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第四百九十二話 降り注ぐ贖罪の雨~実験奇譚・なんか妖怪ー9 [文学譚]

 俄かにどんよりと曇った天から降り注いでいた大粒の雨は、やがて、濃厚な

密度を持つ赤い液体の雨に変わっていた。ビルディングは赤く染まり、道行く

人々も、アスファルトの路面も、車も土も、何もかもが鮮血の色に塗り替えられ

ていった。

 これはいったいなんだ? 何が起きているのだ? 返り血を浴びたようになっ

た人々は互いの姿を確認し合いながら、怖れ慄いた。黄砂か? 何か生物の肉

が竜巻で吸い上げられてそれが降ってきたのか? それとも何かの呪いなのか。

研究機関がすぐさま赤い雨の成分を確かめたが、何もわからなかった。水質も、

イオン値も、化学成分も、すべてが通常の雨となんら変わらなかったのだ。

 古代の人々が大自然の脅威にひれ伏したように、現代人も恐怖を感じ、これ

は神の怒りではないかという噂が流布しはじめた。だが、その噂は、真実では

なかったが、遠からず当たっていた。

「けっけっけ、これは面白いじゃないか」

 根津という男はどこまでも商魂逞しい。赤い雨に濡れながら出先から会社に

戻った彼は、ニュースで赤い雨が危険な成分のものではないと知るやいなや、

全社員を集めて、赤い雨の収集を命じた。ありとあらゆる器が屋外に運び出さ

れ、血の色の水をその中に蓄え始めた。

「社長、こんなもの集めて、どうするつもりなんですか?」

「さぁなあ。どうするかなぁ。しかし、これは何の毒性もないと、ニュースで言って

たのを、聞いただろう?」

「社長、気持ち悪いっすよ。こんなことしていたら、なんかバチが当たるので

はないでしょうか?」

「あほ!そんなことだからお前は役立たずと言われるんだ! これをどうやっ

て金に変えるか、お前らそれを考えろ」

 無茶な話もあったものだが、根津というやつはそういう男なのだ。まずは金。

その次に金。最後に金。金さえあればなんでも出来ると思っている。だから、

金のためならなんだってする。ときには人殺しさえも。だが、根津の本質は、

決して悪い人間ではない。人がよくて、それなりにひょうきんで、ときには他

人に施しをすることさえある。ただ、少しだけずる賢くて、欲深く、間が抜けて

いる。それだけのことだ。だからいつも、とんでもない金儲けを考えては、親

友である鬼太郎に邪魔をされてしまうのだ。

「けけけ、今回だけは邪魔はさせねえぞ。こんなもん、悪いことでもなんでも

ないからな。」

 根津は集めるだけ集めた赤い液体を、大量に仕入れた小瓶に詰めていっ

た。もちろん、根津の会社はなんでも扱うレンタル会社であるから、瓶詰め機

械を手に入れることなんてなんでもない。社内の大会議室に瓶詰め機を搬入

して、赤い水が入った小瓶を大量に生産していった。そしてその瓶にラベルを

つけて、自社で立ち上げているインターネットのeコマースに載せた。ラベルに

は「すべての罪を洗い流せる贖罪の水:RedWater。人畜無害。飲んで汝の

罪を洗い流そう」と書かれてあった。

 レッド・ウォーターは、主にキリスト教圏である海外の人々が注目した。すで

に国際ニュースで、日本で起きた珍事のことは報道されていたし、その水には

危険性がないこともわかっていたので、このような不思議な現象によって降り

注いだ雨は、間違いなくメシアから人類への聖なる贈り物に違いないと考える

人が多かったのだ。日本という国民は不思議なもので、海外で人気となれば、

日本でも流行する。少し遅れて国内でも申し込みが殺到しはじめた。

 赤い雨は、あの後しばらく降り注いだが、その後ぴたりと止み、もう二度と降

ることはなかった。赤い雨に続いて降ってきた通常の雨が、赤く染まった街を

すべて洗い流し、数時間後には何もかもが元通りに復旧した。

「おい、根津! ねづみ男! お前、またなんか企んだそうじゃないか。いった

い何をしたんだ?」

そう言って根津に電話をかけてきたのは、鬼木太郎。根津の中学からの同級

生で、橋桁でポーラという妻を拾った男だ。

「なんだ? お前、また俺のやることにケチをつける気なのか? 今度は何も

悪さはしちゃぁいねえよ。」

「でも、大儲けしてるって、もっぱら世間の噂だぞ」

「けっ。儲け損ねた奴が僻み根性で悪い噂を立てているんじゃねえか?」

「で、何をした?」

 根津は、仕方なく赤い水の話をした。

「おい、それって、大丈夫なのか? なんかやばくないか?」

「大丈夫だって! お前もニュースは見たんだろ? あれは普通の水! ただ赤

いだけだって」

「見たけどさ、しかし、逆に言えば、そんなただの水を高い金で売りつけるなん

て、どうかしてるぜ!」

「そんなもの、買うほうが馬鹿なんじゃぁねえか。今は水道の水だって買う奴が

いる時代だぜ!こういうもので商売しないで、何がビジネスマンだ?ってことさ」

 とにかく根津という男は、性懲りもなく、何かをしでかしてくれる。これが何かの

騒ぎに繋がらなければいいが。鬼木太郎はそう願うのだった。

                                  了

続く:第四百九十三話 七つの大罪   前回:第四百九十一話 脱皮する男

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