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第四百四十六話 天使のためいき。 [可笑譚]

 「もしもし。ああ、そうですか。では、こちらへ来て書類を書い

てもらえますか?」

ここに来てそろそろ一年が過ぎようとしている。こちらにくれば、

悪人を懲らしめたり、いい行いをした人には褒美を使わしたり、

そういうのが格好いいなと思っていた。テレビドラマでやってた

「大仏にほえろ」とか「西武天国」とか「あぶない天使」とか見

て、ああ、自分もこんな仕事がしたいって思ったもんだ。やっぱ

りあれは作り話だったんだなぁ。しかし、先輩たちに言わせれば、

昔はもう少し鬼退治とか、悪魔対決とかあったというけれど。

 「あ、いっらしゃい。ああ、さっきのね。ではそこに腰掛けて。

ほら、ここにお名前とご住所、連絡先を書いてもらえますか。」

「ああ、書けましたか。えーっと、落とした品物は何?ああ、そ

う、定期入れね。最後に見たのは?ああそう、昨日の夜十時くら

いね。だいたいどの辺りかわかりますか?ああ、その落とした場

所。あ、そう、ここに上がってくる階段のどこかね。なるほど。

ちょっとお待ちくださいね。今、パソコンに打ち込みますから。」

 毎日毎日、落とし物探しとか、道案内とか、そんなのばかり。

たまぁに泥棒に入られたとか、不法駐車とか、そういうのもある

けれども、まぁ世の中平和っていう事なんだろうな。

 「もしもし。定期の落とし物。ええ、下からの階段のどこかっ

てことです。・・・今、本庁で検索してますからね・・・え?あ。

ああそうですか。まだ来てない。・・・届けられたら全部本庁に

集まって来るんですけどね、まだ来てないそうですよ。じゃ、こ

れで、もし落とし物が出てきたら連絡差し上げますから。はい。」

 まぁ、こういうのももちろん人助けなんだろうけれども、思っ

てたのとは随分違うし。ああ、今度はどうやら道に迷ったみたい

だな・・・。

「はい?ああモハメッドセンターですか・・・。えーっとあれは

確か・・・ああ、私らはむしろキリスト教の方なんでね、あまり

他教の建物とかには詳しくないもんで。ああ、あった。今、地図

見ましたからね。ほら、この前をずーっとまっすぐ行って・・・。」

 ここ、天国番なんかに勤務してるからなのかな。本庁に行けば

もっと派手な…そうそう、ここに貼ってあるポスターに乗ってるよ

うな指名手配の悪魔とかを捕まえたりもするんだろうな。こいつ、

いかにも悪そうな顔してるな…なになに?赤軍派青鬼…ややこしい

奴だな。こっちは… インコ真理教特別手配?こういう宗教まがい

の隠れ蓑で悪い事する奴が一番困るな。我々まで一緒にされてし

まったりするからな。ああ。こいつはまた、極悪人の癖にニコニ

コ笑った顔がポスターにのってる。詐欺師かな?こんな写真しか

なかったんかいな。もっと悪そうな迫力のある写真にしたらいい

のに。そう言えば、私がここに来る前にいた所、下の地獄には、

悪そうな、怖そうな顔した奴だらけだったなぁ。ああいう所にい

たら、あんな顔になっていくんだろうな?私だってもう少しいた

ら怖い怖い顔になってた所だろうな。けど、みんなそんな顔だか

ら、別にどうって事なかったけどな。ここみたいなみんな優しい

お顔した人ばかりの所だから、こういう怖い顔が目立つってこと

なんだな、これが。

 しかし、まぁ、退屈。これだったら、地獄にいた方が面白かっ

たかも知れんな。つい、正義感に燃えて天使を希望してしまった。

結局、悪魔も天使も似たようなもんで、あっちはサターンや閻魔

さんの言う事聞く者が悪魔って呼ばれてて、こっちは神様の命令

で動く者が我々天使と呼ばれてるだけで。まぁ、同じような気が

している今日この頃。これではしんどい目して、苦労してこっち

へ来て天使になった甲斐がないような…。私なんか、地獄に好き

な娘がいたのを振り切って来たというのに。あの娘、可愛かった

なぁ。ちょっと小悪魔的で…。あれ?誰か来たぞ?

 「あっ!ガブリエル先輩!どうしたんですか?」

「あのなミカエル。実はな、神様からの指令を持って来たんや。」

「えっ!神様から?私に?」

「ああ、お前だけとちゃうねんけどな。今、この辺りはホンマに平

和やろ。ちゅうことはやな、わしらみんな暇や言う事や。神様はな、

それを知ってはんねんな。そりゃぁもったいない、人手・・・いや

天使手は半分くらいで十分やろ言うてな、残りの半分は別の任務を

与える言う事になったんや。」

「ほな、その別の任務の方に、わても入れてもらえるっちゅうわけ

でっか…?おっと、私までガブリエルはんの大阪弁がうつってしも

うた。」

「そうや。そうなんやがな。」

「で、その新しい任務って…?」

「それがやな…今、地上はたいへん乱れとる。あっちでは国同士が

争ってる。こっちでは国を挙げてミサイルをぶっ放したりしとる。

その上、平和で問題ないかいなと思うとったそっちの国でさえ、政

府高官が利権やなんや言うて私腹を肥やしたりしとるんやな。」

「ええ、ええ。本当に、そうですね!それで?」

「そんでやな、昔やったみたいにな、いっぺん人間全部を懲らしめ

なあかんのちゃうかっちゅうわけや。」

「と言いますと?」

「つまりやな、地上を大洪水にするとかやな、虫の大群に襲わせる

とかやな、下の悪魔を呼び寄せて怖い目に遭わせるとかやな…。」

「ええー!?そんな事するんですか?」

「そうや、そんな事しにいくんや。」

「だって我々天使は、人間の味方じゃあないんですか?友達みたい

な人間を懲らしめるんですか?」

「そうや。我々天使が守るのは正しい人間や。人間っちゅうてもな、

心の中が清いうちは我々天使と同じ立場やがな、戦争したり私利私

欲に燃えたりしてるんはもう人間やない。心は悪魔なんや。そんな

悪魔化した人間はな、懲らしめんと、もうどうしようもないんや。」

「…そ、そうなんですか…。私はてっきり…」

「てっきりなんや?人間はみな正しい行いをしとる思うとったんか。」

「はい・・・。」

「甘いな。だがな、そうやって懲らしめた結果、心の清い人間は生き

残る事になっとるんや。」

「ほ、本当ですか?」

「…たぶん…。」

「…なんか頼りないですね…。」

「ほな、行くで!」

「あ、はい!参りましょう。」

 あーあ、たいへんな事になって来たな。こんな事だったら、ます

ます 悪魔の時と変わらないではないか。こんなことだったら、悪魔

を辞めずに、あのカワイ子ちゃんアイエルと仲良くしとくんだった

なぁ…ふぅ〜大変だ、これから…。

                  了

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