第五百十三話 ピロートーク [空想譚]
「これからも、お前を決して離しはしない」
まどろみの枕元で囁きを聞く。眠りに入る前のぼんやりとした意識には、こ
ういうピロートークが心地よい。
「私もよ。あなたから絶対に離れないわ」
相手に併せて愛を囁く私。
「いままでだって、一日もお前のことを考えない日はなかった」
「あら、そう? 嬉しいわ。でも、私の方がその何倍もあなたを思っているに
違いないわ」
「俺はすべてを失ってもいい。お前さえここにいてくれたら。それほど強い気
持ちなんだよ」
「本当かしら。でも、嘘でもいいわ。そんな素敵な言葉は、あなたしか言って
くれないから。たとえ偽りだったとしても」
「愛してるぜ、お前のことを、心から」
「私も……愛してる」
それから私は静かに眠りの世界に入っていく。これが、この世でいちばん幸
せなひとときだ。翌晩も、そのまた翌晩も。ベッドの中だけで繰り返される至上
の喜び。毎晩私は、とろけそうな夜を手にしているのだ。
「これからも、お前を決して離しはしない」
枕元の声は、今夜もそう囁く。
「これからも、お前を決して離しはしない」
それは、さっきもう聞いた。
「これからも、お前を決して決して決してけっしけっしけっしけっけっけ……」
私は枕を叩きつける。最近、時々こうなるのだ。これではピロートークも台
無しじゃないか。いったいどうなってるのだ。いい加減にして欲しい。
「離し離しはなはなはなはな……」
壊れたレコードプレーヤじゃあるまいし。やはり安物の恋だったのかしら。
「一日もお前のことを考えない、一日もお前のことを考えない」
あら、そう? 結構よ。私のことなんて考えてくれなくっても。ふん!と怒り
の声を上げて私は枕を床に叩きつける。枕は床の上で奇妙に捻れた形に
なって、なお言い続ける。
「強い気持ち、強い、強い、強い……愛して愛し愛死愛死死死死死……」
本物のピロートーク、どこかに落ちていないかしら……
了