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第五百十九話 永遠のお別れ [文学譚]

……ほんとうにすまない。結婚式を挙げたとたんに、こんなことになるなんて。

……いいのよ、仕方ないわ。私はあなたが帰ってくるまで待てるから。あなた

はしっかりそちらでのお仕事に集中してちょうだい。

……そうか、ほんとうにすまない。いくら仕事だからといって、上層部もひどい

ものだ。俺たちの結婚披露パーティではあんなに素敵な祝福の言葉をくれた

のに。

……って、その仕事はあなたの……だったじゃな…………ら、たは迷わずに、

仕事……らいいのよ。

……おい、なんだか、このテレビ電話、音声がおかしいな。そっちはちゃんと

聞こえているのかい?

……ううん。わた……えないよ。ほんと、なん……んね、この電話。

……もともと、画像より音声の方が遅れているからなぁ、まるでその……。

……そうね、最初から……んだかほら、あのお笑い腹話術の真似してるみたい。

……そうだね。あれだろ? あれ? 声が、後から、聞こえて、来るぞってやつ。

おや? いまは、音声が途切れなかったぞ。そっちはどうだい?

……ええ、私の方も、大丈夫。だけど、音声が遅れるのは、そのままみたい。

……これは、遠距離のせいで起きる現象なんだから、仕方ないな。

……あら、そうなの? じゃぁ、音声が途切れたのは、別の?

……そうだね。たぶん、磁気嵐か何かの影響だと思う。

……そう……で、どうなの? 仕事は順調なの?

……まぁ、今のところはね。国家機密に関わることだから、妻にさえ内容を話

すわけには行かないんだが、ただ、ひとつだけ言っておかねば。

……なぁに? どうしたの?

……あ、いや、君を心配させたくはないんだが、国家機密が関わっているだけ

に、敵国の臭い奴らが動き回っているようなんだ。敵の諜報部員だけならまだ

いいんだが、もっと危ない奴らも動いているという噂が飛んでてね。

……まぁ、恐い。あなた、大丈夫なの?気をつけてくださいね。私、あなたが怖

いことに巻き込まれでもしたらと思うと……

……すまん、君にまで心配かけちゃって。それで、君自身も、十分に気をつけ

て欲しいんだ。

……私が? どうしてなの?

……うん、過去の例に過ぎないんだが、やはり同じような機密処理を行ってい

た職員が、家族もろとも拉致されてしまったケースが、なかったとは言えないん

だ。

……そんな。じゃぁ、私が拉致される可能性も?

 ……そうなんだ。拉致されるだけなら、まだ救い出せばいいんだが、過去には

命を落とした家族も……いるんだ。

……嫌。そんなこと言わないで。怖いわ。

……いや、怖いからこそ、君にも十分気をつけて欲しいんだよ。そうでなくても、

君は亡くなったご両親から相続した遺産が多くて、泥棒からも狙われているの

だからな。 ……また、そんな。恐いことばかり言わないでちょうだい。

……そうだな。そんなことより、局の上層部に、君にもボディガードをつけるよう

に頼んでみるよ。

……うん……ら…も安心…………わ。是非……て……い。

……あ、また音声の調子が。

……んと……こ……しら。

……おい、何だ。君の後ろに、誰かがいるぞ!

………あに? よく……えな……よ。

……おい、ビクトリア! 逃げるんだ、早く!

……あなた、どう……の? 何をそんな……顔を……の?

……ビカ! ああ! ビカ! 

……キャァ! ……た! 苦し…………

……くそう! やつらだ! ビカが奴らにやられてしまった! ああ! 僕の

愛しいビカ! ビカ! 返事をしておくれ! ビクトリア! ……うお? なん

だ。お前らは! お前はビカを殺した連中の仲間なのか? おい! や、や

めろ! やめてくれ! お……グ……………………

 愛しあっている者たちは、まるですぐ近くにいるようにテレビ電話で会話を

することが出来る世の中だ。だが、いくら技術が進んでいても、どうしようも

ない出来事は有り得る。遠距離恋愛という言葉は美しいが、ほんとうは美

しい言葉よりも、現実に息をかわし、指でふれあい、気持ちを重ねることが

できる愛こそが、私たち自身を救う方法なのだ。愛し合う者たちよ、決して

距離をおいてはいけない。物理的な距離は、永遠の別れを呼んでしまうか

もしれないから。

                                              了


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