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第四百八十七話 砂掛け野ばら~実験奇譚・なんか妖怪ー4 [文学譚]

 のばらは、これまで十社の会社を転々としてきた。大学を卒業して社会に出

たのは十五年前だから、この十五年間に十社を渡り歩いたということになる。

単純計算すると、一年半毎に会社を辞めたということになるが、実際には三年

間勤めた会社もあれば、たった一日で行かなくなった会社もある。

 何故そんなにポロポロと辞めちゃうの? 友人からはそう尋ねられるが、本人

自身もよくわからない。気がついたらそうなってしまってる、というのが常なのだ。

 のばらは、決して気が短い女というわけではない。軽はずみなところはなくも

ないが、自尊心の強さが徒になっていると思われる。

 たとえば、新卒で入社した会社は小さな出版社だったが、のばらは編集要員

として採用された。だが、実際の仕事は、編集どころか毎日毎日くだらない風俗

雑誌の校正ばかりさせられた。風俗と書いたが、それは正確ではない。風俗要

素をそれなりに含む男性向け情報誌というのが正しいところだ。名称を「プレイ

メイト」といい、口説き上手への道とか、その気にさせる都内のホテルランキン

とか、イケメンの気取り方、ちょいワル若造になろう、毎号そんな特集が組ま

るような雑誌だ。巻頭ではグラドルのセミヌードが媚を売り、真ん中あたりの

エローページでは風俗店レポートなどが連載されている。

 はじめのうちは、こういうのも勉強のうちだからと我慢して、朝から晩まで目

がチラチラするほど人の文章を読み続けた。社長兼編集長の望月からは、一

年は辛抱しろ、次の新人が入ったら、君には編集の仕事をしてもらえるように

なるから、そう言われた。零細企業ならそうあるべきだが、望月も経営者とし

て人材育成には心を砕き、公私にわたって面倒見がよかった。「校正作業は

キツいだろうが、ちゃんとした本作りには欠かせない重要な仕事なんだ」と、

モチベーションをあげるような事も再々言った。

 しかし三ヶ月もすると、のばらは、この校正作業にも飽きてしまって、どう

して私がこんなくだらない雑誌の校正をしなきゃぁらないのだと思うように

なった。いったんそんな考えにとりつかれると、もうのばらは止まれない。翌

月には望月に辞表を渡していた。

「のばらくん、もう少し辛抱したらどうだ? この仕事は経験を積めば積むほ

ど、面白くなっていく仕事だぞ」

編集長は引き止めるための最初の台詞を言ったが、どうせ校正員がいなく

なると困ると思ってるだけだろう、のばらはそう思った。

「編集長。私はこんな経験を積み上げたくありません。編集長も、こんな何

の役にも立たないような雑誌を世間にばら蒔くのは、お辞めになったほう

がよくないですか?」

 まさに、可愛がってくれた人に砂を掛けるような言葉だ。思ったことをまっ

すぐに口に出してしまうのばらならではの辞職の言葉だった。

 次に席を置いたのは大手の書店だった。バイトのつもりで応募したら、正

社員でということになり、市内の店舗に配属された。だが、初日に店長から

皆に紹介された後、店頭であのプレイメイトという名の雑誌を発見した。本

屋なのだから、そういう本があって当然なのだが、のばらはその日のうちに

辞職願いを申し出た。結局、バイトにすらならなかったわけだ。

 その後、ファストフード企業、アパレル会社、広告会社、百貨店、食品会社、

よく分からない金融会社など、ジャンルを問わず就職したが、いずれも半年

から三年の間に辞めてしまった。共通して言えることは、与えられた業務が

自分の能力にそぐわないと思えたことと、辞める理由として素直な気持ちを

言い残したということだ。

「この会社が売ってる商品を、私は友人に勧めたいとは思いません」

「女性向けの製品を扱っているのなら、もっと女性の気持ちを考えられるよ

うな社員を雇うべきです」

「あんな頭の悪い管理職がいる限り、この会社には未来がないと思います」

 のばらを雇うことになった面接官には、こういうはっきりした意見を臆す

ことなく言える女性は面白いと思わせたのだが、辞職の言葉としてはきつい

ものがある。のばらは「飛ぶ鳥後を濁さず」のことわざに縛られることなく、

会社を辞める度に後ろ足で砂を掛け続けたと言える。

 こんなのばらの会社遍歴を知る友人は、いつしか彼女を本名の「砂蔭のばら」

ではなく、砂かけバーバラと呼ぶようになった。婆あというような歳でもないので

なんとなく、のばら転じてバーバラになったのだ。

 砂かけバーバラは、そろそろ会社を転々としてしまう自分には問題があるので

はと気づきはじめたかと言えば、そうでもない。先週には十社目の会社を辞めた

ばかりだ。「私はこんな会社で無駄な人生を送りたくありません」と言い捨てて。

                              了

続く:第四百八十八話 ゲイ歴0年、木綿一太   前回:第四百八十六話 女泣かせのジョージ


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