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第五百十四話 わらしべ [可笑譚]

 ここに一本の藁がある。藁? なんだそれは? なぜ、そんなものを持って

いるのかというと、神様のお告げがあったからだ。

 俺は、ニートだ。病気で働けないというわけでもないが、働いても仕方ない、

働く気がしない。なんでしんどい目をして働かなきゃぁならんのだ? そう思う

からニートなのだ。まぁ、人によっては精神科へ行けなんてことを言う者もいな

いではないが、俺は別に病気じゃないし、ただ働きたくないだけだ。

 仕事を持ってやすい賃金で働いたところで、金は右から左へ消えていく。働

かなくても、役所に申請すれば、最低生活費を配給してくれる。そう、いま話題

の生活保護ってやつだ。確かに、俺がもらえる生活費なんて、ほんのわずかだ

が、それでも下手にしんどい目をして稼ぐことを思えば、文句は言えない。

 ところが、どうしたわけか、今月の配給金は、もうないのだ。調子に乗って飲み

食いしてしまい、気がついたら一銭も残っていない。俺は、三日間空腹に耐えた

が、四日目になって我慢しきれず、ついに神頼みをしてしまった。町外れにある

観音様の小さなお社を訪ねて「お腹が減りました。助けてください」そうお祈りを

した後、空腹のあまり気を失ったらしい。夢の中だったんだろうが、観音様が現

れて、「ここを出て最初に手にしたものを持ってお行きなさい」そう言ったのだ。

 俺は目を覚まして、ふらつく足取りで社を出たとたんに何かに躓いてひっくり

返った。そして起き上がった時に手にしていたのが、この藁だったのだ。何で

こんなところに藁が落ちているんだ! 俺は腹を立てた。観音様のお告げを

信じて、何かいいものを掴むんだろうと思っていたからだ。こんな藁みたいなも

の、持っていてなんになる? そう思ったが、気持ちを落ち着けてとりあえず持

って歩いた。しばらく行くと、虻が飛んできて俺の周りをうるさく羽ばたく。鬱陶し

いと思った俺はそいつを手で捕まえた。おう、この藁で縛ってやろう。そう思い、

藁の先に虻をくくり付けると、虻は逃げようとしてブンブン羽ばたく。だが、藁の

先は俺が持っている。

 更にしばらく行くと、乳母車の中で赤ん坊が泣いている。俺はどうしたんだろ

う? と思って乳母車の中を覗き込んだ。すると、藁の先にくくりつけられた虻

が俺の頭の上でブンブンいう。それを見た赤ん坊が泣き止んでキャッキャッと

笑い出した。ほう、これが面白いのか。俺は虻も藁も邪魔になってきていたの

で、虻をくくりつけた藁の先を赤ん坊に持たせてやった。少し離れたところでお

しゃべりをしていた母親が、何事かと様子を見に来た。赤ん坊は手に持った藁

の先でブンブン言っている虻を診て喜んでいたが、あろうことに、その藁をぐし

ゃりと手元に引き寄せて、虻をつかもうとした。そのとたん、虻は怒って赤ん坊

に噛み付いた。痛みに火が付いたように泣き出した赤ん坊。

「何してるのよ!」

 赤ん坊の母親が怒った。怒って手にした買い物籠の中から蜜柑を掴んで俺に

投げつけた。一つ目は外れ、二個目は俺の身体に、三個目は俺の顔にあたっ

て地面に落ちた。俺は、もったいないと思って三個の蜜柑を拾い、慌てて逃げ

た。走っていくと、道端に屈み込んでいる若い女がいた。冷や汗をかいて青い

顔をしている。ははぁ、熱射病だな。そう思った俺は、女を日陰に連れて行き、

持っていた蜜柑を剥いて口に入れてやった。しばらく苦しそうにしていた女は、

少し良くなったようだ。熱射病のときは、日陰で水分補給をするのが一番だ。

女はやがて目を開いて言った。

「何よ! あなたは誰? 私に何をしようというのよ!」

 俺は思った。なんだこいつは。せっかく人が助けてやったのに。俺は腹が立

って女が持っていた高級そうなバッグをひったくって逃げてやった。走っていく

と、バイクのチェーンが外れて困っているおっさんがいた。早く逃げたい俺は

そのバイクを奪ってやろうと思ったが、逆におっさんが俺に言った。このバイク

をやるから、その綺麗なバッグをくれ。カミさんが欲しがっているバッグと同じ

モノなんだと。俺は、まぁいいかと思い、男にバッグをくれてやった。

 俺はおっさんからもらったバイクのチェーンを直してシートにまたがったが、

エンジンがかからない。ガス欠だ。しまった、だまされたか。そう思ったが、

いや待て、ガソリンを入れたらいいのだ。だが、俺にはガソリンを買う金な

んてないぞ。そうか、このバイクをどこかで売ればいいんだ。そう考えて、

バイクを押し歩き、中古バイクを扱っている店を探した。ほどなく中古バイ

クを売っているオンダバイク店を発見した。

「おやっさん、このバイク、引き取って欲しいんっすけど」

「ほうほう。バイクか。どれどれ」

 バイク店の親父は、バイクを見るなり、眉毛が吊り上がった。な、なんだ?

親父は、俺の腕をグッと掴んで言った。

「わしの店から盗んだバイクを売りにくるとは、なんてえ奴だ!」

 親父はすぐさま警察を呼んで、俺は事情聴取を受けた。どうやら、あの男、

この店から盗んだバイクを俺に押し付けやがった。そうしているうちに、女が

一人店に入ってきた。

「ただいまー。お父さん、私いま、ひどい目にあったの。へんな奴にお気に入

りのバッグを盗まれた……」

 女はそこまで言って、俺に気がついた。

「あっ! こいつよ! こいつだわ!」

 俺は窃盗二犯で警察に逮捕されてしまった。なにがわらしべ長者だ。馬鹿

にしやがって。俺は観音様の言うとおりにしたおかげで、わらしべ犯罪者に

なってしまったではないか。いや、まてよ。昔話は昔話。いまの世の中で通

用するわけがない。だとすると、これでいいのかもな。刑務所に入れば、と

りあえず飯が食えるではないか。少なくとも、窃盗二犯だと、どのくらいだ?

よく知らないが、一週間や二週間は牢の中で生きていけるのではないかな?

 俺は喜んだ。とにかく、いまの世の中、飯を食うだけでも大変なのだ。そん

な大金持ちになりたいだなんて思わない。次の生活費が支給されるまで、餓

死しなければいいのだから。俺はそう考えて、胸をなでおろした。

 拘置所の中で知り合った他の犯罪者たちも、俺と似たような人間ばかりだ。

俺がこの話をすると、みんな一様にそうだそうだと同意した。そして俺のことを

奴らは「わらしべ犯罪セレブ」と呼ぶようになったとさ。

                                  了


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