SSブログ

第四百七十三話 Sweet&LittleTales3-泥棒。 [文学譚]

 幼稚園くらいまでの私は、ぼんやり生きていて、今考えると起きている間も

ほとんど眠っていたのではないかと思う。犬や猫などのペットが、日長一日う

とうと眠っていて、食事とお散歩の時だけ、むっくり起きだしてうーんと伸び

をして、悠然とご飯を食べに来る、あんな感じ。今ではアルバムの中に収めら

れた古い写真を見ても思い出せないことだらけだが、いくつかの事柄だけは、

なぜかくっきりと記憶の中に刻み込まれている。

 たとえば、私は歩いて通園出来る距離に住んでいたので幼稚園バスにのらな

かったのだが、先生にバスに乗りたいと言ったのだろうか。ある日、先生が

「今日は空いてるから、バスに乗せてあげる」そう言っていったんは幼稚園バ

スに乗せてもらったのだが、その後先生が運転手と話をしてから、結局私はバ

スを降ろされた。走るコースから外れていたからだろうか。だからと言って私

がゴネたとか泣いたという記憶もないが。

 またある時は、授業中にたぶん居眠りしていたのだと思う。休憩時間になっ

て、さぁ、みなさんおトイレに行きましょう、と言われて私が用を済ませたの

は、トイレではなく、みんなが歯を洗ったりする洗面所の床だった。完全に寝

ぼけていたのだ。用を済ませてから、はっと気がついて・・・・・・そこから先は覚

えていない。

 幼稚園からの帰り道に、駄菓子屋があったこと、ロバのパン屋さんを引っ張

るポニーが道で糞を落としたこと、駄菓子屋のずーっとずーっと向こうにある、

母が働いていた駅構内にあるお茶屋さんに通ったこと、その途中にある歯医者

さんでキーンと歯を削られる音が嫌いだったこと。思い出せるのは全て断片だ。

だが、一つだけ鮮明に覚えているお話がある。

 おなじ幼稚園には、ちょっと悪そうな兄弟がいた。兄の方は病気していたの

だろう、髪の毛がちょんちょろりんで産毛みたいな感じだった。でも一年ほど

ダブっているせいか、子供の私から見れば、大人のように大きくて怖かった。

 ある日、この兄弟がお金の札束を持っていて、幼稚園の友達に何か買ってや

ると大判振る舞いしていたのだ。何人もの友達が、近所の玩具屋さんへワイワ

イ騒ぎながら歩いていく。たまたま同じ道を歩いていた私にも兄弟から声がか

かった。

「お前もなにか買ってやるぞ」

 私は誘われるままについて行った。親と行ったことのある玩具屋さんには、

プラモデルや人形など、親には買ってもらえなかった玩具がたくさん並んでい

る。私はその一つを、多分人形か何かだったと思うが、買ってもらった。みん

な手に手に宝物を抱きかかえて、普段から遊び場にしている材木置き場に集まっ

た。それぞれに買ってもらった獲物を見せっこしたり、早速それで遊んだりして

日が暮れるまで遊んだ。

 その翌日、兄弟が母親に手を引かれて我が家の玄関に現れた。親が何事かと親

子を迎えた。兄弟の父親は工場を経営しているのだが、その工場の金庫にあった

お金を、この兄弟がごっそり持ち出したというのだ。つまり、兄弟は親のお金を

盗んだのだった。私の母は何度も頭を下げて誤った。そして後から、私は母に手

を引かれて買ってもらった玩具を、その家に返しに行った。

 断片的な記憶ばかりの中で、何故かこの思い出だけは翌日に至るまでの長いシー

クエンスとして覚えている。それほど強烈な経験だったのだろうと思う。

続きを読む


読んだよ!オモロー(^o^)(3)  感想(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。