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第五百五話 隣人 [怪奇譚]

 マンションの隣が空き室になって二ヶ月ほどたつと思っていたら、昨日、誰

かが引っ越ししてきたようだ。俺が出かけている間に入居を済ませたようで、

引っ越しゴミがゴミ捨て場に捨てられていた。いままで空き家であったときに

は、硝子一枚だった窓の内側には黒いカーテンが張られているようだし、玄関

外には、段ボール箱が二個置かれている。そのうち挨拶にでも来るのかなと思

いながら、夜を迎えた。

 深夜、眠っていると、隣から何かしらモノを切るようなギシギシという音が

聞こえる。それは微かな音であり、迷惑だと思うほどではなかったので、その

まままた眠りについた。

 次の夜も、今度は何かを叩くような、こつこつという音がする。これも微か

な音ではあるが、深夜の静まり返ったマンションのどこかからひっそり聞こえ

てくる音という物は、妙に気になるものだ。それから毎晩、深夜二時くらいに

なると、ギシギシか、こつこつ、新たにピシィッ! という破裂音、このいず

れかの音がするのだ。

 最初の夜には、引っ越し片付けのついでに何か工作事でもしているのだろう

暗いに思っていたのだが、連日連夜となると、あまりにも不自然な気がした。

いったい何をしているのだろう。まだ引っ越しの片付けをしているのか?それ

とも何かほかの、たとえば仕事だったり、趣味だったり、そういうことか?何

しろ未だに隣人の姿を見ていないものだから、いささか気持ちが悪い。うるさ

いと文句を言いにいくわけにもいかず、毎晩の音が気になって不眠症になって

しまいそうだった。

 ひと月ほど我慢をした。しかし、月が変わったのをきっかけに、明日こそ一

言言ってやろうと思っていたら、ぴたりと音が止んだ。ひと月間慣らされた音

が止んでしまうと、安堵の気持ちとは裏腹に、今夜はまたあの音が再開するの

だろうか。今夜こそ、またあの音がするに違いないと、今度は毎晩、静かな隣

に耳を澄ますようになってしまった。

 そんな夜が一週間ほど続いた後、マンションのエントランスで掃除をしてい

る管理人に、久しぶりに出くわした。俺は、そうだ、管理人なら隣の人物を見

ているに違いないと重い、訊ねてみた。

「おはようございます。ちょっとお伺いしたいことがあるのですが」

「ああ、おはようございます。どうしました?」

「あの、ウチの隣のことなんですけれど」

「お隣? ええーっとお宅は何号室でしたっけ?」

「ああ、私は四階の四〇二号室ですが」

「あ、なるほど、では、四〇一号室のことですね」

「そう、そうです。あそこに引っ越ししてきた……」

「は? 四〇一号室は、なかなか入居者が見つからないみたいでねぇ。お寂し

いですか?」

「え? あ、いや、隣は、先月どなたか引っ越しして来て……」

「あれ? そんなことありませんよ。あそこは、三ヶ月前にお住まいだった方

が亡くなってから、ずーっと空き部屋ですよ」

「な、亡くなった? お隣が? 引っ越していったんじゃぁないんですか?」

「あれ、ご存じない? あんまり言わない方がいいんでしょうけれど、室内で

変死されてたんですよ。」

「変死? それはどういうことです?」

「ああ、お隣さんに、こういう話をしていいものかどうか……わからないんです

が……自殺だということにはなってるんですが、なにか、ご自分で作られたんだ

と思われるんですが、ベッドからマットを取り外したような奇妙な機械に、自分

の身体を釘で打ち付けていて、さらに天井からつり下げられた振り子式ののこぎ

りで、自らの身体を傷つけるようにセットされていて、その仕掛けによって身体

がずたずたになって死んでいたのです。機械は、一種の拷問道具で、その人は自

傷癖が高じてそんなことになってしまったのだと結論されたそうです。死体の処

理をするために機械を動かしたら、ギイギイとか、こつこつとか、ピシィとか、

実に賑やかだったそうですが、お宅、そういう音を聞いたことはないのですか?」

 俺はそういう音を聞いた。だが、それは新しい入居者が入ってからだ。しかし

管理人は、隣には入居者はいないという。いったいどうなっているのか、わけが

わからなくなった。不動産斡旋会社に電話して確かめてみたが、隣室は、やはり

いまだに入居者を募集しているという。俺が聞いたあの音は、なんだったのだろ

うか。こうして俺は、今夜も隣室に耳を澄ませて夜を過ごす。

                        了

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