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第四百三十二話 死神。 [妖精譚]

 今日もまた朝からいい天気だ。桜が満開の公園横を歩いていると、このまま

用事も忘れてこのままのんびりと花見を始めてしまいたいような心地よさ。足

取りも軽く、こんな日には世界中が幸せに満ちているに違いないと思えてしま

う。こんな気持ちのいい日に、病気になったり、事故が起きたり、誰かが命を失

ってしまうなんてことは起きるはずがない、そう考えてしまいそうだ。

 だが、人々の不幸は好天とは無関係にやってくる。こんないい日にどうして自

分が?何もこんなお天気のいい日じゃなくても。当事者はそう思うに違いない。

だが、病気や事故、不慮の死は、地球の自転とは全く無関係に訪れるのだ。運

命?それとも自業自得?どちらでもない。 

 咲き誇っている桜に向かって突風が吹きつけて、散るにはまだまだ早い花弁

の数々がさらさらと舞い落ちていく。それは運命か?それとも自業自得か?その

どちらでもない。ただたまたま風が吹いただけだ。風はこの桜の周りでなくてもよ

かったかもしれない。だが、偶然この桜の周りで発生してしまったのだ。まったく

の偶然。神のご意思ですらない。

 ある事か大胆にも道を渡ろうとしているガマガエルがいる。結構な数の車が行

きかっているのに、カエルは難なく道を渡り切るかも知れない。それを見た別の

カエルが真似をして道向こうの田んぼを目指して最初のカエルの跡を追う。注意

深く、車を避けて渡ろうとする。だが彼は、道路に出たとたんにぶちゅっと車に潰

されてしまう。これも運命ではない。たまたまそうなっただけのこと。

 世の中の幸も不幸も、誰の意志でも運命でも努力の成果でも、なんでもなく、た

だただそこを通りがかったという偶然だけで起きるのだ。

 私は相変わらずいい気分で歩いている。十階建てくらいのビルにロープが垂れ

がっている。見上げると、最上階の窓外に吊り下がっている窓掃除人の腰から

ロープが地面まで垂れているのだ。どういう意味があるのか知らない。安全のため

とは思えないのだが。私はそのロープを掴んで思いっきり引っ張ってみる。窓掃除

人が驚いて下を見下ろす。だが私は容赦なくロープを右へ左へ振り回す。窓掃除

人は叫び声を上げながら吊り下げロープにしがみつくが、遂にバランスを失って最

上階の高さから地面に落ちてくる。スローモーション。ブチッという鈍い音と共に地に

叩きつけられる。恐らく即死だと思う。

 私は握っていたロープを離して再び歩きはじめる。横断歩道のところで信号が青に

変わるのを待っている老婆がいる。私はこっそり彼女の後ろに立って、トラックがやっ

てくるタイミングを見計らって、後ろから軽くトンと老婆の背中を押す。老婆は驚く間も

なくよろよろと道路に踏み出してしまい、やってきたトラックに巻き込まれる。

 何事もなかったように私は再び歩きはじめる。こんなこと珍しくもない。日常茶飯事

に起きていることではないか。高いところでバランスを失うのも、よろめいて事故に巻

き込まれるのも、突然心臓発作に襲われるのも。私はたまたまそこを歩いていただけ。

私が死を引き起こしてるのではない。ちょいと手を差し伸べただけ。人殺し?とんでも

ない。これは仕事だ。私の仕事なのだ。こうやって世界のバランスを保っているのだ。

私自身も以前は人間だったが、死後、偶然この仕事をすることになっただけだ。いいも

悪いもない。みんな何かの役割を背負ってこの世にいるのではないか。私は死を誘う

者としての役割を担っている、それだけのことだ。

                                  了


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