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第四百六十八話 喇叭少女の憂鬱。 [文学譚]

 毎朝七時に学校へ行って、早朝練習をしてから授業に出る。まだかまだかと

思いながら授業を受けて、給食が終わると音楽室で楽器を磨く。午後からは二

時限だけだ。六時限目が終わるチャイムを聞くと、そそくさと音楽室に戻って

また練習を始める。

 中学校の吹奏楽部でトランペットを吹いていた私は、卒業までの三年間を一

日も休まず、こんな風に過ごした。トランペットの練習は、音符を追いかける

ことよりも、音を出すことが最も重要なのだ。ロングトーンといって、Fの音、

つまりB管トランペットのソの音を長く、安定させてならし続ける。1年生の

時はそれだけで一日の練習が終わってしまう。やがて上達してきたら、F音以

外に、B♭音、つまりトランペットの上のドの音もロングトーンする。

 ソーーーーーー、ソーーーーー、ドーーーーーー、ドーーーーー、という

練習。さらに上達すると、ソからドまでの全ての音を半音ずつ上げて、次には

ドから下がってきてソ、さらに下がって下のドまでの音を、半音ずつ下げてい

くというロングトーンをする。一年生の間は、ほとんどこんな練習なのだ。

 一年生も後半になると、練習譜を渡されて、みんなでそれを練習する。よう

やく譜面にありつけるわけだ。ピアノでいう所のバイエルだ。だが、トランペ

ットの練習譜というものは、最初のページはロングトーンを譜面にしたような

ものなので、面白くもなんともない。ドーレーミーファーソー・・・そんな譜

面。真ん中あたりから四分音符や八分音符も出てきて、ようやく何か音楽をや

っているようなつもりになれる。そして、この頃になると、簡単な行進曲の楽

譜も渡されて、上級生と一緒に朝礼の時の演奏などにも参加できるようになる。

 こうした行進曲に始まるアンサンブルの楽譜は、楽器毎に四パートくらいで

構成されていて、長い練習時間を費やした最上級生がトップのメロディーライ

ンを受け持つのが倣いだ。下級生が吹く低音域パートはハーモニー部分なので、

一人で吹いているととても音痴な譜面で格好悪い。

 たとえば最も有名な行進曲のひとつ、「星条旗よ永遠なれ」という行進曲。

上級生が担当するファーストトランペットの譜面は、あの有名なメロディで、

高らかに「ターンターカタタータ、タタタタタ!」と歌い上げるのに対して、

四番のトランペットは、同じリズムではあるが「ドードードドドーミ、ソラ

ソソソ!」という具合に、同じ低い音を繰り返すような低温域ハーモニーを

担当する。これは一人で吹いていたら、何の曲だかわからない。

 そんな下積みを終えて三年生になった私も、当然ながらメロディパートを

吹くはずだった。だが、上級生になったある日、部員全員で行うアンサンブ

ル練習を指導していた教師が、みんなの前で私に言った。

「ちょっと難しいようだな。一番トランペットは二年生の山口君と交代しよ

う。わかったね。」

 私はファーストトランペットに落第したというわけだ。私は、ファースト

トランペットのメロディパートを吹くためにとても重要な、高音域を出せない

でいたのだ。あんなに練習を重ねてきたのに。

 二年生の山口君より、一年間も多く練習してきたのに。頭の中の血液がぜん

ぶサァーッと背筋の方へ落ちて行くのを感じた。涙で楽譜が見えなくなった。

 これが私の、人生最初の躓きだった。

                       了

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