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第五百二話 癒しのオカリナ~実験奇譚・なんか妖怪ー19 [文学譚]

第五百二話 癒しのオカリナ

 ジャンジャの森の中でガス欠させてしまった根津は、仕方なく車を森の中で

乗り捨て、給油所を求めてさまよっていた。が、元来なまけものの質であるか

らして、すぐに休みたくなり、そこらで小さな祠を見つけ、一服しようと中に入っ

た。

「うぇー、きったねえ祠だこと。こりゃあ何年も誰も入ってきてないな。まぁいいや。

ちょうどここにベッドみたいなのがある。ここで一眠りっと」

 根津はそうひとりごちて、中央にあった石版の上に横たわり、眠り込んでしまっ

た。しばらくして表で騒ぎが起こっていたのだが、根津はよほど疲れていたのか、

ぴくりともせずに眠り続けた。しかし、祠の外で誰かが唱える呪文の言葉に応じ

るかのように、ゴト、ゴトゴト、と石版が微かに動くのを感じて、ようやく瞼を半開

きにした根津は、「なんじゃ、このやろう。俺はまだ眠いんだ」と怒りまがら石版

を押さえつけた。だが、しばし微動していた石版は、ついに跳ね上がるようにし

て、その上に横たわっていた根津もろとも祠の屋根を突き破って空高くぶっ飛

んだ。

「うゃあ~ぁ~なにするんんだ、このやろう!」

 宙に吹き飛ばされながらも文句を言い続ける根津。石版があったところには

ポッカリと四角い穴が空き、そこから真っ赤な光が空へと立ち上がる。やがて

実体を持たない何者かが赤黒い影を帯びながらその赤い光の虜となって、穴

の中に吸い込まれていき、ポッカリと空いていた穴の上には再び石版が蓋を

するかのように乗っかった。その後は何ごともなかったかのように静まり、根津

は冷たい地面の上に這いつくばっていた。

 ふと見ると、根津のすぐ頭の横に、何かお宝めいたものが落ちており、欲深い

根津は、「しめしめ、また銭儲けが」と思って手の中に収めた。

 気がつくと、倒れている根津を見下ろしているいくつかの影。

「ん? なんだ? 誰だ?」

「お前、こんな所で何をしてるんだ?」

「おお! 鬼太郎じゃねえか!」

「鬼太郎じゃねえ、鬼木太郎だ!」

「俺は、そこの祠で居眠りしてただけだぜ」

「その、手に握っているのは、なんだ? どこで拾った?」

「む? こ、これは俺のもんだ」

 すると、今まで祠の裏に避難していた鬼木太郎の父親が出てきて言った。

「おお! それは癒しのオカリナじゃないか!」

「癒しのオカリナ?」

 みんなが口を揃える。

「そうじゃ。閻魔王が懐に持っているとされている、あらゆる呪いを解く道具だ」

「あらゆる呪いを解く?」

「そうじゃ。きっと、いまの騒ぎで地獄に吸い込まれて行くときに、閻魔王の

懐からこぼれ落ちたんじゃろう」

「おい、ねづみ男! それを俺に渡すんだ」

「いやだ。 これは俺が見つけたんだから、俺のものだ!」

「お前なぁ。お前が広めた赤い水の呪いも、それで解けるんだぞ!」

「お、おお? そ、そうなのか?」

「後で必ず返すから、しばらく俺たちに貸してくれ!」

「わ、わかった」

 こうして癒しのオカリナは鬼木太郎の手に渡ったのだった。閻魔王が去った

後に残された円正王は、文字通り憑き物がおちたかのように、無邪気にニコ

ニコしながらパンを食べていた。恨みも恐れもなく、ただただ無邪気なその姿

は、むしろ芯が抜けてしまった人間のようで、おそらく正王の心に潜んでいた

世を恨み人を憎む気持ち、悪へ向かうかもしれない信念のすべてが、閻魔王

と共に抜け出してしまい、善人の心だけが正王の中に残ったのであろう。腑抜

けのようになった正王は、これから世の荒波を乗り越えていけるのだろうか。

 それから数時間後。町の一角に立っている女の姿があった。女は手に持った

貝殻でできた笛を口に充て、静かに息を吹き込んでいる。その姿こそ、鬼木太

郎の最愛の妻、のっぺらポーラであった。手にした貝殻の笛は、根津から借り受

けた閻魔王のアイテム、癒しのオカリナだ。

 ポーラが奏でるオカリナの音色。穏やかで心やすらぐ旋律が、羽の生えた音符

となって空高く舞い上がっていく。町で暴れまわっていたすべての妖獣が動きを止

めて、その旋律に耳を傾けている。一瞬にして町じゅうの喧騒が停止し、平和な時

間が現れた。妖獣だったものは次第に元の姿を取り戻し、気が付けば、普通の人

間に戻った人々が、道の上に、ビルの屋上に、屋根の上に横たわり、いままでいっ

たい何があったのだといった不思議そうな顔をして起き上がりつつあった。

 かくして、一連の不可思議な事件に終止符が撃たれたわけだが、人の心に潜む

ほんの僅かな怒りや怖れ、恨みや憤りが、ある日突然、何かのきっかけで魔の者

にとりつかれてしまうことによって噴出する。このようなことは、今回だけのことでは

ないのかもしれない。脈々と続いてきた人間の歴史の中で、同様な事件がなかった

と誰がいえよう。

 世界各地で起きている内紛や戦争。人間同士が争うその因は、人の心の中にあ

るなにものか。そこに妖魔の手がつけこんだとき、人は悪そのものに変貌する。そ

して悲惨な歴史が生まれるのだ。

 隣街の路上で、希和子は昨日買ったばかりのハイヒールを恨んでいた。

「ああ、失敗したわ。昨日買ったばかりの靴なんて、いきなり履くものじゃないわね、

やっぱり。ちょっと歩いただけで足が痛くなっちゃった」

そうひとりごちて再び歩き出した希和子の足先で「ピリッ」と、何かが破れる小さな音

がした。

                                   完結

前回:第五百一話 閻魔王の意外な弱点


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第五百一話 閻魔王の意外な弱点~実験奇譚・なんか妖怪ー18 [文学譚]

