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第五百話 ジャンジャの森~実験奇譚・なんか妖怪ー17 [文学譚]

 「お前は誰だ?」

 街の中心部にあるビルから飛び出した閻魔王は、空中に浮いたまま地上を

満足そうに眺めていたが、突然呼びかけられて、驚いていた。

「俺は鬼木太郎。お前と話をしに来た」

「話だと? なぜお前なんぞと話さなきゃぁならないのだ? わしを誰だと思っている」

「お前は閻魔王だろう? お前の望みを聞いてやろうと言っているのだ」

「わしはいま忙しい。後にしろ」

「じゃぁ、一時間後にジャンジャの森に来い」

「ジャンジャの森だと? よかろう、行ってやる」

「待ってるぞ」

 ジャンジャの森とは、この街の北端にある小さな山だ。隣街との境界にあり、

東を山、西を海で囲まれたこの街から東京や九州方面に抜け出るには、必ず

この森を抜けなければならない。もちちろん、鉄道や高速道路もこの中を抜け

て行くことになっている。

 その頃、根津は車でこの森に差し掛かっていた。だが、普段から車の整備を

怠っている根津は、ガソリンが残り少ないことに気がついていなかった。森の

中でいきなりガス欠になってしまい、そのへんに給油所がないかと困り果てて

いた。

「太郎、知っとるか? この森にはな、実は地獄への抜け道があるんじゃ」

「お父さん、もちろん、知ってますよ。だからここを選んだんじゃないですか」

「おお、すまん、そうじゃったな」

ジャンジャの森は、日本の中心がこの街であった昔から、この世と地獄を結

ぶいわば結界としての機能を持っていた。だが、文明の発達と共に、地獄と

いう存在が人類から忘れられるようになるのと平行して、この結界の存在も

忘れ去られてしまった。結界として存在していた社も、いまはごく小さな祠とし

て森の中に存在しているだけである。鬼木太郎たちは、その祠の前で閻魔王

を待ち受けていた。鬼木太郎たちと言ったのは、太郎が自分と同じような妖力

を持っているのではないかと思っている仲間を助っ人として招集したのだ。

「まぁ、なんだか霊気を感じる場所ね、ここは」

 そう言ったのは砂蔭バーバラだ。バーバラになにか秘めた力があるようには

とても思えないのだが、霊気に敏感なことだけは確かだ。

「俺たち、なんで呼ばれたんだ? こんな山の中に」

 バーバラの言葉に反応して言ったのは木綿一太というひょろっとした男だ。衣

装はお洒落だが、こんな優男に何かができるとは思えないのだが。

「まぁまぁ、いいじゃないか。ハイキングだと思えば」

 太郎の義理の弟にあたる粉木丈二が言った。そうよそうよとうなずいて、持っ

てきた籠いっぱいのパンを配ろうかと考えているのはノリコベーカリーを経営し

ている藤原ノリコだ。鬼木太郎が彼らを集めたのには、特に深い理由はない。

ただあの日、濡良利玄が言った予言めいた言葉を一緒に聞いていたのがこの

四人であり、また濡良の予言通りに人心が乱れるようなことが起きているわけ

だから、あながち誤った人選ではないように思っている。

「あっ! あれはなんだ?」

 一太が叫んだ。南の空に何かが浮かんでいる。それが次第にこちらに近づい

てくる。みるみる大きくなったその姿は禍々しい姿の閻魔王だった。

「鬼太郎とやら、来てやったぞ!」

「鬼太郎じゃない! 鬼木太郎だ!」

「そんなことはどうでもよいわ。それで、わしに何をしてくれるのじゃ?」

「お前の望みを聞き届けたい」

「ワシの望みじゃと?」

「そうだ。お前は、何かを求めて地獄からやって来たのだろう?」

「そうだ。いま、わしは望み通りのことをしておるのだ。その邪魔をするなら、

容赦はしないぞ」

「望みどおりのことというのは、人間を変身させることか?」

「変身させておるわけではない。奴らの本来の姿に戻してやってるだけだ」

「そんなことをしてなんになる?」

「わしの世界に連れ帰り、わしの奴隷として死ぬまでこき使ってやるのだ」

「地獄はそんなに人手不足なのか?」

「いいや、人では不足しとらんわ。近年稀に見る邪鬼どもの増加ぶりは、この

世の人心の乱れと比例しておるのに違いない」

「それなら、これ以上邪鬼を増やしてどうするんだ?」

「どうするもこうするも、そんなことは知らぬわ」

「あんたは地獄の王だろう? その王が地獄の人数をそんなに増やしておいて、

後は知らんでいいのか?それはあまりにも無責任ではないのか?」

「う、うるさいわ! わしがそうしたいからそうするんじゃ! ほおっておけ」

 そう言うなり、閻魔王は手にした金棒で殴りかかってきた。寸前のところで

かわした鬼木太郎は、父親から教わった閻魔封じの呪文を唱え始めた。

                                   了

次回:第五百一話 閻魔王の意外な弱点  前回:第四百九十九話 大魔王覚醒


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