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第四百六十九話 打ち明け話。 [文学譚]

 私は今、この場を借りて、見知らぬ皆さんに真実を打ち明けようと思います。

それが私自身のためにもなる筈だと考えたからです。

 実は、私はこの世界の人間ではないのです。随分昔の話になってしまいます

が、私はいつものように学校に向かっていました。高校生になったばかりで、

それまでは家の近くにあった中学校へは徒歩で通えていたのですが、高校まで

は少し距離がある。だから他の生徒と同じように、私は自転車で通っていたの

です。その通学路の中間には大きな川が流れていて、一キロほどもある長い橋

を毎日渡っていたのです。橋は自動車が走る舗装されたレーンが真ん中にあっ

て、その側に人と自転車用に鉄板敷きのレーンが設置されていました。自動車

とは隔離された通りなので、私たちは安心して橋をわたれるということです。

  普段は遅刻寸前で走っているのですが、その日は珍しく早く目が覚めたので、

余裕を持って家を出て、ゆったりとした気分で橋を渡っていました。そんな訳

で、私はペダルを踏みながら、いつもは見ない川面を眺めていたのです。

  良いお天気で、川面はキラキラ光って私の顔に照り返して来ます。眩しい。

そう思ったとき、キラキラした光が空中に浮き上がって来たように思えたの

です。あれ?何だ?私はペダルを踏む足を止めて、橋の手摺に身を乗り出し

ました。光はどうやら、川面の反射ではなく、もっとこちらの方、そう、橋

の手摺のすぐ下辺りに浮かぶ何物かだったのです。今思い出しても、それが

何なのかはわかりません。わからないからこそ私はその光に手を伸ばしまし

た。弾みというのは恐ろしいものです。自転車がバランスを失って、手摺に

倒れかかり、私は手摺から川の方へ放り出される形になってしまったのです。

「あっ!」

  そう叫んだ時には、私は橋から落ちてしまったらしいのです。らしいと言っ

たのは、結局私は橋から落ちなかったからです。でも、確かに一度は手摺か

ら外に出てしまった。そして、よくはわからないのだが、光の中に吸い込ま

れた、そんな気がするのです。気がついた時には、元いた橋の上で自転車に

またがっていました。何も起こらなかったかのように。光はやはり川面から

反射しているだけでした。私は気を取り直してペダルを漕いで、そのまま学

校に向かいました。

  何も起こらなかった。何もなかった。私はそう信じて数日を過ごしました。

しかし、何かがおかしい。何かが違う。そう感じ始めたのです。両親も、兄

も、クラスメイトも、先生も、以前と変わりなく存在している。だけど、私

自身の中に違和感がある。自分でもわからないのだが、私の中のDNAや脳細

胞の一つ一つが、何かが変わったと叫んでいるのだ。

  不思議なことに、私の脳に刻み込まれた記憶は、今も昔も何一つ矛盾してな

いと言っているのだが、記憶ではない何か、私の魂とも言うべき存在が、違う

と主張しているのだ。

  私が自分の中の違和感がただの違和感ではないと確信するまでには随分長い

時間がかかりました。周りが、世界が変わったのではなく、私自身が変わって

しまったのだということに気がついたのです。

  あの時、あの橋の上で、光は本当に宙に浮いていたのです。そして光は何か

次元の裂け目とも言うべきものだった。私はその裂け目に落ちた。

   つまり私は、誤って次元の割れ目に落ちてしまった。そしてこの世界にやっ

て来たのです。もう長い間こちらに住んでいるわけですが、数十年過ぎてなを、

この世界の民に成り切れないでいる。そこで私は、インターネットという道具

を使って、様々な人々とコンタクトを取り、私と同じような人間がいないか、

私と似たような経験を知っている人はいないか、そんな情報を探しているので

す。何故、私がこんなことになったのか、ただの偶然なのか、ただの事故なの

か。あるいは、何かをするためにこの世界に送り込まれたのか。私には何か使

命があってこの世界にやって来たのではないのか。それがわかれば、私は今の

自分を完全に受け入れ、この世界の住人の事を、そしてこれを読んでいる皆さ

んの事を理解出来るようになるかも知れない、そう考えてこのブログを書き続

けているというわけなのです。

 こちらの世界で長い時間を費やしてしまった私はもう、元の世界に戻る事は

出来ないと思います。というのも、もはや元の世界が何処にあるのかすらわか

らなくなってしまっているからです。だから皆様、この先も私がここで生き延

びて行く事が出来ますように、この世界の様々な秘密や処世術を、教えてくだ

さると助かるのです。もしかしたら、私と入れ替わりであちらの世界に飛ばさ

れてしまったと考えられるもう一人の私も、この私と同じ事を考えているかも

知れませんものね。

  ひとつ、重要なことを書きそびれていました。何故書きそびれたかというと、

これが私自身の変化を確信するに至った最も重要な事実であり、また皆さんに

とっては最も信じ難い事だと思うからです。

   こちらの世界と、私が元いた世界は、何一つ違いを感じられないほどそっく

りですが、何かが逆転している場合があるのです。左右が違っているとか、役

割が違うとか、そんな事です。私はこちらの世界では完全に男性ですが、向こ

うにいたの私は、スカートをはいて自転車に乗る女子高生でした。私の中の魂

の記憶がそう言っているのです。こちらにきた時に、男子高校生になっている

ことに気がつかなかったのは、こちらの世界での私は、生まれた時からずっと

男性で、その肉体の中にすんなり入ってしまった私は、肉体の記憶によって、

それが当然だと思い込まされていたのです。だけれども違和感を感じ続けたの

は、魂の記憶がしっかり残っていたからに違いありません。

 これが私の打ち明け話のすべてです。こんな話をしたところで、元の世界に

戻れるわけでもありませんが、私が心底、こちらの民として、この世界に馴染

むためには、話さないわけにはいきませんでした。少なくとも、これを読んで

いるみなさんは、私の未来が平穏であることを祈ってくれるものと、私は信じ

ています。

                        了

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