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第五百六話 扉の向こうに [可笑譚]

 恐い。理由もなく、ただただ怖いのだ。この扉の向こうにいるものが。

ために、内側の平穏な居空間を外の悪天候から遮断するためにあるもの

なのだ。だが、自らが外側にいるとしたらどうだろう。身を守るために作っ

たはずの扉が、自分を外敵側に置き去りにされる障害物と化してしまう。

目の前には行方を妨げる扉が堅く閉じられ、背後には怪物が迫る。そん

な恐ろしいことには金輪際なりたくないと思っていた。

 ところがいま、私が置かれている状況は、そういうことともまた違う。私

が扉の外側にいることには間違いないが、背後に怪物はいない。恐ろし

きものは、この扉の向こうにいる。そして扉の向こうにいる恐ろしきものを

乗り越えなければ、安穏の場所には決してたどり着けないのだ。

 私は相手に悟られないように静かに扉の向こうを探る。扉に耳をあて、

なにか物音はしないか、恐ろしき唸り声は聞こえないか、耳を澄ませる。

静寂。あいつは、いないのか? いまがチャンスなのか? しかし扉の

隙間からは微かな息づかいと、あいつが使っているであろう灯火の欠

片が漏れてくる。やはりいるのか?私が扉を開くのを、今か今かと待ち

受けているのか? いや、そんなはずはない。あいつは待ち伏せなど

しない。待ち伏せなどしなくとも、扉の向こうは狭い空間だ。どこにいた

ってあっという間に駆けつけてこれる。そして飛びかかることさえ可能

だ。ああ、どうしよう。このまま踵を返して、またあの危ういエリアに戻

るべきなのだろうか。しかし、いまこの扉さえ乗り越えることができた

なら、とりあえず今日のところは平穏に眠りにつくことができる。

 おお、神よ。我に力を与え給え。我に勇気を与えて、安息の時間

与え給え。私は意を決して扉に手を掛ける。あいつにさとられないよ

うに、静かに、静かに、扉の隙間を広げていく。

 ぎ、ぎぎ。それでも微かな音が、深夜の空気の中にこだまする。しぃ

っ! 黙れ! 音を出すな! 扉に念じながら身体ひとつ通れる隙間

を作ってなんとか扉の向こうに身体を移動させる。扉の向こうは暗闇

だ。感づかれていないようだ。

 と、突然私の存在を誇張するかのように、あいつの灯火が私を照ら

し出す。し、しまった! あいつに見つかった!

「こんな時間まで、どこで遊んでいたのよ! またあの女の店か? あ

んた、いい加減にしなさい!」

 恐ろしき野獣が吠えた。

                              了


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