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第五百一話 閻魔王の意外な弱点~実験奇譚・なんか妖怪ー18 [文学譚]

 閻魔王が仕掛けてくるでっかい鉄棒の攻撃は、鬼木太郎がかわす度にその足

元にズシンズシンと大きな穴を開けていく。太郎のすぐそばにいた粉木も、なす

すべもなく逃げ惑っていた。それを見た砂蔭は、地面の土を掴んで閻魔王に向か

ってバッと投げつけたしかし、森の中の土は、砂とは違って充分な湿り気を持ちす

ぎている。閻魔王の目潰しをするどころか、ただの土くれの塊となって閻魔王の顔

に当たった。

「ぬぬ、しゃらくさい! やはり鬼らの鉄棒は役にたたぬわ」

 閻魔王は大きく深呼吸をし、口から物凄い炎を吐いた。これこそ地獄火炎という

業火である。森の木々が一瞬にして灰となり、飛び散った火の粉が一太のお洒落

な服に落ちた。

「うぉっちっち! な、何をするんだ、ぼくの大事な服に!」

 怒った一太は、持っていた布の端切れを閻魔王に向かって投げつけた。この

端切れはただの布ではない。一太の母親が四国霊場めぐりをして集めたあり

がたい経文が特別な墨汁で綴られている霊験あらたかな端切れだ。小さな端

切れは閻魔王の周りを巡ったかと思うと、手や足、そして口に貼り付いてその

動きを封じ込めた。

「むぅうううう! なんじゃこれは! こんなもの、むぅうぅうううふんっ!」

 端切れが効力を失って、足元に散らばる。 

「この、我に逆らう蛆虫共が!」

 閻魔王は、人間の男女の頭が持ち手に飾られた人頭幢という杖を振り上げた。

この杖は閻魔王が地獄の裁判で使用するものであるが、その他にも様々に使わ

れるらしい。これを振り下ろすと何が起きるのか末恐ろしい。閻魔がまさに杖を振

り下ろさんとsたそのとき、杖の持ち手の女の頭が叫んだ。

「大王様! 此奴は敵にはござりません!」

もうひとつの男の頭も叫んだ。

「大王様! 此奴の心はあまりにも清らかで、此奴こそが人間社会を正す者かと」

「なにぃ? 此奴が敵ではないと? では此奴らはなんじゃ?」

 鬼木太郎は目玉親父から伝授された呪文を一心に唱え続けている。

「一心祈奉、香煙微有、天通天給。其時大日大聖不動明王。五色雲中御身表姿表

……天地感応、地神納受。所願成就」

 そしてノリコも何かをせねばと、手に持っていた籠の中からバンを掴んで閻魔王

めがけて投げつけた。

「ノリコベーカリー!」

「なんじゃ、それはわーっはっはっは!」

 偶然にも高笑いする閻魔王の口の中に、ノリコが投げた小豆クロワッサンが

飛び込んだ。

「んっむ? ムグ。うむ。これは、美味い」

ノリコのクロワッサンが、閻魔王のどこかのスイッチを入れた。閻魔王がパン好

きだなんて聞いたこともないし、洒落にもならない気がするが、実際閻魔王は目

尻を下げて口に入らなかったほかのノリコのパンを拾い上げては口に運んだ。

「うむぅ。やはりノリコベーカリーのパンは美味い!」

「え?」

 ノリコは不思議そうな顔をした。この閻魔王は、ウチのパンを食べたことが

あるの?ウチのパンが好きなの?

 実は、閻魔王の元の姿である円正王は、ノリコベーカリーの近くに家があ

る。マサオはときどきノリコベーカリーで焼きたてパンを購入する隠れファン

であったのだ。人でも閻魔でも、モノを食うときには素になる。無防備になる。

閻魔王の姿がマサオに戻りかけたり、また恐ろしい閻魔王に戻ったり。

「天魔外道皆仏性、四魔三障成道来、魔界仏界同如理、一相平等無差別」

 太郎がそこまで唱えた時、俄かにかtsては結界の印となっていたが、いま

はみすぼらしい祠でしかなかったところに大きな空洞が生まれ、真っ赤な光

が地の底から差し上がってきた。

「むぉぉおおお?」

 パンを食べることに気を取られてすっかり戦意を忘れてしまっていた閻魔

王の身体が、その赤い光に取り憑かれ、閻魔王の姿が二重三重にぶれ動

いたかと思うと、スーッと祠の中に吸い込まれていった。今まで閻魔王が立

っていた場所にはパンに食らいついている円マサオが無意味に立っていた。

                                了

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