 閻魔王が仕掛けてくるでっかい鉄棒の攻撃は、鬼木太郎がかわす度にその足

元にズシンズシンと大きな穴を開けていく。太郎のすぐそばにいた粉木も、なす

すべもなく逃げ惑っていた。それを見た砂蔭は、地面の土を掴んで閻魔王に向か

ってバッと投げつけたしかし、森の中の土は、砂とは違って充分な湿り気を持ちす

ぎている。閻魔王の目潰しをするどころか、ただの土くれの塊となって閻魔王の顔

に当たった。

「ぬぬ、しゃらくさい! やはり鬼らの鉄棒は役にたたぬわ」

 閻魔王は大きく深呼吸をし、口から物凄い炎を吐いた。これこそ地獄火炎という

業火である。森の木々が一瞬にして灰となり、飛び散った火の粉が一太のお洒落

な服に落ちた。

「うぉっちっち! な、何をするんだ、ぼくの大事な服に!」

 怒った一太は、持っていた布の端切れを閻魔王に向かって投げつけた。この

端切れはただの布ではない。一太の母親が四国霊場めぐりをして集めたあり

がたい経文が特別な墨汁で綴られている霊験あらたかな端切れだ。小さな端

切れは閻魔王の周りを巡ったかと思うと、手や足、そして口に貼り付いてその

動きを封じ込めた。

「むぅうううう! なんじゃこれは! こんなもの、むぅうぅうううふんっ!」

 端切れが効力を失って、足元に散らばる。 

「この、我に逆らう蛆虫共が!」

 閻魔王は、人間の男女の頭が持ち手に飾られた人頭幢という杖を振り上げた。

この杖は閻魔王が地獄の裁判で使用するものであるが、その他にも様々に使わ

れるらしい。これを振り下ろすと何が起きるのか末恐ろしい。閻魔がまさに杖を振

り下ろさんとsたそのとき、杖の持ち手の女の頭が叫んだ。

「大王様! 此奴は敵にはござりません!」

もうひとつの男の頭も叫んだ。

「大王様! 此奴の心はあまりにも清らかで、此奴こそが人間社会を正す者かと」

「なにぃ? 此奴が敵ではないと? では此奴らはなんじゃ?」

 鬼木太郎は目玉親父から伝授された呪文を一心に唱え続けている。

「一心祈奉、香煙微有、天通天給。其時大日大聖不動明王。五色雲中御身表姿表

……天地感応、地神納受。所願成就」

 そしてノリコも何かをせねばと、手に持っていた籠の中からバンを掴んで閻魔王

めがけて投げつけた。

「ノリコベーカリー!」

「なんじゃ、それはわーっはっはっは!」

 偶然にも高笑いする閻魔王の口の中に、ノリコが投げた小豆クロワッサンが

飛び込んだ。

「んっむ? ムグ。うむ。これは、美味い」

ノリコのクロワッサンが、閻魔王のどこかのスイッチを入れた。閻魔王がパン好

きだなんて聞いたこともないし、洒落にもならない気がするが、実際閻魔王は目

尻を下げて口に入らなかったほかのノリコのパンを拾い上げては口に運んだ。

「うむぅ。やはりノリコベーカリーのパンは美味い!」

「え?」

 ノリコは不思議そうな顔をした。この閻魔王は、ウチのパンを食べたことが

あるの?ウチのパンが好きなの?

 実は、閻魔王の元の姿である円正王は、ノリコベーカリーの近くに家があ

る。マサオはときどきノリコベーカリーで焼きたてパンを購入する隠れファン

であったのだ。人でも閻魔でも、モノを食うときには素になる。無防備になる。

閻魔王の姿がマサオに戻りかけたり、また恐ろしい閻魔王に戻ったり。

「天魔外道皆仏性、四魔三障成道来、魔界仏界同如理、一相平等無差別」

 太郎がそこまで唱えた時、俄かにかtsては結界の印となっていたが、いま

はみすぼらしい祠でしかなかったところに大きな空洞が生まれ、真っ赤な光

が地の底から差し上がってきた。

「むぉぉおおお?」

 パンを食べることに気を取られてすっかり戦意を忘れてしまっていた閻魔

王の身体が、その赤い光に取り憑かれ、閻魔王の姿が二重三重にぶれ動

いたかと思うと、スーッと祠の中に吸い込まれていった。今まで閻魔王が立

っていた場所にはパンに食らいついている円マサオが無意味に立っていた。

                                了

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第五百話 ジャンジャの森~実験奇譚・なんか妖怪ー17 [文学譚]

