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第四百九十七話 増殖する贖罪~実験奇譚・なんか妖怪ー14 [文学譚]

 その頃街は、阿鼻叫喚の修羅場と化していた。

 でかい頭全体が口になっているクチビルは、一本の脚でぴょいぴょい飛び跳

ねながら移動し、その口から赤いネバネバした液体を辺り構わず吐き散らして

いる。おかげで、道路も建物も、あの赤い雨が降ったときのように赤く染まり

つつある。クチビルと同様の姿ながら、頭についているのは大きな目玉ひとつ

で、しかも恐ろしいほど充血したその目から、怪しげな妖波を出しながら飛び

跳ねているのはメガシラだ。この妖波を浴びてしまった人間は、即座に変身し

はじめる。耳を大きく発達させ、翼竜プテラノドンのように空を舞っているの

はミミガラン。こいつは高いところから人々の声や動きを聞き取り、ターゲッ

トとなる人間を見つけては「アソコダー! アソコダー!」と、甲高い音を出

して他の者に知らせる。両腕を恐竜Tレックスの脚ほどに進化させたウデバシリ

は、その名の通り、腕で高速走行して、獲物を追いつめる。追いつめたところに

クチビルやメガシラがとどめを刺すのだ。そのほかにも餓鬼のようにふくれあが

った腹だけの異様な姿を見せるハラダケ、人間の性器を異様に発達させて生まれ

たようなチンゴウとマンゴウ、でっかい尻のような身体の真ん中に空いた穴から

緑色の液体を撒き散らしているシリアナ。これらのすべてはかつては人間だった。

 あの赤い雨を浴びてしばらくして、身体に異変を感じた人々は、病院に殺到し

た。しかしその原因がわからないまま病に臥せっていたかと思えば、その変化し

た身体の部分がどんどん晴れ上がりはじめ、ついには得体のわからない醜悪な姿

に変身してしまい、人間の意識もとっくに失って街に彷徨い出たのだ。

「おい、鬼太郎! わしは知っとるぞ、あいつらは妖魔使いじゃ。」

 通称目玉親父と呼ばれる小さいおじさんが甲高い声で言った。

「父さんまで俺を鬼太郎と呼ばないでくださいよぅ。その妖魔使いって何です?」

「妖魔使いとは、悪魔や妖怪に操られている人間のことじゃ。じゃが、姿を変えて

しまったいまは、もはや妖獣と呼ぶべきかな」

「妖獣……」

「そうじゃ。おそらく……」

 鬼木太郎の父親は、民俗学者の権威といわれる大学の教授だ。とりわけ専門とし

ているのは地方の民話や伝承物語とか世界の悪魔や妖怪であるので、こういうこと

には詳しいのだ。

「あの妖獣は七種類いるじゃろ。ああ、チンゴウとマンゴウは雄雌の違いはあるが

一種類だとしてじゃ。つまり、七つの大罪と符合が一致する。」

 七つの大罪とは、 暴食、色欲、強欲、憤怒、怠惰、傲慢、嫉妬という人間の心の

奥に潜む、悪への転落を促すものだ。そしてそれぞれが 腹、性器、腕、目、尻、口、

耳といった人間の部位に対応する。だからこの七つの大罪に冒された人間があのよう

な化け物に変身したのだと、親父は言った。

「それでじゃな、あいつらを操っておるのはがおるはずじゃ。」

「誰なんです?」

「七つの大罪は、それぞれを悪魔が担当しておるが、その中でも大きな力を発揮して

いるルシファーかサタンが総大将ともかんがえられるのじゃが……ここは日本じゃ。

となると、大元締めはたぶん、閻魔大魔王じゃな」

「閻魔大魔王」

「そうじゃ。あれだけたくさんの妖獣を思い通りに動かす力を持っておるのは、個々

の悪魔ではない。閻魔大魔王くらいの力量を持っていないと無理じゃな」

「でも、お父さん、閻魔大魔王がどうして現世に悪さをするんです?」

「そうじゃな。閻魔大魔王は闇の世界の神じゃ。現世から地獄へ堕ちていった人間を

厳重に審査して悪しき心を叩くのが閻魔大魔王の役目であり、この世にしゃしゃり出

てくることはなかった。だが、もし、何かのきっかけで閻魔大魔王がこの世に現れて

しまったとすれば、閻魔大魔王は、この世を眺めて、やはり闇の世界と同じように、

我が力を注ごうとするじゃろうな」

「つまり、閻魔大魔王はこの世の悪を成敗するためにあんなことをしていると、そう

いうわけですか?」

「うん、まぁ、そういうことじゃな。閻魔は決して悪者ではない。むしろ、神と呼ば

れる存在じゃからな。ただ、担当しているのが闇の世界だというだけじゃ」

「それを聞いて安心しました。悪でないなら、聞く耳を持っているということですか

らね」

 鬼木太郎はそう言ったが、親父は太郎の言葉に首を捻っていた。

                       了

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