衣服や仕草を持っているとは考

えにくい。

 ある日、浮気相手と会う直前まで、真希の様子を伺ってみた。その日、真希も

誰かと会う約束があるようで、いそいそと支度をはじめた様子を確認してから、

俺は玄関の外に隠れて真希が出かけるのを見張った。しばらくして真希はよそ

行きのお洒落をして出かけてしまった。後をつけるなどということは諦めて、俺

は浮気相手との待ち合わせ場所に向かった。

 俺がバーで待っていると、恵子がやって来た。だが、一瞬真希が来たのかと

目を疑った。何故なら、先ほど真希の姿と瓜二つだったからだ。妻と浮気相手

の衣装が丸かぶりするなんて、そんなことが普通ありうるものだろうか?だが、

ベッドインしてしまうと、そんなことも霧散してしまった。

 別の女とのときも、同じことをしてみたら、またしても服装が丸かぶりだった。

さすがの俺も気持ち悪くなった。ホテルを出て彼女と別れたあと、ついに俺は

探偵まがいのことをした。そう、彼女を尾行したのだ。俺は浮気相手の家を知

らない。彼女は、電車に乗って、俺が住んでいる町の駅で下車した。はて、こ

んなに近いところに住んでいたのか? そう思うまもなく、彼女は俺のマンショ

ンと同じ方向に歩き出した。そして、ついに俺のマンションに入っていった。

 まさか。そんな馬鹿な。浮気相手が俺と同じマンションに住んでいる?彼女

がエレベーターに乗ったのを確認してから、俺はもう一基あるエレベーターに

乗り込んで自室を目指した。玄関をあけると、妻も帰宅したところだったようだ。

驚いたことに、浮気相手と同じ衣装を着ている。青ざめた俺の表情を見てとっ

て真希が言った。

「あら? おかえりなさい。まさか、私をつけていた? だったら、もう、わかって

しまったのかしら?」

 な、なんのことだ?

「全部、私なのよ。気がつかなかった? 私は生まれつき特異体質でね……」

 そう言いながら、真希は俺の目の前で恵子の顔になり、別の浮気相手たちの

顔に、次々と表情を変化させていった。

「あなたのような雄に対抗するために、雌だって、こういう能力を持つという進化

をはじめているのよ。ふふん。私だけじゃないと思うわ。でも、これであなたは、

悪気なくいつだっていろいろな女を抱けるからいいんじゃない?」

 俺は、自分の遺伝子に支配されているのかと思ったが、ほんとうは、女の遺伝

子に操られていたというわけだ。

                                    了

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