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第四百九十四話 悪夢の予感~実験奇譚・なんか妖怪ー11 [文学譚]

 ノリコのベーカリーは、そう広くはない。もともとノリコのお爺さんがパン

屋さんをやっていた店を改装して、ノリコが店を再開させたのだが、その

際に焼きたてパンをその場で楽しんでもらえるスペースとして、七坪ほど

にテーブルを並べて食事や喫茶が出来るようにしたのだ。

 ノリコが店を開いてから、早くも一年が過ぎた。ノリコは、いつも世話にな

っている近隣の顧客や友人に簡単な案内状を配って、ささやかな一周年

記念パーティを開くことにしたのだった。

「ノリコ、すごいね、頑張ったね!人気店になってるじゃない」

 一番に駆けつけてくれたのは、友人のポーラだ。ポーラはほんとうの名

前は歩羅と書いてあゆらと読ませるのだが、いつの間にかポーラというあ

だ名がついた。いまは素敵な人と結婚して鬼木ポーラと名乗っている。今

日は、その旦那さんと、旦那さんのお父さんまで来てくれた。

「ポーラの夫の鬼木太郎です。とてもいい店じゃないですか。うちも近所に

住んでたらよかった」

「そうじゃそうじゃ。パンはワシの大好物なのじゃ」

「お父さん、それは調子が良すぎません?お父さんは日本人は米がいちばん!

っていつも言ってるじゃありませんか」

「ばかっ。ワシャ美味いものなら何でも好物じゃ!」

「うふふ、愉快な親子さんですね」

 恥ずかしそうにしているポーラに、ノリコが言った。

 パーティにはポーラの弟も、彼女を連れてやって来た。木綿一反というひょろり

とした彼なのだが、この彼もまたユニークで、とてもお洒落なのだ。彼女の美唯も

小悪魔系で可愛らしい。近所に住んでいる砂蔭バーバラは、友達の粉木ジョージ

という男の子をつれて来た。

「こうして集まってみると、私の知り合いって、なんだか変な人ばかり。それに外人

みたいな名前の人が多いし」

 ノリコはひとりで可笑しくなってきた。昼間焼いたパンを中心に、スープだのサラ

ダだの、ミニステーキ、グラタン、ハンバーグなど、ブッフェスタイルで並べた料理

とワインやビールを楽しんでもらっているのは、他にもご近所の顔見知りや常連

の客など、たくさん来てくれたが、ずっといるのはやはりこの友人たちだった。

 ここで初めて出会ったポーラとバーバラたちもすっかり仲良くなって、いよいよ

盛り上がってきた。と、そのとき、隅っこの方から声がした。

「狂う、狂うよ」

 な、なあに? 誰? みんな一斉に声のする方向に目をやった。すると、いち

ばん奥のテーブルに一人座って黙々とパンをかじっている男がいた。濡良だ。

いつもあの席に影のように座って、空気のようにいなくなる客。こないだは地震

を余地した男。

「あのね、あの人、こないだの大地震の前の晩、私に”揺れる”って言ったのよ」

「前の晩に? つまり」

「予言したってこと?」

「そうなのよ。お蔭でウチのグラス、ひとつも割らずに済んだわ」

「で、いま、なんと言った?」

「狂う?」

「何が?」

「ねえ、濡良さん、何が狂うのよ」

「……狂う。人心が」

「にしんが?」

「違うわよ、人参って言ったのよ」

「違うな、人心が狂うといったんじゃよ」

「濡良さん、人心が狂うって、どういうことなの?いつなの?」

「明日。この国の心が悪くなる」

「明日……」

「ポーラさん、いま、コヤツのことを濡良と言ったか?」

「そうよ、濡良さんよ」

「濡良なんという?」

「濡良利玄さんよ」

「ぬら、り……なに?ぬらりひょんか!」

「濡良、お前は妖怪なのか?」

 思わず叫んだ鬼木太郎を、濡良が座ったまま見上げた。それからひひっと笑

って言った。

「失礼じゃないか、人のことを愉快なのか、だなんて。俺は根暗だ。愉快じゃない」

「そ、そうか。妖怪じゃないのか」

「おい、鬼太郎!ぬらりひょんには予知能力などあったかのぅ?」

 目玉親父がそう言ってもう一度濡良の方を見ると、もう彼はそこには居なかった。

                            了

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