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第四百九十八話 罪人の末路~実験奇譚・なんか妖怪ー15 [文学譚]

 高橋は、一介のサラリーマンだ。だが、嫁子供を養うためにといいつつ、

実は自己顕示欲の強い彼は、出世することそのものが重要だと考えていた。

常に自分を正当化し、いつも上司から認められることだけを考え、そのため

にはほかの誰かは敷石にしか過ぎなかった。誰かがミスを犯すと、徹底的に

糾弾してその誰かを貶め、目の前に邪魔な人間がいたなら、影で様々に画策

してその人物が転落するように働きかけるのであった。つい最近も、大きな

仕事を成功させて次期部長間違いなしと言われはじめていた同僚の、過去に

あった女性絡みのトラブル話に尾ひれを付けて車内に流布した。噂は思いの

ほか大きく広く広がり、その事実はどうあれ、火のないところに煙は立たず

の諺もあるとおり、そのような人物を社の中心には置けないという理由で、

彼は地方へ転勤させられてしまった。

 その高橋は、得意先からの帰り道、赤い雨に濡れてしまった。一週間ほど

して、彼の口が大きく腫れはじめた。おかしいなと思って医師に見せたが、

その医師自身も異様に腫れ上がった腕をまくって看てくれたのだが、結局原

因がわからないまま、高橋はいつしか意識を失い、やがてでかい頭全体が口

になっている化けモノに変身して、街へ繰り出していくのだった。

 石橋真理子は美容師なのだが、職業柄、近隣の住人の様々な噂話を聞くの

が大好きで、そのうち聞きかじった近隣の人々の話を客の耳元でこっそりと

ささやいて楽しませるのが面白くなっていた。あそこの長男は十校も受けた

大学にことごとく落ちてしまっただの、そこの娘は嫁いで一週間もしないう

ちに出戻ってきただの、もしかしたらあの奥さんは不倫しているだの、そう

いう類いのうわさ話だ。この石原も、赤い雨に打たれ、十日後には耳を翼の

ように大きくして飛び立っていった。

 政治家の野田木茂氏は、たまたまあの日遊説でこの街に来ていた。演説が

終わると同時に赤い雨が降って来て、少しだけ濡れた。野田木はしかし、一

週間を待たず、三日目にはもともと出っ張っていた腹を気球のように膨らま

せて、黒い汁を撒き散らしながら街頭を転がっていった。

 いま、この街に限らず、この街から出て行った人の成れの果てや、この街

でたまたま雨に当たって帰っていった人、ネットで購入した赤い水を飲んで

しまった人など、赤い雨に関わった人々のほとんどが醜い化け物に変身して

各地で恐ろしい姿をさらしている。姿をさらすだけではなく、化け物たちは、

赤や緑、黒など、様々な体液を撒き散らしている。化け物が吐き出した体液

をかぶった人間も、即刻新たな別の化け物に変身しはじめると言う、恐ろし

い様相が広がっている。赤い雨に比べて、体液のほうがその濃度が濃いと

いうことなのだろうか。液に触れて一週間ではなく、みるみる変身していくの

だ。

 人々がどのタイプの化け物に返信するのかは、どうやらその人間が心の

奥に抱えている”罪”なり”悪”の種類によって変わるらしい。

 七つの大罪で言うなれば、暴食は腹に、色欲は性器に、強欲は腕に、憤

怒は目に、怠惰は尻、傲慢は口、嫉妬は耳に以上が発生する、というよう

に見えたが、単純に嘘つきは口、暴力は腕、という場合もあるように見える。

いすれにしても、その人間が罪や悪を発揮する際に使われた肉体が変身の

中心になるのであった。

 従って、クチビルの体液をかぶった人間は、同じクチビルになるのではなく、

さまざまな化け物に変身した。それにしても、この地獄絵図はいったいどこまで

広がっていくのだろうか。

 赤い雨を集めてネット販売で儲けようと企んだ根津は、続々と発生するクレー

ムの山に耐えられなくなって、会社から逃げ出すように、両手にボストンバッグを

持って、こっそりとオフィスを抜け出した。

                 了

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