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第四百七十話 金環視。 [文学譚]

「お前、そんなサングラスで見るつもり?」

 そうだよ。いつも、これで太陽みたりしてるもん。美由は、シゲタの言葉に

反発した。そんな、みんな金環だ、金環日食だって、生きてるうちにはもう

見れないぞなんて大騒ぎしてるけど、ちょっと騒ぎ過ぎてない?と、美由は

内心そう思う。

 前の日にシゲタから電話がかかってきて、一緒に金環食を見ようと誘われた。

いいよ、と気楽に答えてから、朝早いと聞いて億劫になっていたのだ。実は美

由は全く興味がなかったのだ。シゲタに誘われたから、気楽にいいよって言っ

ただけ。だから、別に何も用意してなかった。それどころか、五時半に家に行

くからと約束したのに、目が覚めたのは五時半直前だった。玄関でシゲタを十

分以上も待たせて、着替えをし、化粧もそこそこに寝ぼけ眼のまま外に出かけ

た。

 シゲタは何処かで買ってきたという日食観測グラスとかいう紙で出来たレン

ズの部分が真っ黒な色眼鏡を持っていた。

「これって、昔なんかの付録でついてたようなやつじゃないの? こんなので

大丈夫なんだったら、私のサングラスでもいいんじゃないの?」

 美由はまだそう言っている。二人は近くの公園で金環日食を見るつもりだ。

金環状態になるのは、七時二十九分で、太陽がかけ始めるのは六時十七分くら

いから。その全ての天体ショーを楽しもうと、シゲタがそう提案した。私は別

に見なくてもいいんだけれども、シゲタがあまりにも熱心にいうものだから、

付き合ってみることにしただけだ。

 シゲタが言うには、太陽の真ん中が影になるといっても、周りは太陽の強い

光のままだから、決して直接太陽を見たりしてはいけないらしい。それに、子

供の頃にやってた煤で焦がした硝子板や、普通のサングラスなどでさえ、目が

傷んでしまうから絶対にだめだと言う。そぉんな。私は昔、学研の付録に付い

てた硝子板をろうそくの煤で焦がして太陽を見たよ。あれは間違いだったと言

うわけ? 今更。と言って笑った。目が悪くなるって、ちょっと見るくらいな

ら大丈夫だわよ。そう言って美由はサングラスをかけた。

 天気予報が曇りだと言ってたけれども、何とか太陽は現れた。少しずつ上昇

していく太陽と時計を見比べながら、六時十七分を待った。すると、おお! 太

陽が欠けて行く。期待していなかった美由はちょっとだけ感動した。それから

一時間とちょっとかかって、地球と太陽の間に割入った月が太陽に影を落とし

て行く。どんどん三日月のようになって行く太陽を、美由とシゲタは不思議な

気分で眺めていた。もちろん、シゲタは買ってきた紙の眼鏡をかけて。美由は

自前のサングラスをかけて。

 雲の中に見え隠れしていた太陽は、七時二十九分、ついに月が太陽の真ん中

に入り込んで、三日月からリングになった。周囲から歓声が上がる。シゲタが

持参のカメラで一生懸命写真を撮っいる間、美由はワァとかキャァとか、奇声

を上げながら太陽を眺めていた。

「すごかったな。」

「うん、ありがと、見てよかった。感動した。」

 美由はそう言いながらサングラスを外してシゲタに笑いかけた。すると、シ

ゲタが驚いた顔で美由に言うのだ。

「おい、美由。お前そんなおかしなコンタクトつけているのか?」

美由は別におかしなコンタクトなどつけていない。何を言ってるのだろうとシ

ゲタを見ると、シゲタの姿が輪郭だけになっている。

「ちょっと、シゲタこそ何よ、それ。どうやってるの?」

「どうって何が?そんなことより、お前、目が金環食みたいになってるぞ。真

ん中が黒くて、周囲が黄色い。びっくりしてる猫の目みたいだ。」

 不適格なサングラスで金環食を見続けてしまった美由の両目は、金環食の光

のリングが焼き付いてしまったのだ。当然、そんな事になれば、視力にだって

影響する。普通なら失明しかねない所だが、どういうわけか美由の目は、視力

に異常は生じなかったのだが、視野がおかしな事になってしまったようだ。つ

まり、金環食と同じように、見るものの真ん中が真っ黒で周囲だけが見える。

だからシゲタの姿も輪郭だけが見えて、その中は真っ黒に見えてしまう。やは

りシゲタが言った通りだった。それは目に焼き付いてしまっているから、美由

はもう生涯、”金環目”で暮らしていかねばならなくなってしまったのだ。

                   了

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