 「お前は誰だ?」

 街の中心部にあるビルから飛び出した閻魔王は、空中に浮いたまま地上を

満足そうに眺めていたが、突然呼びかけられて、驚いていた。

「俺は鬼木太郎。お前と話をしに来た」

「話だと? なぜお前なんぞと話さなきゃぁならないのだ? わしを誰だと思っている」

「お前は閻魔王だろう? お前の望みを聞いてやろうと言っているのだ」

「わしはいま忙しい。後にしろ」

「じゃぁ、一時間後にジャンジャの森に来い」

「ジャンジャの森だと? よかろう、行ってやる」

「待ってるぞ」

 ジャンジャの森とは、この街の北端にある小さな山だ。隣街との境界にあり、

東を山、西を海で囲まれたこの街から東京や九州方面に抜け出るには、必ず

この森を抜けなければならない。もちちろん、鉄道や高速道路もこの中を抜け

て行くことになっている。

 その頃、根津は車でこの森に差し掛かっていた。だが、普段から車の整備を

怠っている根津は、ガソリンが残り少ないことに気がついていなかった。森の

中でいきなりガス欠になってしまい、そのへんに給油所がないかと困り果てて

いた。

「太郎、知っとるか? この森にはな、実は地獄への抜け道があるんじゃ」

「お父さん、もちろん、知ってますよ。だからここを選んだんじゃないですか」

「おお、すまん、そうじゃったな」

ジャンジャの森は、日本の中心がこの街であった昔から、この世と地獄を結

ぶいわば結界としての機能を持っていた。だが、文明の発達と共に、地獄と

いう存在が人類から忘れられるようになるのと平行して、この結界の存在も

忘れ去られてしまった。結界として存在していた社も、いまはごく小さな祠とし

て森の中に存在しているだけである。鬼木太郎たちは、その祠の前で閻魔王

を待ち受けていた。鬼木太郎たちと言ったのは、太郎が自分と同じような妖力

を持っているのではないかと思っている仲間を助っ人として招集したのだ。

「まぁ、なんだか霊気を感じる場所ね、ここは」

 そう言ったのは砂蔭バーバラだ。バーバラになにか秘めた力があるようには

とても思えないのだが、霊気に敏感なことだけは確かだ。

「俺たち、なんで呼ばれたんだ? こんな山の中に」

 バーバラの言葉に反応して言ったのは木綿一太というひょろっとした男だ。衣

装はお洒落だが、こんな優男に何かができるとは思えないのだが。

「まぁまぁ、いいじゃないか。ハイキングだと思えば」

 太郎の義理の弟にあたる粉木丈二が言った。そうよそうよとうなずいて、持っ

てきた籠いっぱいのパンを配ろうかと考えているのはノリコベーカリーを経営し

ている藤原ノリコだ。鬼木太郎が彼らを集めたのには、特に深い理由はない。

ただあの日、濡良利玄が言った予言めいた言葉を一緒に聞いていたのがこの

四人であり、また濡良の予言通りに人心が乱れるようなことが起きているわけ

だから、あながち誤った人選ではないように思っている。

「あっ! あれはなんだ?」

 一太が叫んだ。南の空に何かが浮かんでいる。それが次第にこちらに近づい

てくる。みるみる大きくなったその姿は禍々しい姿の閻魔王だった。

「鬼太郎とやら、来てやったぞ!」

「鬼太郎じゃない! 鬼木太郎だ!」

「そんなことはどうでもよいわ。それで、わしに何をしてくれるのじゃ?」

「お前の望みを聞き届けたい」

「ワシの望みじゃと?」

「そうだ。お前は、何かを求めて地獄からやって来たのだろう?」

「そうだ。いま、わしは望み通りのことをしておるのだ。その邪魔をするなら、

容赦はしないぞ」

「望みどおりのことというのは、人間を変身させることか?」

「変身させておるわけではない。奴らの本来の姿に戻してやってるだけだ」

「そんなことをしてなんになる?」

「わしの世界に連れ帰り、わしの奴隷として死ぬまでこき使ってやるのだ」

「地獄はそんなに人手不足なのか?」

「いいや、人では不足しとらんわ。近年稀に見る邪鬼どもの増加ぶりは、この

世の人心の乱れと比例しておるのに違いない」

「それなら、これ以上邪鬼を増やしてどうするんだ?」

「どうするもこうするも、そんなことは知らぬわ」

「あんたは地獄の王だろう? その王が地獄の人数をそんなに増やしておいて、

後は知らんでいいのか?それはあまりにも無責任ではないのか?」

「う、うるさいわ! わしがそうしたいからそうするんじゃ! ほおっておけ」

 そう言うなり、閻魔王は手にした金棒で殴りかかってきた。寸前のところで

かわした鬼木太郎は、父親から教わった閻魔封じの呪文を唱え始めた。

                                   了

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第四百九十九話 大魔王覚醒~実験奇譚・なんか妖怪ー16 [文学譚]

 円マサオは、ただ一人ぽつねんと事務所にいた。ひとり、またひとりとど

こかへ姿をくらませてしまい、ついにはマサオ一人だけが取り残されてしま

たのだ。ビルの外は、なんか戦時中のような騒ぎになっており、マサオは恐

ろしくて部屋を出ることが出来ない。あの恐ろしげな化け物が、今にもこの

事務所にもなだれ込んでくるのではないかと、恐怖に怯えていた。

 いったい何が起きているんだろう? マサオにはよくわからない。みんな

は赤い雨のせいだなどと言っているが、その赤い雨という話がわからない

のだ。ただ、妙なことがおき始めたのは、部長のせいではないかとマサオ

は考えていた。

「あの部長が一番最初に居なくなったなぁ。あいつ、俺になんか言ったっけ。

お前もそろそろ、大人のビジネスマンとして脱却……いや、脱……脱皮、そう

そう、脱皮と言った」

 ん? 脱皮? そういえば、あの日も、部長のあの言葉を聞いてから、なん

だか気分が悪くなったっけ。そう、そうだ。靴が合わなくて、足が痛くて。水虫

でもないのに足の皮が剥けてきて。はて? だけど、その後のことを覚えて

ないんだよな。みんながあの日赤い雨のことを話してたんだが、俺にはさっ

ぱりなんのことやら。マサオの頭の中を記憶が巡る。

「脱皮……」

 マサオは脱皮という言葉を独り言で口に出したとたん、違和感を感じた。ぴり

ぴり。身体のどこかが裂けるような音。ビリィ!マサオの顔が左右真っ二つに

裂け、なかから紫黒の鈍い輝きを見せる鋼のような身体が出現した。閻魔王だ。

円正王は再び閻魔王に変身した。

「うぉおおおおお!」

 雄叫びを上げながら、閻魔王は十三階のビルの窓を割って外に飛び出した。

「ぐぉおおお! 悪い人間どもをすべて邪鬼にしてしまえ! この世には正しき

人間しかいらぬわ」 

 閻魔王は天空に浮かんだまま地上を睨み据え、人間に体液を吐きかけて次

々と邪鬼に変えていく様子を満足そうに眺めていた。鬼木太郎たちが妖獣と呼

んだ同じ化け物を、閻魔王は邪鬼と言った。邪鬼とは、地獄で閻魔大王に使え

る鬼や悪魔の中でも最下級の鬼なのだ。 

「わっはっはっは。みんなもっとやれ、わっはっはっは」

「待て!」

 そのとき、何者かがビルの屋上から、空中に浮かぶ閻魔王に向かって叫んだ。

「待て!お前が閻魔王だな!お前がこんなことをしているのか?」

 ビルの屋上で叫んでいるその影は、鬼木太郎だ。

「なんだ、お前は? 閻魔の邪魔をするのか?」

 閻魔王は怒りの声を上げた。

                             了

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第四百九十八話 罪人の末路~実験奇譚・なんか妖怪ー15 [文学譚]

