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第四百四十五話 悪魔の定義。 [妖精譚]

 神の壷。それは最初から存在していた訳ではない。遥か古代に神

々の手によって地中深く埋められた 物質を近代になってから人間が

発見して壷の中に閉じ込めたのだ。人類はそれを神から与えられた

魔法の力と称して崇め、自分たちの力に変換しようと試みたのだ。

 「何故、こんな事が起きてしまったのだ?」

総裁が言った。人類の多くが崇拝する神の壷を国家のために運用する

事業は、国が威信をかけて推進してきた。総裁はその最終責任者であ

り、また現在の総裁はまさにこの神の壷の力を利用して今の地位を手

に入れたと言っても過言ではない。だが、その神の壷に異変が生じた

のだ。

 事の起こりは黒い雨だった。K国が国際協定を侵して発射した実験

ミサイルが大気圏近くで自爆し、粉々になった機体が大気圏全体に拡

散した。機体だけならそれほど問題になることもなく、宇宙の塵とな

って終わるはずだったのだが、自爆したミサイルの推進装置には神の

壷の力が利用されていたのだ。惑星を取り巻くように粉々になってし

前歯まだしも、神の物質は磁力の加減か、あるいは太陽から受ける引

力のためなのか、もしかしたら神の意思だったのか、一カ所に集合し、

やがて地上に舞い降りてきて上空に層を成していた窒素を変成させた。

天上で化学合成された酸化物が雨雲を形成し、地上に濃厚な酸性雨を

降り注がせた。

 運悪く黒い酸性雨が降り注いだのが我が国の、丁度、神の壷を奉っ

ていた祠のある地域だったのだ。酸性雨は祠の表面を溶かし、大地に

浸透した後には建屋の土台を浸食し、屋内に鎮座している神の壷の重

大な部位へと流れ込んだのだ。鉛で出来た神の壷はその一部が暴かれ、

神の物質が外に流れ出た。神の物質は、空気に触れるととんでもない

エネルギーを発散し、もはや誰にも止める事は出来ない。

 こうして、人類の力となるはずの神の物質は、大地を、大気を、汚

染し、生命そのものに危害を及ぼす悪魔の物質と変貌した。悪魔の力

と化した物質は町を冒し、さらに外へと広がり、国の半分に劣悪な環

境をもたらしてしまった。もはや手の施しようもないほどに。それで

も人類はまだ神の壷を崇拝し続けることが出来るのだろうか。あるい

は、より堅牢な壷を仕立て上げて神の壷を祀り続けるのだろうか。

 神を崇める事は、脆弱な人間に許された崇高な行為だ。それを人は

信仰と呼ぶ。だが、ひとたび信仰の矛先がぶれてしまうと、それだけ

で神は悪魔と化する。神と悪魔は表裏一体なのだ。

 実体のない神を崇拝するということは、同時に実態のない悪魔を崇拝

することでもありうる。世の中にあるすべての物事は、人間が判断し

価値を作り上げているものだとすれば、その存在を神として崇めるの

も悪魔として退治するのも、それは人間自身が決める事だ。そういう

意味において、神は人の中にあり、悪魔もまた人の中に存在するのだ。

悪魔を自らの中に住まわせるのも、神を悪魔に変えてしまうのも、全

て人間である私自身が決める事なのだ。

                     了

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