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第四百五十三話 はじめてのおつかい。 [日常譚]

 目が覚めると母さんが居なかった。何か用事で出かけるとか言ってたっけ?

僕は朝のうちからもう眠くなって、母さんの傍でついうたた寝をしていたんだ。

母さんは僕が風邪をひかないようにとタオルケットをかけてくれたようだ。洗い

たての匂いがするそれは母さんの匂いだし、ふわふわして気持ちいい。ぼぉー

っと寝ぼけたままの僕は、ちゃぶ台の上にメモが置いてあるのを見つけた。メモ

は母さんの置き書きだった。

「りょうちゃん、おきたのね。かあさんはちょっとようじででかけるので、おひるご

はんのおべんとうをすーぱーでかってたべなさい。ついでに、りんご2つと、りょ

うちゃんのだいすきなバナナっも買ってきてね。」

 ええーっ?!スーパーに?一人で買いに行くのぉ?スーパーって、あそこでし

ょ?いつもは母さんと行くから、はっきり覚えてないし、自分でお買い物なんかし

たことがないのにぃ。お母さんはどうしてそんな意地悪をするんだろう?

 僕はこれまでの人生で、お買い物など一度もしたことがない。いつも母さんが

買って来たものを食べるし、母さんが選んできたものを着るんだもん。だからお

金も使ったことがないし、第一お金なんて持っていない。メモの横にお金が置い

てあるけれども、この紙のお金でどれくらい帰るのかさえわからないのに。

 部屋の柱時計を見ると、長い針も短い針も真上より少し右っ側に向いている。

ということは、もうお昼をすぎているということだな。どうりでお腹がグーグー鳴り

出してると思った。そう気がついたとたんに猛烈にお腹が空いてきた。

「ああー腹減った!」

思わず大きな声で言ってみたけど、母さんは居ないんだっけ。そうか、お買い物

してこなきゃ、食べるもの、ないんだ。

 僕は仕方なく母さんが置いたお金をズボンのポケットに入れて外に飛び出した。

確か、スーパーはこっちだった。母さんと行く時の事を考えながら、僕はスーパー

に向かった。もちろん、僕は馬鹿ではないので、スーパーの名前も場所も分かって

いるんだけど、そんなことにはあまり興味がないし、いつもは母さんにくっついて行

くだけだだから、こうやって主体的にスーパーに行くのなんてしたことがないのだ。

「あらぁ、珍しい!良ちゃん一人なの?どこかへ行くの?」

前から買い物袋を下げて歩いてきた近所のおばさんが声をかけてきた。

「う、うん・・・お昼ご飯を買いに・・・。」

「そうなの、おつかいね偉いわねぇ。」

偉くなんかないやい!そう思ったけれども、口には出さず、僕はニコニコしな

がら黙って頭を下げた。そうだ。このおばさんも同じスーパーに行ってたんだ。

よかった。こっちで間違ってなかった!この道をまっすぐ行くだけだったよね。

 家からスーパーまではほんの五分くらいだ。それほど近いから、母さんは僕

が一人でいけるだろうと思ったんだね。確かにどうってことはない。だけど、や

っぱり一人で行くとなると緊張するし、ドキドキしちゃうんだ。あ、見えた。あの

看板だ。よおし。僕は力を入れてスーパーの中に入って。ええーっとー・・・何

を買うんだっけ。僕は母さんが書いたメモを持ってこなかったことに気がつい

た。しまった。どうしよう。僕のお弁当を買うのは知ってる。けど、そのほかに

何かを買うように書いてたような・・・。あれは・・・なんだっけ・・・。えーっと・・・

なんか赤いもの。赤いもの・・・と、トマト?・・・いやぁそれは違うな。あれはあ

まり食べないもの、僕は。僕が食べれるもので、赤くて丸くておいしい・・・そう

だ!母さんが皮をむいてたな。皮をむくと、白い・・・そ、そうだ!りんご!りん

ごだりんご、りーんごりんご!りんご売り場はぁーっと・・・あったあった。これ

ね。一個?二個?あれー?四個入ってるなーこのパック。まぁ、これでいっ

か!僕がりんごを両手で抱えていると、お店の人が、「ここに入れなさい」と黄

色いかごを持たせてくれた。

 僕はそのままお弁当を探しに奥の方に入っていく。だけど、奥はお肉ばっかり

で、お弁当なんてない。確か~こっちの方・・・僕はずーっと右に折れて、通路を

まっすぐに行くと、なんだかいい匂いがしてきたので自然とそちらの方に吸い込

まれるようにして歩いて行った。おおーあった。お弁当コーナー。わぁ、いろいろ

あるぞ。どれを食べたらいいのかなぁ?これはご飯が入ってない。おかずだけ

だからダメだ。これはお寿司。こんなの食べたら叱られるぞ!贅沢だって。こう

いうのは年に何回かしか食べれないんだ。だからお寿司はダメ。おお!これだ、

お弁当っていうのは!ご飯が入ってて、オカズが入ってて。でもぉ、なにこれ。

僕が食べれそうなのは、赤いウィンナーとトンカツくらいだなぁ。このなんんかい

やらしいどろっとしたのなんかいらないなぁ。

 お弁当コーナーをしばらく行ったり来たり。迷いに迷った挙句、結局僕は焼き

そばを買った。本当はこれが食べたかったんだ。いつだったか、みんなで公園

に遊びに行った時に食べた屋台の焼きそば!あれは旨かった。これってなん

かあの焼きそばに似ているんだもの。

 焼きそばをカゴに入れてから、思い出した。りんごの他にも何か書いてた。何

だっけ?確か・・・僕が好きなもの。僕が好きな黄色い・・・黄色い・・・いや?茶

色い?・・・忘れたなぁ。ま、いっか。僕が好きな黄色い物を買えばいいんだ。

じゃぁ、これ!僕はお弁当コーナーに隣接しているコーナーで、いつも飲んでい

る僕が大好きな物をカゴに一缶入れた。かごはちょっと重たくなった。

 これで、あの公園の時と同じ。焼きそばを食べながら、これを飲む!旨そ~。

もうお買い物は済んだので、急いでレジに向かった。レジでは黙って紙のお金

を差し出す。ちょっと緊張。お金が足りないなんてことはないよね。母さんに言

われた通りのものを買ったんだから。

「チン!九百九十八円です。千円からいただきますね。では二円のお返しです。」

レジのお姉さんは、マニュアル通りに行儀良く仕事をこなす。僕みたいなのにも

きちんと頭を下げて、またお越しくださいなんて言うんだ。よーし、ともかく、僕は

達成した。一人でお買い物出来た。あとは帰ってお昼を食べるんだ!

 「しゅぱ!」

缶ビールの栓を開ける心地よい音。一口目が美味しい。そして焼きそば。うーん

ちょっと冷えてるけど、ま、味に変わりはないだろう。うん、美味い。冷たい。僕は

達成感に浸りながらお昼の時間を楽しむ。社長を引退するまではずーっと誰か

僕の面倒を見てくれていた。若い頃は家の執事が、会社の経営者になってか

らは常務や専務たちが、いつも身の回りのことまでやって来れてた。自分で金を

使うことなんてなかったもの。だが、今や僕はただの老人だ。母さんも忙しいから

いつも家にいるわけではないからなぁ。こうやって自分で出来ることを増やして

行くというのも、また老人の愉しみということかの。

                                 了



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