 高橋は、一介のサラリーマンだ。だが、嫁子供を養うためにといいつつ、

実は自己顕示欲の強い彼は、出世することそのものが重要だと考えていた。

常に自分を正当化し、いつも上司から認められることだけを考え、そのため

にはほかの誰かは敷石にしか過ぎなかった。誰かがミスを犯すと、徹底的に

糾弾してその誰かを貶め、目の前に邪魔な人間がいたなら、影で様々に画策

してその人物が転落するように働きかけるのであった。つい最近も、大きな

仕事を成功させて次期部長間違いなしと言われはじめていた同僚の、過去に

あった女性絡みのトラブル話に尾ひれを付けて車内に流布した。噂は思いの

ほか大きく広く広がり、その事実はどうあれ、火のないところに煙は立たず

の諺もあるとおり、そのような人物を社の中心には置けないという理由で、

彼は地方へ転勤させられてしまった。

 その高橋は、得意先からの帰り道、赤い雨に濡れてしまった。一週間ほど

して、彼の口が大きく腫れはじめた。おかしいなと思って医師に見せたが、

その医師自身も異様に腫れ上がった腕をまくって看てくれたのだが、結局原

因がわからないまま、高橋はいつしか意識を失い、やがてでかい頭全体が口

になっている化けモノに変身して、街へ繰り出していくのだった。

 石橋真理子は美容師なのだが、職業柄、近隣の住人の様々な噂話を聞くの

が大好きで、そのうち聞きかじった近隣の人々の話を客の耳元でこっそりと

ささやいて楽しませるのが面白くなっていた。あそこの長男は十校も受けた

大学にことごとく落ちてしまっただの、そこの娘は嫁いで一週間もしないう

ちに出戻ってきただの、もしかしたらあの奥さんは不倫しているだの、そう

いう類いのうわさ話だ。この石原も、赤い雨に打たれ、十日後には耳を翼の

ように大きくして飛び立っていった。

 政治家の野田木茂氏は、たまたまあの日遊説でこの街に来ていた。演説が

終わると同時に赤い雨が降って来て、少しだけ濡れた。野田木はしかし、一

週間を待たず、三日目にはもともと出っ張っていた腹を気球のように膨らま

せて、黒い汁を撒き散らしながら街頭を転がっていった。

 いま、この街に限らず、この街から出て行った人の成れの果てや、この街

でたまたま雨に当たって帰っていった人、ネットで購入した赤い水を飲んで

しまった人など、赤い雨に関わった人々のほとんどが醜い化け物に変身して

各地で恐ろしい姿をさらしている。姿をさらすだけではなく、化け物たちは、

赤や緑、黒など、様々な体液を撒き散らしている。化け物が吐き出した体液

をかぶった人間も、即刻新たな別の化け物に変身しはじめると言う、恐ろし

い様相が広がっている。赤い雨に比べて、体液のほうがその濃度が濃いと

いうことなのだろうか。液に触れて一週間ではなく、みるみる変身していくの

だ。

 人々がどのタイプの化け物に返信するのかは、どうやらその人間が心の

奥に抱えている”罪”なり”悪”の種類によって変わるらしい。

 七つの大罪で言うなれば、暴食は腹に、色欲は性器に、強欲は腕に、憤

怒は目に、怠惰は尻、傲慢は口、嫉妬は耳に以上が発生する、というよう

に見えたが、単純に嘘つきは口、暴力は腕、という場合もあるように見える。

いすれにしても、その人間が罪や悪を発揮する際に使われた肉体が変身の

中心になるのであった。

 従って、クチビルの体液をかぶった人間は、同じクチビルになるのではなく、

さまざまな化け物に変身した。それにしても、この地獄絵図はいったいどこまで

広がっていくのだろうか。

 赤い雨を集めてネット販売で儲けようと企んだ根津は、続々と発生するクレー

ムの山に耐えられなくなって、会社から逃げ出すように、両手にボストンバッグを

持って、こっそりとオフィスを抜け出した。

                 了

次回:第四百九十九話 大魔王覚醒  前回:第四百九十七話 増殖する贖罪

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第四百九十七話 増殖する贖罪~実験奇譚・なんか妖怪ー14 [文学譚]

