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第五百十六話 お願いだから言わないで [怪奇譚]

 あれからもうひと月にもなる。あの日の朝、ぼくは校庭で目が覚めた。どう

しちゃったんだろう? ぼくは何故こんなところで眠っていたんだっけ。思い

出せない。たぶん、登校後、校庭で転んじゃって、頭を打ったのに違いない。

脳震盪でその前後の記憶が飛んでしまうっていう話は、聞いたことあるもの。

 教室に戻ると、数少ない友人の一人である智が心配そうにぼくを見て言っ

た。

「気分はどうだい? どんな感じ?」

 いや、どうもこうもない。何も覚えていないし、痛くもなんともない。ぼくは

確かそう答えた。他のクラスメートたちは、いつもと同じ。ぼくが何をしよう

が、何をされようが、見て見ぬ振りだ。ぼくを気にかけるのは、この教室で

は智くらいだ。それからあの日は普通に授業を受けて、午後には家に帰っ

た。父母には、心配かけたくなかったので、校庭で気絶していたことは伏せ

ておこうと思った。だが、そんな心配しなくとも、父母はそれからしばらく忙し

そうにしていて、ぼくのことなど気にも止めていないようだった。

 こうして何ということもなく一ヶ月が過ぎてしまったのだが、ちょっと気にな

ることがある。あれほどぼくのことを虐めまくっていたグループが、あの日

以来、掌を返したように何もしなくなったのだ。ぼくは何かしたんだっけ?

もしかして、奴らに抵抗して殴り返したとか? 覚えてないんだなぁ。

「なぁ、智、ぼく、ひと月ほど前に気絶したろ? あの前、何かしたの?」

 そう訊ねるが、智は、ほんとうに何も覚えていないのか、と逆に訊ねるばか

りで何も答えてくれない。

 虐めの中心にいたのは、山岡を中心とした六人か七人だ。ときどき参加する

人間が何人かいるので、はっきりした数字は分からない。中学に入った頃は、

後ろから小突いたり、「オンナ、オンナ」とか「腰抜け」とか、嫌な事をいうだけ

だったが、少しずつエスカレートして、ノートを隠されたり、弁当を落とされたり、

シャツを脱がされたり、その内に財布を出せと言われたり、どんどんひどくなっ

ていった。一年間、ぼくは耐え続けたが、二年になってもまた山岡と同じクラス

になってしまった。ぼくはついに耐えられなくなって先生に電話で相談したんだ

けれども、そうかそうかと言うばかりで、結局、なんの助けもなかった。二度三

度先生に相談してもなお、仲良くせえよとか、気にするなとか言うばかりで、何

もしてくれない教師にぼくは失望した。そうしたことがずーっと続いていたのに、

あの日を境に、虐めが消えたのだ。

「なんだか気持ち悪いんだけど」

「何がだい?」

「ほら、虐めさ。なくなってるんだ。どうしてだろう」

「どうしてって、そりゃぁ、もう飽きちゃったんじゃないかな」

「そうかなぁ、あんなに長く続いていたのに、飽きたりするものだろうか」

「うーん。ぼくはわからないけど」

 智は、相変わらず曖昧なことしか言ってくれない。智はぼくの友達だけど、

ぼくが虐めに遭っていても、遠巻きに見ているだけだった。だって、下手に

手出しをしたら、自分まで虐めの対象になってしまうかもしれないんだもの。

いや、ぼくがそう言ったのだ。智まで巻き込まれるから、ほうっておいてくれ

と。そして智はその通りにしただけだ。

 あの日からちょうど五十日目だった。いつも通りに学校に行くと、ぼくを見

た智が、少し驚いたような顔をした。

「智、どうした? ぼく、なんかおかしいかい?」

「い、いや。昨日、君んちの法事があったと聞いたんだけど。」

「法事? そうだっけ? ぼくは昨日ずーっと外にいたから知らないなぁ」

「そ、そうかい。あのさ、もう我慢できないから言うけどさ」

「何? なんだい、智?」

「あのさ、人って、死んでからでも四十九日まではこの世に魂がいるって、ば

ぁちゃんに聞いたんだけどね」

「なんだよ、藪から棒に」

「いや、君んちでも、その四十九日があったんだよ」

「うん、それはさっき聞いた。それで?」

「お前、ほんとうん知らないのか? あの日、お前はさ、山岡たちに屋上に

呼び出されて、危ないことをさせられて・・・・・・」

「そうだっけ? まぁ、そんなことはそれまでもいっぱいあったからなぁ。ほら、

屋上の柵の外に立たされたりさ、そういうの」

「そうだ。それでお前は・・・・・・」

「ああーやめてくれ! そんな話は聞きたくない! ぼくはいま、山岡がおと

なしくなった学校を気に入っているんだから!」

「だけど、そうなったのは、あの日、お前が柵を乗り越えて・・・・・・」

 お願い! お願いだから・・・・・・それ以上、言わないで! ぼくはそんな恐

ろしいこと覚えていないんだから。思い出したくもないんだから!智、お願い!

お願いだから・・・・・・言わないで・・・・・・

                               了


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