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第四百三十五話 顔。 [脳内譚]

 バイクで走っていて軽い交通事故に遭ったのがきっかけだった。こちらはい

つもの幹線路を法定速度で走っていた。すると横道からいきなりセダンが飛び

出してきたのだ。私は慌ててブレーキをかけたが、安モノのバイクだからか、と

ても安定が悪く、後輪が滑ってドラフト状態になった。そのまま横倒しに倒れ、

バイクは倒れたままセダンに突っ込んだ。セダンの横っ腹には丁度私のヘルメ

ットと同じ半球型の凹みが出来た。田舎道の事で、それほどスピードを出してい

なかったことが幸いしてたいした怪我ではなかったけれども、ヘルメットの透明

カバー部分が割れて私のアゴを裂いた。すぐに救急車がやって来て病院へ搬

送、応急処置を施してくれたが、五センチ程度の傷跡が残った。

 「とりあえず、応急的に縫ったのですが、傷跡が残ります。これは後日、ウチ

の形成外科で再手術すればほとんど分からなくなります。」

そう言われてしばらくは傷の治癒のために通院した。ひと月ほど経って、傷は

十分に癒えたのだが、ケロイド状に盛り上がった皮膚に縫い目が残った。せっ

かく治ったのに・・・とは思えたのだが、やはり女性にとって顔の傷は、と考え

治して形成外科の扉を開けた。

「ああ、結構大きいですね。でも、大丈夫。再手術すればほとんど分からなくな

りますよ。」

そう言う形成外科医の言葉を信じて再手術を受けた。手術は、元の傷跡に沿っ

てきれいに表面を取り除き、裂けた服を修繕するように、注意深く切れ目を縫い

合わせていくという簡単なものだ。その手術後に、毎日細手の絆創膏を貼り、傷

跡よ消えろと念じながらメンテナンスを続けた。ひと月後。

「ああ、大分きれいになりましたね。これでもう大丈夫ですね。もうしばらく絆創膏

を続けてくださいね。」

医師はそう言う。確かに応急処置の時の傷跡に比べれば随分きれいになった。

だが、やはり傷は傷。私の口の下、左側にはまだなお五センチくらいの線が一本

入っていた。

「後はねぇ、日にち薬っていうんだけれども、年月が経てば分からなくなりますよ。」

医師はそう言うが、半年過ぎても一年過ぎてもアゴの線はホウレイ線のようにくっ

きりと描かれていた。

 交通事故では、人より自転車、自転車よりバイク、バイクより車の分が悪くなる。

つまり、事故保険の配分は、バイクと車の場合、ほとんど車側が責任をとる形に

なる。ましてや私の事故は、こちらが幹線道路で、しかも車は左右確認を怠って

の飛び出し。突っ込んだのは私のバイクだったが、全面的に向こうが悪いという

ことになった。医療費は保険で賄われるだけでなく、この場合、私は先方に慰謝

料を要求することが出来た。先方が悪いとはいえ、出来事はタイミングのせいだ

とも言えるのだから、向こうも災難と言えば災難だ。とりわけ顔の傷は慰謝料が

高い。しかも男性より女性、中高年より若年、既婚より未婚の被害者の慰謝料

額が高くなる。もし私が男性だったなら顔に5センチの傷が出来ても三百万くら

いしか請求出来ないが、未婚女性ということになるとこれが千万ちょっとになる

のだ。私は示談の結果千万円の慰謝料を手にした。

 この千万がなければ、私は留まったことだろう。だが、美容整形の費用が手元

にあるのだ。このシワのような傷が消せるものなら消したい!そう願うのは間違

っているだろうか?私は美容整形外科の扉を叩いた。

 美容整形で傷を消す方法はいくつかある。レーザーで焼く、皮膚を削る、移植

する。私の傷はやや深めだったので腿のところの皮膚を移植することになった。

その説明を聞きながら私は思った。どうせなら、両頬に残る痘痕も消せないかし

ら?もちろんそれは可能だった。一度に全部行うことは出来ないが、少しづつ治

していこう、美容整形外科医はそう言った。

 数カ月後、私の顔の傷は泣くなり、痘痕もすべて消えた。若い頃のようにつる

つるの顔になった。美容整形を受けると癖になる人がいるというが、私にはその

気持ちが分かった。ここまで美しくなれるのなら、もっと美しくなりたい。それに一

部分が美しくなったら、別の醜い部分が目立ち始める。鏡を覗き込みながら、私

は顔中をチェックした。そして再び美容整形外科の門をくぐった。

 三カ月後、私の輪郭は一回り縮み、大きかった鼻はスリムになり、アゴのライン

も、目頭の位置も、何もかもが理想的なデザインに変わった。

 顔が変わっても、その下にある中身までは変わらないだろうと思っていた。だが、

顔のデザインが変わると何もかもが変わってくる。華麗なドレスに身を包むと、誰

もがレディになるように、新しい顔は私の内面を大きく変えた。もうバイクには二

度と乗らないし、カジュアル過ぎる服も着ない。まるでハリウッド女優のような気

分で服を選び、インテリアを買いなおした。今まで働いてきた会社も辞め、モデ

ルか、受付か、何か今の自分にふさわしい仕事を探すことにした。友達もそうだ。

今まで友達だった彼女たちはもう私にはふさわしくない。もっとおしゃれで洗練さ

れた美しいん人間こそが私の友達だ。そうだ、家族も探さなければ。あの田舎の

古臭い家に住む年寄りは私には似合わない。新しい両親を探さねば。もっとゴー

ジャスでセレブな雰囲気を持ったお金持ちの両親を。

                             了


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