 その頃街は、阿鼻叫喚の修羅場と化していた。

 でかい頭全体が口になっているクチビルは、一本の脚でぴょいぴょい飛び跳

ねながら移動し、その口から赤いネバネバした液体を辺り構わず吐き散らして

いる。おかげで、道路も建物も、あの赤い雨が降ったときのように赤く染まり

つつある。クチビルと同様の姿ながら、頭についているのは大きな目玉ひとつ

で、しかも恐ろしいほど充血したその目から、怪しげな妖波を出しながら飛び

跳ねているのはメガシラだ。この妖波を浴びてしまった人間は、即座に変身し

はじめる。耳を大きく発達させ、翼竜プテラノドンのように空を舞っているの

はミミガラン。こいつは高いところから人々の声や動きを聞き取り、ターゲッ

トとなる人間を見つけては「アソコダー! アソコダー!」と、甲高い音を出

して他の者に知らせる。両腕を恐竜Tレックスの脚ほどに進化させたウデバシリ

は、その名の通り、腕で高速走行して、獲物を追いつめる。追いつめたところに

クチビルやメガシラがとどめを刺すのだ。そのほかにも餓鬼のようにふくれあが

った腹だけの異様な姿を見せるハラダケ、人間の性器を異様に発達させて生まれ

たようなチンゴウとマンゴウ、でっかい尻のような身体の真ん中に空いた穴から

緑色の液体を撒き散らしているシリアナ。これらのすべてはかつては人間だった。

 あの赤い雨を浴びてしばらくして、身体に異変を感じた人々は、病院に殺到し

た。しかしその原因がわからないまま病に臥せっていたかと思えば、その変化し

た身体の部分がどんどん晴れ上がりはじめ、ついには得体のわからない醜悪な姿

に変身してしまい、人間の意識もとっくに失って街に彷徨い出たのだ。

「おい、鬼太郎! わしは知っとるぞ、あいつらは妖魔使いじゃ。」

 通称目玉親父と呼ばれる小さいおじさんが甲高い声で言った。

「父さんまで俺を鬼太郎と呼ばないでくださいよぅ。その妖魔使いって何です?」

「妖魔使いとは、悪魔や妖怪に操られている人間のことじゃ。じゃが、姿を変えて

しまったいまは、もはや妖獣と呼ぶべきかな」

「妖獣……」

「そうじゃ。おそらく……」

 鬼木太郎の父親は、民俗学者の権威といわれる大学の教授だ。とりわけ専門とし

ているのは地方の民話や伝承物語とか世界の悪魔や妖怪であるので、こういうこと

には詳しいのだ。

「あの妖獣は七種類いるじゃろ。ああ、チンゴウとマンゴウは雄雌の違いはあるが

一種類だとしてじゃ。つまり、七つの大罪と符合が一致する。」

 七つの大罪とは、 暴食、色欲、強欲、憤怒、怠惰、傲慢、嫉妬という人間の心の

奥に潜む、悪への転落を促すものだ。そしてそれぞれが 腹、性器、腕、目、尻、口、

耳といった人間の部位に対応する。だからこの七つの大罪に冒された人間があのよう

な化け物に変身したのだと、親父は言った。

「それでじゃな、あいつらを操っておるのはがおるはずじゃ。」

「誰なんです?」

「七つの大罪は、それぞれを悪魔が担当しておるが、その中でも大きな力を発揮して

いるルシファーかサタンが総大将ともかんがえられるのじゃが……ここは日本じゃ。

となると、大元締めはたぶん、閻魔大魔王じゃな」

「閻魔大魔王」

「そうじゃ。あれだけたくさんの妖獣を思い通りに動かす力を持っておるのは、個々

の悪魔ではない。閻魔大魔王くらいの力量を持っていないと無理じゃな」

「でも、お父さん、閻魔大魔王がどうして現世に悪さをするんです?」

「そうじゃな。閻魔大魔王は闇の世界の神じゃ。現世から地獄へ堕ちていった人間を

厳重に審査して悪しき心を叩くのが閻魔大魔王の役目であり、この世にしゃしゃり出

てくることはなかった。だが、もし、何かのきっかけで閻魔大魔王がこの世に現れて

しまったとすれば、閻魔大魔王は、この世を眺めて、やはり闇の世界と同じように、

我が力を注ごうとするじゃろうな」

「つまり、閻魔大魔王はこの世の悪を成敗するためにあんなことをしていると、そう

いうわけですか?」

「うん、まぁ、そういうことじゃな。閻魔は決して悪者ではない。むしろ、神と呼ば

れる存在じゃからな。ただ、担当しているのが闇の世界だというだけじゃ」

「それを聞いて安心しました。悪でないなら、聞く耳を持っているということですか

らね」

 鬼木太郎はそう言ったが、親父は太郎の言葉に首を捻っていた。

                       了

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第四百九十六話 呪い水~実験奇譚・なんか妖怪ー13 [文学譚]

 ネットで購入した赤い水の瓶を、誤って落として割ってしまったというユー

ザーから、「水が動く」とクレームが入ったのは昨日のことだった。eコマース

の責任者から報告を受けた根津は、何を寝ぼけたことを言ってるんだ、あれ

はただの水だ。赤い色に惑わされているだけだ。根津は、そう言って部下を

叱りつけたのだが、その部下からトレイの上をのたくっている赤い水を見せ

られて青白い顔をいっそう青くして部下に言った。

「あ、なんだそれは! 誰がそんなものをネットで売れと言ったんだ! だか

ら俺は、そんな気持ち悪いものは止せと言ったんだ」

 典型的な嫌われ上司だ。赤い水の販売を言いだしたのは根津自身だった

のだから。 とにかく、販売を中止しなければ。そう部下にいうと、とっくに在庫

はなくなっています。すべて売り切れました、と答えた。こうなったら、売り逃げ

で今後何も起こらないことを祈るか、大赤字覚悟で回収して回るかのどちらか

だ。当然、根津は前者の売り逃げで後は素知らぬ顔を決める方を選択した。

しかし、この赤い水は、なんで動くんだ? 瓶に詰めていたときにはまったく

気がつかなかったが。これは生き物なのか?

