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第五百二話 癒しのオカリナ~実験奇譚・なんか妖怪ー19 [文学譚]

第五百二話 癒しのオカリナ

 ジャンジャの森の中でガス欠させてしまった根津は、仕方なく車を森の中で

乗り捨て、給油所を求めてさまよっていた。が、元来なまけものの質であるか

らして、すぐに休みたくなり、そこらで小さな祠を見つけ、一服しようと中に入っ

た。

「うぇー、きったねえ祠だこと。こりゃあ何年も誰も入ってきてないな。まぁいいや。

ちょうどここにベッドみたいなのがある。ここで一眠りっと」

 根津はそうひとりごちて、中央にあった石版の上に横たわり、眠り込んでしまっ

た。しばらくして表で騒ぎが起こっていたのだが、根津はよほど疲れていたのか、

ぴくりともせずに眠り続けた。しかし、祠の外で誰かが唱える呪文の言葉に応じ

るかのように、ゴト、ゴトゴト、と石版が微かに動くのを感じて、ようやく瞼を半開

きにした根津は、「なんじゃ、このやろう。俺はまだ眠いんだ」と怒りまがら石版

を押さえつけた。だが、しばし微動していた石版は、ついに跳ね上がるようにし

て、その上に横たわっていた根津もろとも祠の屋根を突き破って空高くぶっ飛

んだ。

「うゃあ~ぁ~なにするんんだ、このやろう!」

 宙に吹き飛ばされながらも文句を言い続ける根津。石版があったところには

ポッカリと四角い穴が空き、そこから真っ赤な光が空へと立ち上がる。やがて

実体を持たない何者かが赤黒い影を帯びながらその赤い光の虜となって、穴

の中に吸い込まれていき、ポッカリと空いていた穴の上には再び石版が蓋を

するかのように乗っかった。その後は何ごともなかったかのように静まり、根津

は冷たい地面の上に這いつくばっていた。

 ふと見ると、根津のすぐ頭の横に、何かお宝めいたものが落ちており、欲深い

根津は、「しめしめ、また銭儲けが」と思って手の中に収めた。

 気がつくと、倒れている根津を見下ろしているいくつかの影。

「ん? なんだ? 誰だ?」

「お前、こんな所で何をしてるんだ?」

「おお! 鬼太郎じゃねえか!」

「鬼太郎じゃねえ、鬼木太郎だ!」

「俺は、そこの祠で居眠りしてただけだぜ」

「その、手に握っているのは、なんだ? どこで拾った?」

「む? こ、これは俺のもんだ」

 すると、今まで祠の裏に避難していた鬼木太郎の父親が出てきて言った。

「おお! それは癒しのオカリナじゃないか!」

「癒しのオカリナ?」

 みんなが口を揃える。

「そうじゃ。閻魔王が懐に持っているとされている、あらゆる呪いを解く道具だ」

「あらゆる呪いを解く?」

「そうじゃ。きっと、いまの騒ぎで地獄に吸い込まれて行くときに、閻魔王の

懐からこぼれ落ちたんじゃろう」

「おい、ねづみ男! それを俺に渡すんだ」

「いやだ。 これは俺が見つけたんだから、俺のものだ!」

「お前なぁ。お前が広めた赤い水の呪いも、それで解けるんだぞ!」

「お、おお? そ、そうなのか?」

「後で必ず返すから、しばらく俺たちに貸してくれ!」

「わ、わかった」

 こうして癒しのオカリナは鬼木太郎の手に渡ったのだった。閻魔王が去った

後に残された円正王は、文字通り憑き物がおちたかのように、無邪気にニコ

ニコしながらパンを食べていた。恨みも恐れもなく、ただただ無邪気なその姿

は、むしろ芯が抜けてしまった人間のようで、おそらく正王の心に潜んでいた

世を恨み人を憎む気持ち、悪へ向かうかもしれない信念のすべてが、閻魔王

と共に抜け出してしまい、善人の心だけが正王の中に残ったのであろう。腑抜

けのようになった正王は、これから世の荒波を乗り越えていけるのだろうか。

 それから数時間後。町の一角に立っている女の姿があった。女は手に持った

貝殻でできた笛を口に充て、静かに息を吹き込んでいる。その姿こそ、鬼木太

郎の最愛の妻、のっぺらポーラであった。手にした貝殻の笛は、根津から借り受

けた閻魔王のアイテム、癒しのオカリナだ。

 ポーラが奏でるオカリナの音色。穏やかで心やすらぐ旋律が、羽の生えた音符

となって空高く舞い上がっていく。町で暴れまわっていたすべての妖獣が動きを止

めて、その旋律に耳を傾けている。一瞬にして町じゅうの喧騒が停止し、平和な時

間が現れた。妖獣だったものは次第に元の姿を取り戻し、気が付けば、普通の人

間に戻った人々が、道の上に、ビルの屋上に、屋根の上に横たわり、いままでいっ

たい何があったのだといった不思議そうな顔をして起き上がりつつあった。

 かくして、一連の不可思議な事件に終止符が撃たれたわけだが、人の心に潜む

ほんの僅かな怒りや怖れ、恨みや憤りが、ある日突然、何かのきっかけで魔の者

にとりつかれてしまうことによって噴出する。このようなことは、今回だけのことでは

ないのかもしれない。脈々と続いてきた人間の歴史の中で、同様な事件がなかった

と誰がいえよう。

 世界各地で起きている内紛や戦争。人間同士が争うその因は、人の心の中にあ

るなにものか。そこに妖魔の手がつけこんだとき、人は悪そのものに変貌する。そ

して悲惨な歴史が生まれるのだ。

 隣街の路上で、希和子は昨日買ったばかりのハイヒールを恨んでいた。

「ああ、失敗したわ。昨日買ったばかりの靴なんて、いきなり履くものじゃないわね、

やっぱり。ちょっと歩いただけで足が痛くなっちゃった」

そうひとりごちて再び歩き出した希和子の足先で「ピリッ」と、何かが破れる小さな音

がした。

                                   完結

前回:第五百一話 閻魔王の意外な弱点


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