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第五百四話 ヒトノスコロリ [空想譚]

 夢のようなことが起きた。

 どのようにしてやって来たのかはわからないが、それは空から静かに舞い降

りた。公園の真ん中に、美しい仕様のプレハブ小屋が置かれたのだ。なんだこ

れは? 人々は最初、誰かが立てたのだろうと思い、不用意に侵入して訴えら

れでもすれば面倒だと、無視していたのだが、子供は無遠慮である。いつもそ

の公園で遊んでいる子供たちの一人が、中に入った。入り口には簡単な目隠し

の扉があるだけで、鍵もなにも掛かっていなかったのだ。しばらくすると、そ

の子供は金色の固まりを抱えて現れた。

「お前、それなんだ?」

 遊び仲間が訊ねた。

「なんか知らんけど、いっぱいあったよ。」

たまたま通りがかった親父が、それを見かけて、もしやあれは? と考え、子

供が出てきたプレハブ小屋に近づいた。なるほど、鍵はかかっていない。公園

は公共の場だ。公共の場にある建物で、鍵がないということは、誰でも入って

いいということに違いない。そう思って、おそるおそる中に入った。小屋の中

は天窓がうまい具合につけられているので、灯りがなくともとても明るい。清

潔でシンプルな室内の真ん中に、金色に輝く四角い物体が、きちんと積み上げ

られていた。「やはり」男は思った。これは、金だ。金塊だ。男はひとつを手

にしてみる。ずっしりと重い。

「こいつは、いただいて帰らないわけにはいかないが、いくつも持つのは無理

そうだな。

 男は持っていた鞄の中に二個詰め込み、もうひとつを小脇に抱えて小屋を出

た。とにかく、ひとまず持ち帰った。男の家は公園の近くだったのだ。妻はパ

ートに出かけて留守だし、子供も学校から帰っていない。男は三つの金塊を家

に投げ込むや、急いで車庫から車を出し、先ほどの公園に戻った。

 残りの金塊をもっといただこうと考えたのだ。だが、プレハブ小屋の回りに

は、すでに大勢の人が集まっており、しかも、しかもすごすごと引き返す人々

であった。しまった! もう皆に知られてしまったかと、念のために小屋を覗

いてみたが、やはりもはや金塊は跡形もなく消えていた。

 惜しいことをしたな、そう思って家に引き返し、金塊を戸棚の中にしまい込

んだ。男はそのまま知らぬ顔で会社に戻り、そそくさと仕事を済ませてから帰

宅した。

 妻も子供も帰っており、夕食の準備もできていた。夕食をとりながら、妻に

金塊のことを話すと、妻も、パートの帰りに別の公園でそういう小屋を見かけ

たが、中にはなにもなかったと言った。子供はまったく興味なさそうにテレビ

を見ながら食事を済ませて、自分の部屋に行ってしまった。

 その夜。男は、あれをどうやって金に換えるかなぁと算段しながら眠りにつ

いた。みんなが寝静まった頃、戸棚の中の金塊には異変が起きていた。金塊は

時間をかけて静かに溶けはじめ、溶けると同時に気体となって部屋中に広がり

はじめた。金塊が変容した黄色いガスは、夫婦の寝室にも、子供部屋にも、扉

の隙間から侵入し、眠っている家族の鼻から身体の中に忍び込んで、彼らの息

の根を止めた。

 翌日。平日だというのに、街は休日のように静かだった。何人かの住人が、

なにが起きているのか不思議そうな顔をしながら職場に向かっていたが、その

彼らが歩む道の真ん中に、どのようにして現れたのか、また別のプレハブ小屋

が天から舞い降りて来た。

                        了

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読んだよ!オモロー(^o^)(5)  感想(0)  トラックバック(0) 
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