 赤い雨は、かつてインドのケーララ地方に降り注いだ事がある。二千一年

七月のことだ。赤い雨は二ヶ月に渡って断続的に降り続け、ときには衣服を

ピンクに染めるほどの色だったという。その雨水を分析すると、生物に似た

複雑な構造をもった細胞が含まれていた。当時は宇宙から微生物が飛んで

来たと騒がれたのだが、結局、その成分の中に含まれていたのは地元に生

える気生微細藻類であるということで決着している。原因として、ケーララ地

方に降った大量の雨が、杉の木などにつく気生微細藻を繁殖させ、大量の

胞子が空気中に放出されたためではないかと考えられたが、それが正しか

たのかどうかは、今持って特定されていない。しかし、少なくとも、その雨水

が動いたとか、人体に影響を引き起こしたという報告は一度もない。

 根津は、赤い雨について調べさせた部下から、このような報告を受けて、

胸をなでおろした。

「ふふん、これなら大丈夫だ。きっと何も起こらない。俺は強運の持ち主だ。

必ず逃げ切れる、大損はしない」

 ひとり自分に安堵を言い聞かせているところに、鬼木太郎が飛び込んできた。

「おい、ねづみ男! その後、赤い水はどうなった? まだ売ってるのか? もう

販売は中止しろ!」

「おいおい、なんだよ鬼太郎。それに俺のことをねづみ男というな。」

「お前こそ、鬼太郎と呼ぶな、俺は鬼木太郎だ」

「で、なんなのだ? 販売中止とは?」

 根津は内心ドキドキしながら、平静を装って事務所の椅子にふんぞり返りな

がら鬼塚に尋ねた。

「あの水、購入者から、何かクレームはなかったのか?何か問題は起きていな

いのか?」

 根津は、どうしようかと迷った。あのことを鬼塚に伝えれば、いっそう大きな騒

ぎに成るに決まっている。ここはシラを切ったほうがよさそうだ。

「いいや。なあんにも変なこてゃ起こっちゃぁいないぜ。お前こそ、どうかし

たのか?」

「根津、よく聞けよ。最近、ニュースを見たか? あの、町で騒ぎになってい

る奇病の話を聞いてないのか?」

「奇病? なんだそれは」

「赤い雨が降ったのと同じ地域に住んでいる、または働いている人々が、み

んな病院に駆け込んでいるんだ。人によって症状は違うが。共通して言える

のは、みんな身体のどこかが急に異常に発達しているということと、どうやら

あの赤い雨に全身を濡らしてしまった人たちらしい。」

「ふーん? 赤い雨に? 全身を?」

「そうだ。あの日、天気がよかったから、傘を持っている人など一人もいなか

った。そこに急に厚い雨雲が集まってきて、あの赤い雨が降り注いだ。みん

な慌てて屋根のあるところに駆け込んだが、多くの人が、逃げそびれて、下

着までびしょ濡れになったような人が続出したらしい。」

「ほぉお? で、あまり濡れなかった人は?」

「どのくらい濡れたかというよりも、どの部分が濡れたか、そしてその人物が

どういう人間だったかが問題なんだと、俺はふんでいる」

「つまり?」

「どうやら、雨に濡れてもなんともなかった人も結構いるんだな。俺もその一

人なんだが。だが、顔しか濡れてないのに、耳や目や口が大変なことになっ

ている人がいれば、尻や性器までがとんでもないことになっている人もいる

んだ。俺は、悪霊図書館で読んだことがあるんだけれど、あの雨は、もしや

呪い水ではないかと思うんだ。」

「呪い水?」

「そうだ。呪い水とは、憤怒の気持ちや恨みを蓄積させた誰かが、その妖しい

感情を込めた呪詛を吐くことによって、目の前にある水に呪いの魂を吹き込む

ことがあるんだ。もちろん、普通の人間に出来るようなことではないけどね。よ

ほどの強い怨念をためこんでいる人間か、もしくはもともと妖力をもった人間だ

けが起こせる奇跡だな。」

「奇跡だって? それは神様の能力みたいなものか?」

「うん、それに近いと思うな。イエス・キリストが数々の奇跡を起こしたように、

負の奇跡を起こす神だっているかも知れない。たとえば悪魔だな。そんな奴

が呪詛を吹き込んだ水が雨となって降ってきたのだとすれば」

「すれば?」

「世界は大変なことになる」

「た、大変な……ことって?」

「人間の世界は終わってしまう……かも知れない」

「終わってしまう……」

「で、その、呪い水って……、どういうものなんだ?」

「呪い水は……血のように赤く……」

「血のように赤く?」

「化学成分としてはただの雨水と変わらないのだが、ときが経てば」

「ときが……経てば?」

「自由に動き回って、人間を襲う」

「お、お、お、襲う?!」

「そうだ、人間を襲うんだ」

「襲うって……人を食っちゃうのか?」

「いいや、そうじゃない。人間を悪魔に変えてしまうんだ」

「あ、悪魔に?!ひぇーぃー」

「根津、お前、なんか様子が変だぞ」

「そ、そそそ、そうか?」

「ほら、急に心臓の音が早くなってるだろ?」

「そ、そうかかかか?そそんなははずは」

「根津、お前、何か隠してるな!」

「な、な何を言う? 隠してなんか」

 そこへ、社員が飛び込んできた。

「しゃ、社長、大変です!また一人、水が動いたってクレームを……」

 鬼木は根津を睨みつけた。根津はそっぽを向いて鬼木の視線をかわす。根津

はそーっと部屋から出ようとする。鬼木はその首根っこを捕まえる。さあ、これが

いつもの二人のパターンなのだった。

                               了

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第四百九十五話 ゆるやかな終わりの始まり~実験奇譚・なんか妖怪ー12 [文学譚]

 異変はゆるやかにはじまっていた。

 ある日鏡の前で化粧をしていた主婦が、口角がひび割れていることに気付く。

あら? 何かしら。ビタミン不足だわ。そう思い、クリームを塗ってビタミン剤を飲

み込む。小太りのサラリーマンは、ランチの後に、またいちだんと出っ張ってきた

腹をさすりながら、そろそろなんとかしないとな、とつぶやく。大声で叱りつけてい

る営業部長の前で小さく縮んでいた部下が、上司の顔を見上げたときに、何か

違和感を感じてギョッとする。部長、夕べは飲みすぎたんじゃないのか?叱責の

怒鳴り声も上の空で、そう思う。会社のトイレで髪に櫛を入れていたOLは、いつ

もと違う櫛の感じに戸惑う。耳の辺りが妙に櫛に引っかかるのだ。

 誰も、それを異変とは感じなかった。少なくともそのときはまだ。だが、一週間も

すると、彼らは自分が何かの病気にかかったのではないかと思って、病院の扉を

開く。すると、待合室にはすでに大勢の患者たちがひしめいていて、お互いの身

に起きていることを確認しあっている。

 口が耳まで裂けそうになってマスクで隠してやって来ている主婦。隠しきれない

ほどに腫れ上がった妊婦のような腹を抱えてやって来た男。鬼のように真っ赤に

なって飛び出している目をサングラスでなんとか隠している中年の男。何かの冗

談のような耳の先がロングヘアの左右に飛び上がっているOL。どこを見ても異

形の存在に変わりつつある人々の姿であった。

「あれえ? 部長、どこに行ったんでしょうね?」

 円マサオは先ほどまで部長から怒鳴られていた同僚に聞くが、その同僚の様

子も何かがおかしい。事務椅子から尻の肉がはみ出して、身動きがとれなくな

っているらしい。いったいどうなってるんだ、この会社のひとたちは?

 マサオ自身、十日ほど前に自分の身に起きたことなど、何一つ覚えていない。

あの日、足の皮がめくれたと思ったら、いきなり自分のすべての皮がめくれ、虫

が脱皮するかのように、自分が何かに変わってしまったことを知らないのだ。橋

桁の下で変身したマサオは、鬼のような姿になって空高く舞い上がった。そこで

集めた雨雲に呪詛を投げかけ笑いながらいつまでも天を回っていた。しかし、い

まのマサオはそんなこと何一つ記憶していない。あの後、気が付けば自室のベッ

ドの中にいたのだ。だから、赤い雨が降ったことさえ、あとからニュースで見、同

僚から聞かされて驚いていたのだ。

 あの赤い雨は、全国的なものではなく、俄かに雨雲を集めたこの街だけで発生

していた。この局地的な天変地異を、当日は大騒ぎしていたマスコミも、翌日には

話題にすらあげなかった。従って、人々もあの赤い雨のことはすっかり忘れてしま

っていた。

 結局、その日、マサオの上司である部長は会社に戻って来なかった。その日だ

けでなく、翌日も、そのまた翌日も、部長はもう会社には来なかった。

「おい、鬼太郎! なんか妙な記事が出てるぞ、この新聞」 

 ソファとソファの谷間に寝っ転がって新聞を呼んでいた目玉親父が叫んだ。 

鬼太郎と呼ばれて、嫌な顔をしながら、鬼木太郎が答えた。

「妙なって、どんなことですか、目玉父さん」

「お前も目玉というな。ほれ、ここじゃ」

 新聞のローカル欄に、増加する奇病というタイトルがつけられた小さな記事

があった。それはこの街にだけ起きている現象で、目や耳や口、尻、腹、手、

そして性器に異常を引き起こした患者が病院に殺到しているというものだった。

原因は不明だが、ある種の風土病であろうと記述されていたが、一部の学者

が、同じ地域で起きた赤い雨の天変地異との関連性を示唆してもいた。

「これはもしかしたら、あの濡良が言っていたことと関係するかもしれないぞ」

 先日、ノリコベーカリーの周年パーティで起きた、ちょっとした騒ぎ。常連客

の一人である濡良利玄が「人心が狂う」と予言めいたことを言って姿を消した

のだ。もし、何か関連があるのならば、いま身体に変調をきたして病院に駆け

込んでいる人々は、さらに心まで変質していく怖れがあった。また、鬼木太郎

は、赤い雨との関連性も気になった。もしそうであれば、根津があの赤い雨を

瓶に詰めて売ってしまったことも、何か大変なことに結びついているのかもし

れない。

「父さん、ぼくはちょっと出かけてくる」

 鬼木太郎は、そう言ってタイガースのちゃんちゃんこを羽織って、玄関に出し

っぱなしになっている下駄に足を突っ込んだ。

                                    了 

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第四百九十四話 悪夢の予感~実験奇譚・なんか妖怪ー11 [文学譚]

 ノリコのベーカリーは、そう広くはない。もともとノリコのお爺さんがパン

屋さんをやっていた店を改装して、ノリコが店を再開させたのだが、その

際に焼きたてパンをその場で楽しんでもらえるスペースとして、七坪ほど

にテーブルを並べて食事や喫茶が出来るようにしたのだ。

 ノリコが店を開いてから、早くも一年が過ぎた。ノリコは、いつも世話にな

っている近隣の顧客や友人に簡単な案内状を配って、ささやかな一周年

記念パーティを開くことにしたのだった。

「ノリコ、すごいね、頑張ったね!人気店になってるじゃない」

 一番に駆けつけてくれたのは、友人のポーラだ。ポーラはほんとうの名

前は歩羅と書いてあゆらと読ませるのだが、いつの間にかポーラというあ

だ名がついた。いまは素敵な人と結婚して鬼木ポーラと名乗っている。今

日は、その旦那さんと、旦那さんのお父さんまで来てくれた。

「ポーラの夫の鬼木太郎です。とてもいい店じゃないですか。うちも近所に

住んでたらよかった」

「そうじゃそうじゃ。パンはワシの大好物なのじゃ」

「お父さん、それは調子が良すぎません?お父さんは日本人は米がいちばん!

っていつも言ってるじゃありませんか」

「ばかっ。ワシャ美味いものなら何でも好物じゃ!」

「うふふ、愉快な親子さんですね」

 恥ずかしそうにしているポーラに、ノリコが言った。

 パーティにはポーラの弟も、彼女を連れてやって来た。木綿一反というひょろり

とした彼なのだが、この彼もまたユニークで、とてもお洒落なのだ。彼女の美唯も

小悪魔系で可愛らしい。近所に住んでいる砂蔭バーバラは、友達の粉木ジョージ

という男の子をつれて来た。

「こうして集まってみると、私の知り合いって、なんだか変な人ばかり。それに外人

みたいな名前の人が多いし」

 ノリコはひとりで可笑しくなってきた。昼間焼いたパンを中心に、スープだのサラ

ダだの、ミニステーキ、グラタン、ハンバーグなど、ブッフェスタイルで並べた料理

とワインやビールを楽しんでもらっているのは、他にもご近所の顔見知りや常連

の客など、たくさん来てくれたが、ずっといるのはやはりこの友人たちだった。

 ここで初めて出会ったポーラとバーバラたちもすっかり仲良くなって、いよいよ

盛り上がってきた。と、そのとき、隅っこの方から声がした。

「狂う、狂うよ」

 な、なあに? 誰? みんな一斉に声のする方向に目をやった。すると、いち

ばん奥のテーブルに一人座って黙々とパンをかじっている男がいた。濡良だ。

いつもあの席に影のように座って、空気のようにいなくなる客。こないだは地震

を余地した男。

「あのね、あの人、こないだの大地震の前の晩、私に”揺れる”って言ったのよ」

「前の晩に? つまり」

「予言したってこと?」

「そうなのよ。お蔭でウチのグラス、ひとつも割らずに済んだわ」

「で、いま、なんと言った?」

「狂う?」

「何が?」

「ねえ、濡良さん、何が狂うのよ」

「……狂う。人心が」

「にしんが?」

「違うわよ、人参って言ったのよ」

「違うな、人心が狂うといったんじゃよ」

「濡良さん、人心が狂うって、どういうことなの?いつなの?」

「明日。この国の心が悪くなる」

「明日……」

「ポーラさん、いま、コヤツのことを濡良と言ったか?」

「そうよ、濡良さんよ」

「濡良なんという?」

「濡良利玄さんよ」

「ぬら、り……なに?ぬらりひょんか!」

「濡良、お前は妖怪なのか?」

 思わず叫んだ鬼木太郎を、濡良が座ったまま見上げた。それからひひっと笑

って言った。

「失礼じゃないか、人のことを愉快なのか、だなんて。俺は根暗だ。愉快じゃない」

「そ、そうか。妖怪じゃないのか」

「おい、鬼太郎!ぬらりひょんには予知能力などあったかのぅ?」

 目玉親父がそう言ってもう一度濡良の方を見ると、もう彼はそこには居なかった。

                            了

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第四百九十三話 七つの大罪~実験奇譚・なんか妖怪ー10 [文学譚]

 リビングのテレビがついている。まだデジタル化されていないこのうちのテレ

ビは奥行きのあるブラウン管のもので、大家族で見るにはサイズも小さめだ。だ

がこのうちは大家族ではないので、この大きさで充分なのだった。ブラウン管の

中では女性キャスターが、中年の学者と向かい合っていた。国営放送が得意な教

養番組かと思われる構成だが、時々賑やかなCMが入るところをみると、そうでは

ないらしい。

「七つの大罪とは、そもそも4世紀のエジプトで修道士エヴァグリオス・ポンテ

ィコスという人が著した八つの枢要罪として書かれているんです」

 学者が落ち着いた口調で語っている。

「七つではなく、八つ、ですか?」

「そうです。それが後に、六世紀の後半になってから、グレゴリウス一世の手に

よって、このうちの虚飾が傲慢のひとつとされ、 怠惰と憂鬱はひとつにまとめら

れて六つになったところへ、嫉妬が加えられました」

 男女が映っていた画面はタイトル画面に変わっており、八つの単語がアニメー

ションして、最終的には、「暴食、色欲、強欲、憤怒、怠惰、傲慢、嫉妬」とい

う七つの言葉が並んでいる。続いて、それぞれの言葉の後ろに、カタカナの記号

が付け足されていった。

暴食ベルゼブブ

色欲:アスモデウス

強欲:マンモン

憤怒:サタン

怠惰:ヴァルフェゴール

傲慢:ルシファー

嫉妬:レヴィアタン

「 面白いことに、それぞれの罪には悪魔が対応しています。たとえば傲慢はルシ

ファーという悪魔が担当し、憤怒にはみなさんご存知のサタンが担当しているん

ですね」

「これ、全部悪魔なんですか?」

「そうです。この言葉の中で傲慢とか、憤怒とか、最もイメージとリンクしやす

い言葉を担当していたルシファーとかサタンとかが、よく物語の中に出てくるの

で有名になっちゃったんですね。」

「ほう。それで?」

「……いえ、それだけですけどね……大罪っていうのは、飽くまでも宗教的に人を

悪に導く可能性がある感情や欲望をさすのであって、現実の罪のことではありま

せんよ。あ、それからついでに紹介しておきますが、最近になってバチカンのロ

ーマ法王が、新装版七つの大罪っていうものを発表しています。これがなかなか

現在に則しているので面白い。」

 再び画面にテロップ文字が現れた。

1.遺伝子の改造

 2.人体実験

3.環境汚染

4.社会的不公平

5.貧困の強要

6.猥褻な富

「さらに、マホトマ・ガンジーも現在の資本主義における……」

 学者がそこまで話したときに、洗い物をおえたポーラがお茶を運んで来た。

「あなた、いつから宗教家になったんですか?はい、お茶いれましたよ」

 ソファでいつの間にか居眠りをしていた鬼木太郎は寝ぼけて言った。

「ふぁぁ〜七つのたいやきは?」

「ばぁかねえ、何寝ぼけてるのよ。たいやきなんて買ってきてないわよ」

 鬼木太郎は身体の一部が敏感で、眠っていても外の声や音が勝手に記憶され

ていることがよくあるのだが、それらはたいてい少し間違って記憶されている。

「はい、お父さんも、どうぞ」

「ああ、サンキュ」

 いままでどこにいたのかわからないほど小柄な親父が、ソファの間の床上か

らむくっと起き上がった。頭はつるっ禿で、大きなまんまる目玉に特徴がある

小さなおじさんは、鬼木太郎の実の親、ポーラの義理父だ。大学で文化人類学

の教鞭をとっているだけに実に知識が豊富で強要豊かな親父なのだ。彼はその

風貌のイメージから、学生からは目玉オヤジというあだ名が付けれれている。

「おい、太郎。わしはいま、テレビを見ておったんじゃが、なかなか面白い話

じゃったぞ。七つの大罪のはなしだったが、この前の赤い雨となんか関係があ

理想な気がするのじゃ」

「へー、そうなんですか?どう関係するんですか、お父さん」

「それは、まだわしにもわからん」

 目玉オヤジは、考え込みながら、お茶にふーっと行きを吐きかけた。

「ところで、鬼太郎さん、今度ね、ノリカの店で一周年パーティがあるの、一

緒に行ってくれるでしょ?」

「ポーラ、お前まで鬼太郎と呼ぶな。うーん、俺はそういうパーティとか苦手

なんだけどな。」

「そう言わずにねーねー」

「ワシは行くぞ。パーティというからには、美味いものがあるんじゃろ?」

「まぁ、お義父さまったら、相変わらず食い意地が張ってますこと。それは美

味しい、ものがいっぱいありますわよ」

 さぁ、これで役者がそろったわけで、物語はいよいよ佳境にはいっていくの

です。

                      了

続き:第四百九十四話 悪夢の予感  前話:第四百九十二話 降り注ぐ贖罪の雨

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